科学・数理(サイエンス)」カテゴリーアーカイブ

iPS再生医療は着々と進む

iPS細胞が山中伸弥教授に発見されてから8年になろうかとする。以前は基礎研究が主流だったiPS研究も、今では着々と臨床応用研究に入ってきている。理化学研究所の高橋政代博士が眼の網膜のiPS細胞からの移植に成功したことは記憶に新しい。最近ではiPS細胞研究所の高橋淳教授が進めているパーキンソン病の臨床研究が注目を浴びている。この二人は実は夫婦でもある。

iPS細胞が発見された当時、その基礎科学的重要性は瞬時に世界に伝わったが、数年でここまで臨床に応用されるとは思わなかった。生命科学の門外漢の僕にとっては、iPS細胞の科学は非常に魅力的に映ったが、医学的展望に関してはほとんどと言っていいほど理解できなかった。こうして現実に臨床が行われるにつれ、重要性が伝わってくる。

この様に全く新しい基礎研究がこんなにも早く一般に応用される例も非常に珍しい。改めて山中教授の凄さに驚かされる。世界を見渡しても、基礎から応用まで幅広く研究し、しかもどれをとっても最重要な研究ばかりだという例は、今では世界を見渡しても山中教授くらいではないかと思う。

山中教授、そしてそのグループ、それらの日本の組織のさらなる躍進を願わずにはいられない。

ネパール大地震とヒマラヤ山脈

4月25日、ネパールで大地震が起きた。ネパールでは建物の作りが弱いこともあり、建物が崩れ少なくとも千人以上の犠牲者が出そうだ。それからネパールといえばヒマラヤ山脈への玄関口。ヒマラヤ山脈でも地震による雪崩が起き、犠牲者が出た模様だ。

ところで日本は地震の巣といわれているが、ネパール周辺も地質学的に大地震が起こりやすい構造になっている。その一番の象徴が世界で一番高いヒマラヤ山脈の存在である。

なぜヒマラヤ山脈が巨大地震の象徴か。ネパールの巨大地震とヒマラヤ山脈の高さは切っても切れない関係にある。ヨーロッパからロシア・中国にかけてはユーラシアプレートという巨大な一枚のプレートの上に乗っている。しかしネパールの南にあるインドはインドプレートという別のプレートの上にある。その境目にあるのがネパール、そしてヒマラヤ山脈なのである。

インドプレートの上にあるインドはもともとアフリカ大陸の東、マダガスカルのあたりにあった。それが長い年月をかけて移動し現在の位置までたどり着いた。しかしインドプレートの移動は今でも続いている。インドは今でも北上し続けているのである。その影響でインドプレートとユーラシアプレートの境目は上下から挟まれるように曲がって上昇している。それがヒマラヤ山脈なのである。つまりこの境目にあるネパールはいつ巨大地震が起きてもおかしくない状態なのである。

今回の地震によってさらにヒマラヤ山脈の高さが変わった可能性がある。もしかしたらエベレストは以前よりも高くなっているかもしれない。今後の正確な地質調査が待たれるところである。

猿橋賞が決定

猿橋賞というのがある。自然科学分野の女性研究者に毎年贈られる賞だ。今年の猿橋賞が、米ワシントン大の鳥居啓子教授(49)に送られることが決まった。専門は植物発生学という分野らしい。植物発生学と聞いてもいまいちピンとこないのだが、生命科学の研究者であることは予想がつく。

ところで僕は大学・大学院と数学物理関係の研究をしていたが、数学物理関係の女性研究者は本当に少なく、当時は女性研究者が少ないことは当たり前のことと感じていた。理系には女性研究者は少なく、だからこそたまにいる女性理系研究者・学生は「リケジョ」ともてはやされるのだが。理系の中でも数学物理は特に少ない。逆に生命関係の研究者には女性が多いように感じる。この様な女性理系研究者の少なさを解消するためにも、猿橋賞はできたのであろう。

海外の研究者でも日本ほどではなくても女性理系研究者は少ないが、重鎮とも呼ばれ女性研究者は昔から存在する。キュリー夫人は有名だが、数学・物理の双方で19世紀の終わりに活躍したエミー・ネーター女史なども数学物理をしている学生にはおなじみだ。

女性だからといって研究者の門戸を狭くしてはいけない。しかし女性だからといって優遇するのも間違っている。男女同じ目線で評価することが大事だ。それが男女平等につながってくる。

小保方ショックから女性研究者に対して多少評価が厳しくなったかもしれないが、多くの男性研究者を凌駕する大物女性研究者が現れるのを楽しみにしている。

科学と科学技術

日本では特に、科学(サイエンス)と技術(テクノロジー)をひとまとめにして「科学技術」と言われることが多い。技術は科学に基づいているとはいえ、科学と技術は区別しなければならない。

技術は社会への応用・人の役に立つものという色彩が強い。しかし科学(サイエンス)は純粋に自然への探求心に基づくものであって、本来は人に役立てるためにするものではない。結果論として人の役に立つことが往々にあるということである。

しかしこの科学と技術を科学技術とひとまとめにすることによって、科学(サイエンス)自身が役に立つものとみられ、役に立たない科学は価値がないと思われるようになる。

科学(サイエンス)をやっていると言うと、「何の役に立つのですか?」と聞かれることが多いが、僕ははっきり「役に立ちません」と答えることにしている。うやむやにごまかして役に立つこともあるなんていうことはいわない。

しかしこの役に立たない科学は、長い目で見ると大きく役に立つことが多い。ただ現時点では何に役に立つのかわからないだけなのである。何かに役に立つように研究されていものより、むしろ何に役に立つかわからない基礎研究の方が後々大きく役に立つことが多いのである。

科学の価値を判断するときに、役に立つかという論点は一つの目安かもしれないが、純粋に科学的価値を判断することも忘れてはならない。

メダカでパーキンソン病を再現

京都大学の研究グループが、メダカを使ってパーキンソン病を再現することに成功したそうだ。

パーキンソン病は脳の伝達物質が減少し、筋肉の震えなどの症状が出る難病だ。これまでに治療方法は見つかっていない。

今回京都大学のグループは、メダカの遺伝子のうちの一つを抑制させることによってメダカにパーキンソン病の症状を出すことに成功した。遺伝子を操作して特定の症状を出すのは、iPS細胞の作製に通じるものがあるのではないかと私は思ってしまう。iPS細胞は、通常の細胞(例えば皮膚の細胞)に山中ファクターと呼ばれる四つの遺伝子を入れることによって万能細胞に変化させる。

21世紀の生物学・医学の研究の中心は「脳」の解明だと言われていた。1987年にノーベル医学生理学賞を受賞された利根川進博士も免疫の研究でノーベル賞を受賞し、脳の研究に移った。

1990年代のヒトゲノム解析計画から遺伝子の研究が躍進し、山中博士のiPS細胞の発見で一つの絶頂を迎えたのではないかと思う。iPS細胞の万能性によってiPS細胞をさまざまな病的な細胞に変化させ、それを(実験台として)利用し、創薬のペースが飛躍的に早くなることが予想されている。

今回のパーキンソン病のメダカの作成成功は、この病的なメダカを実験台にし、薬の有効性、治療方法の確立など、様々な期待を背負うだろう。

生物学・医学は単に科学の発展のみならず、病気の治療など人類への貢献度が非常に大きいものが多く、一つ一つの研究が持つ社会的意味合いも大きい。それはiPS細胞の医療への貢献が年々急拡大していることからも容易に感じられる。

今回のパーキンソン病のメダカの研究も、将来医療に大きく貢献させる、そんな予感を感じるものである。

野依理研理事長交代

理研のトップが野依良治氏から松本前京大総長に交代した。野依氏にとっては苦悩の理事職だったに違いない。STAP細胞不祥事時の理事長と記憶に残るだろう。今ではSTAP責任問題で揺れた野依体制であったが、野依氏が偉大な化学者だったことを忘れてはないだろうか。

野依氏は言わずと知れたノーベル賞化学者である。名古屋大学教授時代の2001年にノーベル化学賞を受賞されている。受賞時には大きく取りざたされて持ち上げられたものだが、それもこんなに手のひらを返されるような扱いをされるものかと悲しい気がした。

ノーベル賞受賞時は「鬼の野依」と呼ばれて、研究姿勢の厳しさが注目浴びた。それをあざ笑うかのような小保方氏の研究姿勢の甘さである。野依氏は理研中枢におり、小保方氏を直接指導することはなかったと思われるが、小保方氏にこの野依氏の厳しさが伝わっていればここまで大きな問題になっていなかったのではないかと悔やまれる。

野依氏はノーベル賞受賞以降、研究機関管理職として多忙を極めたと予測されるが、偉くなったからと管理職に登用するのはどうかと思う。野依氏のような超一流の化学者を最後まで第一線で現役として研究に打ち込める環境を与えるのも周りの役目ではないか。

なにはともあれ、野依さん、お疲れ様でした。これからまた研究生活に戻ってくれればと思っています。

スキージャンプと数学

先ほどスキージャンプの試合をテレビ中継していた。スキージャンプの飛距離を左右するのが風の抵抗だ。風邪は一刻一刻と変わっていくので、風邪を読むのは非常に難しい。

ところで、風などの流体は数学的には「ナビエ・ストークスの方程式」という方程式で記述される。偏微分方程式と言われるものの一つだ。しかしこの方程式は非常に複雑で、まだ数学的に厳密な解は求まっていない。何十年か何百年か知らないが、非常に長い間未解決問題をして残されている。偏微分方程式を研究している解析学者の多くは、ナビエ・ストークス方程式の解を導くことを夢見ている。

流体が問題になるものの一つに、飛行機の空気抵抗がある。現在このような流体による抵抗を計算するときには、シミュレーションするか近似的な解を求めることになる。しかしナビエ・ストークス方程式の厳密解が求まれば、飛行機の設計にも大きな影響を与えるとも言われている。スキーのジャンプの理想的な飛び方なども見つかるかもしれない。

ちなみにナビエ・ストークス方程式を解くと、クレイ数学研究所から約1億円が懸賞金として送られる。

そうそう、スキージャンプの話をしているのだった。団体戦、最後はレジェンド葛西選手が締めくくって日本は4位だった。葛西選手の飛型は非常に美しいので、見ていてすごく気持ちいいものである。

巨大ブラックホール

最近、とてつもなく大きなブラックホールが見つかったみたいだ。どれくらい大きいかと言うと、太陽の120億倍の質量があるそうだ。

そもそもブラックホールとは超高密度な天体で、周りの空間が重力によって歪みすぎて光さえも脱出できない星だ。どれくらい超高密度かというと、地球をギュッと数百メートルくらいに圧縮して縮めるとブラックホールになるらしい。

たまにアインシュタイン方程式のシュバルツシルド解などを扱うことがあり、具体的な数値を出すことは少ないのであまり実感はなかったが、おそらくチロルチョコくらいの重さが何トンもするのだと思う。

ところでブラックホールの中心には特異点というものが存在する。ブラックホールは一般相対性理論を解析すると出てくるのだが、特異点では一般相対論自体が破たんしてしまうような点だ。すなわち特異点領域の様子を知るためには他の理論が必要で、量子重力理論がそれを解明するだろうと言われている。ちなみに量子重力理論はまだ完成していない。

現時点で、量子重力理論の候補として二つの理論が有力視されている。超弦理論とループ量子重力理論だ。もちろんこれらの理論以外の理論が突如として現れる可能性も否定できない。

量子重力理論を完成させ、アインシュタインの直系の後継者が現れるのはいつのことになるのだろうか。

 

やっぱり素粒子論は面白い

僕は大学学部は数学系、大学院も数理系の研究科にいたこともあって、今まで勉強、研究してきたことは数理物理とはいえかなり数学よりに偏っていた。しかしもとをただせば小学生のころに長岡半太郎の原子モデルに魅せられたことに始まって、興味の重みは物理の方にあった。大学に入る前から素粒子論を研究すると周りの人に言いふらしていた。

ではなぜ大学に入るときに数学科(数理・自然情報科学科)を選んだかというと、数学は学校でやって、物理は独学でやろうと思ったからだ。しかし大学入学早々、大学図書館にこもって数学の授業も出ずに数学も物理も独学でやろうと挑戦してしまった。おかげで単位はほとんど取らずに一年が過ぎた。

その後いろいろアクシデントがあったりしてかなり回り道をしたが、数学と物理に対する情熱は持ち続けてきた。

最近になって、数学よりから物理よりのことをするようになり、原点であった素粒子論に近いことをやりだして、やはり素粒子論はめちゃくちゃ面白いと改めて感じてきた。

最近していることの一つにゲージ理論というものがあるが、これは数学ではフファイバー束という理論と等価であり、数学と物理の双方で研究がされている。しかし物理としてのゲージ理論の醍醐味は「量子論」としてのゲージ理論であり、この量子化がゲージ理論をより深いものにする一方、非常に複雑なものにしている。

この量子ゲージ理論はまだ厳密に数学的理論化はされていなくて、その数学化はアメリカのクレイ数学研究所の七つの懸賞問題の一つとして一億円の懸賞金がかけられている。

七つの懸賞問題のうち現在までに解かれたのは、ペレルマンが解決したポアンカレ予想だけで(ちなみにペレルマンは一億円の受け取りを拒否し、その一億円は宙に浮いている)他の六個は未解決である。

量子ゲージ理論の問題(厳密には「ヤン・ミルズ理論の存在と質量ギャップ」の問題と言う)はその中でも最も物理寄りで、最も地味な問題に思えるが、この数理物理の問題に数学研究所が懸賞金をかけていることは素晴らしいことである。

次に一億円の懸賞金を獲得するのはいったい誰になるのだろうか。楽しみである。

一般相対性理論、誕生百周年

今年はアインシュタインが一般相対性理論が発表されてから約100年になる。一般相対論関連の論文は1914年あたりから出ているが、決定的な確定打となった論文は1916年、つまり厳密には100周年は来年になる。

その1916年の論文は、当時論文言語として主流だったドイツ語で書かれている。アインシュタインは当時は確かベルリン大学の教授だったと思う。

ところでアインシュタインの相対性理論には2種類ある。「特殊相対性理論」と「一般相対性理論」だ。名前とは裏腹に、特殊相対論の方が一般的で、一般相対論の方が特殊だと言われている。1905年の特殊相対論はとてつもなく革新的だった。そして1916年の一般相対論も非常に革新的なのだが、それに加えてとてつもなく壮大な理論だ。壮大さでは一般相対性理論の右に出る科学理論は存在しない。

アインシュタインは特殊相対論で時間と空間を合体させ、時空という概念を作った。そして一般相対論で重力を時空のゆがみであると提唱した。

多くの理論が数年で消えていく中、この両理論は今でも基礎理論として色あせることなく生き残っている。アインシュタインの先見性は驚くべきものである。

20世紀は物理学の世紀とも言われている。特殊・一般相対論、そして量子力学を基礎として、物理学は大きな飛躍を遂げた。

そしてアインシュタインがもう一つもたらしたものは、「物理学の数学化」だ。これはヤン・ミルズ理論によっていっそう拍車がかかり、最近の超弦理論などは物理というよりむしろ数学だ。この数学的物理理論は本当に正しいのだろうか。

最近は素粒子論研究者の多くが超弦理論に流れ、その比重が偏りすぎているように思える。超弦理論へエスカレーターがつながっているかのような様相だ。既存の分野を覆すような革新を起こすような、オリジナリティあふれる研究に取り組むような学者がもっと増えてきてほしいものである。