科学・数理(サイエンス)」カテゴリーアーカイブ

今のままでは、日本は科学技術立国として勝てない!理研・高橋政代リーダーの対談記事を見て燃えた!

本屋で手に取った雑誌「東京カレンダー」に、理化学研究所・高橋政代リーダーの対談記事が載っていた。その中で高橋氏たちは、「理系で頑張っている人が大金持ちにならない国は、これからは勝てない」と話されていた。それには僕も同感である。

ビジネスと言うと、大学では経済学部だとか商学部のような文系をイメージするかもしれないが、実際は多くのビジネスの根源になっているのは「理系的技術」である。すなわち、理系軽視はビジネスの根源を断つことを意味する。極端な話、文系ばかりの集団ではビジネスを成り立たせるのは非常に困難だが、理系ばかりの集団ではビジネスは成り立つ。実際、アメリカの起業の聖地・シリコンバレーで起業する人は、ほぼ例外なく理系人間である。

文系重視の日本でMBA(経営学修士)の取得に必死になっている間、海外では理系技術の習得・開発に必死になっている。

こんな理系軽視の現状を見ると、どこが「科学技術立国」なのか?と思ってしまう。少なくとも、理系分野で研究開発を行っている人にお金の心配をさせるような国が、科学技術立国として勝てるとは思えない。高橋氏たちが言う「理系で頑張っている人が大金持ちにならない国は、これからは勝てない」という言葉には、理系にお金のことに関する無用な心配をさせてはならない、という意味合いがある。

「仕事は嫌なことをしていることに対する対価である」などと考えている人間は、人間としても4流・5流である。仕事を好んでしている人間には絶対に勝てない。好きで仕事をしている人間の中から一流が生まれる。理系でも、好きで研究開発にのめりこんでいる人しか、一流になれない。もちろん好きなことをしていても、苦しいことは多々ある。しかし苦しみを乗り越えられるのは、好きでやっているからである。これらのことは、多くの理系人間(もちろん文系人間も同じだと思う)が思っていることだと思う。

現在、日本人ノーベル賞受賞者が相次いでいることに日本人は浮かれているが、将来の日本の科学技術の展望は非常に暗いとしか言いようがない。

iPS細胞を使った臨床への応用が、着々と進む。

7月21日、iPS細胞を使った心臓病治療への臨床研究計画が明らかになった。iPS細胞の臨床への応用は、理研の高橋政代グループによる眼科での応用に次ぐものと思われる。iPS細胞に関する研究は、基礎研究から臨床へと、着々と前進しつつある。

今回の心臓に関する臨床は、心筋シート(心臓の細胞からなる、シート状の組織)を、心臓の弱った部分に張り付けて支えるというものであるらしい。iPS細胞による将来の目標として、心臓の臓器を丸々iPS細胞から製作するということが言われているが、それはまだまだ先のことかもしれない。

今回の心筋シートの映像をニュース番組で見たが、シート状の組織がまるで心臓が鼓動するかのように運動していた。この心筋シートは元々、血液から作られたものであり、血液細胞→iPS細胞→心臓細胞、という流れが端的に表れている。

今回のiPS細胞からの心臓治療からは、iPS細胞治療の壮大な可能性を感じるが、ではiPS細胞の限界は何か?専門家でない僕にはそこがまだ曖昧で見えてこない。なぜこんなことを書くかというと、iPS細胞を理解するには、iPS細胞の限界を知ることが必要だと考えるからである。

まだまだこれらに関する自分の知が小さいことを考えさせられる。それと同時に、iPS細胞の発展に非常に期待する次第である。

コンピューターって、かなり遊べる。

コンピューターで遊ぶと言っても、ゲームをするわけではない。プログラミングなどの”ソフト遊び”から、機械をいじくる”ハード遊び”があるが、最近それらの面白さにはまりつつある。

学生時代の僕は、パソコンに関してはずぶの素人であった。素人の中の素人だと言っていいだろう。しかし、最近はその反動か、コンピューターにはまっている。

プログラミング言語は定番であるが、超定番のC言語よりもディープラーンニングにも応用できるPythonに興味がある。

ハードに関しては、最近面白いものを知った。「ラズベリーパイ」というコンピューターだ。これは名刺程度の大きさのコンピューターだが、大抵のことは事足りる。嬉しいのが値段で約5千円だ。壊れてもそんなに痛くない。

つい最近、ラズベリーパイでハッキングに成功したという、海外の少年のニュースを聞いた。ハッキングができるほどの仕組みを備えていると言うことは、ハッキングに限らずかなり様々な可能性を秘めていることを示している。恐るべき5千円である。

時間はなぜ過去から未来に、一方向にしか流れないのか?

当たり前の話だが、時間は過去から未来にしか流れない。未来から過去には流れることはない。たまにタイムマシンの話題も出てくるが、少なくとも現時点で未来から過去に流れる現象は観測されていない。

時間が過去から未来にしか流れないことを、「時間の矢」という。時間の矢の問題は、人類誕生以来数万年(もっと長いか?)の謎である。実はこの問題は古くから物理学者たちも、科学的に説明しようと試みてきたが、現在も解決の決定打は出ていない。

時間の矢の問題の謎に関するキーは、”エントロピー”という物理量にあることは、多くの物理学者の認識するところだ。しかし、エントロピーとは関係ないところから時間理論が出てくることも、十分に考えられる。

昨今の物理界は、超弦理論などの流行りの理論に飛びつく傾向があるが、古くからある根源的な重要問題に取り掛かることも非常に重要である。

未解決の数学の話。

数学の未解決問題と言えば、真っ先に、クレイ数学研究所が提示した7つの”ミレニアム懸賞問題”が思いつく。この7問には、1問につき約1億円の懸賞金がかけられている。現在までに解決されたのは、ペレルマンによる”ポアンカレ予想”の一問だけだ。

この7問は数学の未解決問題となっているが、中には物理に近いものも含まれている。流体力学の”ナビエ・ストークスの方程式”も物理に近い一問であろう。

そのほかに、”4次元ヤン・ミルズ理論”と言うものが含まれている。この問題は簡単に言うと、ヤン・ミルズ理論という物理(素粒子論)の理論を数学として厳密に構成しろ、という問題だ。

ヤン・ミルズ理論の”物理”としての研究は非常に発展して盛んに行われているが、”数学”としての研究は現在は行き詰っているようだ。状況としては2次元・3次元理論でもがき苦しんでいるという感じで、とてもじゃないけど4次元まで手を出せないというところか。

この理論は、幾何学的アプローチと言う観点からは数学としても非常に完成度が高い研究がされている。問題は関数解析的観点からの理論の存在証明だ。

ヤン・ミルズ理論の数学的構成の問題などは、懸賞問題になるほどのオープンプロブレム(公開されている問題)であるが、そのような問題以外にも、誰にも知られていない”問題を発見して”取り組むのも非常に価値ある研究である。と言うより、むしろ知られていない問題を見つけること自体が重要な研究と言える。

現時点のAI(人工知能)と人間の頭脳の差は?

最近、AI(人工知能)関連のことを調べる機会があり、現時点でのAIと人間の頭脳の差が浮かび上がった。

結論から言うと「現時点では、AIは人間に遠く及ばない」ということだ。

しかし、分野を限ればその限りではない。囲碁の人工知能コンピューター”アルファ碁”がその典型的例だ。アルファ碁は、囲碁の世界のトッププロの囲碁士にも勝ってしまう力がある。ましてや素人は手も足も出ないだろう。しかし、このコンピューターは囲碁しかできない。もちろん仕様を変えれば他の事にも対応できるのであろうが、基本的に現時点でのAIは専門分野で威力を発揮するスペシャリストだ。

それに対して、人間が圧倒的に勝るのが、”総合力”だと言えるだろう。人間は日常生活において、あらゆることに対応しなければいけない。総合力に関しては、AIはまだ子供でさえもない。

それからもう一つ、”クリエイティブ”なことも、AIはまだまだ苦手と言えるかもしれない。先ほどの囲碁にしても、AIはしらみつぶしに有利なパターンを検証しているだけだ。

最近のAIの主流は、画像認識である。多くのAIは、画像認識を念頭に置いて構成されている。現在、開発熱が熱い、AIによる自動車の自動運転も、車の周囲の風景・状況の画像認識が基幹となる。画像認識ができる事は凄いが、しかし人間と比べれば所詮画像認識程度なのである。

数億年の時を経て進化した結果、完成された人間の知能は、まだまだバカにできない。

これからは、ディープラーンニングと量子コンピューターの時代だ!

ディープラーンニングと、量子コンピューター。いま注目を浴びている、将来の有力候補情報技術だ。正確に言うと、ディープラーンニングは最近急激に熱くなったAI(人工知能)関連の技術で、量子コンピューターはさらにその後にブームになると思われる新形式のコンピューターシステムだ。

なぜ、この二つを取り上げたか?双方ともそれぞれ今最も熱い分野だが、この双方を結び付けた記事が見当たらない(少しはある)からだ。しかし近い将来、この二つの技術は共に相補的に結びつくことは間違いない。

現在はIT教育熱が高くなり、小学校でもプログラミング教育が行われていると聞くが、僕は今プログラミング教育を始めるのは、時代的に多少遅れているのではないかと思う。20年前だと最先端の有望技術教育となったであろうが、現在では職業訓練教育と言う意味合いが大きいのではないか。

20世紀に入ってIT産業は爆発的に発展した。IT長者と言われる人も何人も出てきた。マイクロソフトのビル・ゲイツ、facebookのザッカーバーグ、アップルのスティーブ・ジョブズ、国内に目を向ければソフトバンクの孫正義からホリエモンまで、様々な人がITで名を馳せてきた。しかしそれらの人に共通するのは、ITブームが爆発する以前にIT技術に親しんできたと言うことだろう。ブームが爆発した後の現在では、競合者も多く、二番煎じ、三番煎じでしかない。今の小学生が普通のプログラミング技術を身に付けたからと言って、それで長者になれるかと言うと、極めて難しいと言わざる負えない。

では、何に注目すべきか?それが前述に上げた二つの技術だ。もしかしたらディープラーンニングについては今では少し遅いかもしれない。しかしまだまだブレークスルーは残っているかもしれない。量子情報については今からでも間違いなく第一人者になれるチャンスがある。特に商用・ビジネスへの応用は全くされていない(特殊な量子コンピューターについては例外的に商用化されたものはある)。

今の子供にとって、この二つの技術には非常に大きなチャンスがあると思えてならない。

理研・高橋政代プロジェクトリーダーのグループが、眼科・iPS細胞・網膜移植に成功。

平成29年3月28日、iPS細胞を使った眼科臨床治療をリードする、理化学研究所・高橋政代プロジェクトリーダーのグループが、iPS細胞由来の網膜移植の臨床実験に成功した。正式な実験名称は、

「滲出型加齢黄斑変性に対する他家iPS細胞由来網膜色素上皮細胞懸濁液移植に関する臨床研究」

という。

実験名称を読んでも、何が何だかよくわからないが、単純に言うと、他人から作成されたiPS細胞から網膜を作成し、移植したと言うことだ。プレス発表によると、この臨床は世界初だそうだが、”本人”由来のiPS細胞による同様の移植は、以前、今回と同じ高橋政代さんのグループが成功したように記憶している。すなわち今回は「他人」の細胞由来というところがポイントだ。

iPS細胞研究は、山中伸弥所長のiPS細胞研究所を起点として、臨床実験がこれから広がろうとしている。その臨床の最先端を行くのが、高橋政代リーダーのグループだ。

iPS細胞研究・医療の大きな特徴は、複数の機関が連携し、役割分担がされていることだと言えるかもしれない。今回の網膜移植臨床でも、理化学研究所・京都大学iPS細胞研究所・大阪大学・神戸市立医療センター中央市民病院の4機関が連携して行われている。

僕は海外のiPS細胞研究の事情はよくわからないが、おそらく日本はリードしているのではないかと思われる。とは言え、以前、山中伸弥教授は「iPS細胞研究・医療は、日本とアメリカは1勝9敗だ」と言われていた。すなわち、最初に発見したのは(もちろんこれが一番重要なのだが)日本(山中グループ)だが、それに続く研究ではアメリカが勝ち続けていると言うのである。

高橋政代チームの臨床は、これから数十年に及ぶであろうiPS細胞医療の行方をうらなうものだ。そういう意味でも今回、高橋政代チームが新たな臨床の初例に成功した意味は非常に大きい。

これからの日本におけるiPS細胞医療の大きな発展を祈るばかりである。

科学を知るとは、科学の限界を知ることである。

最近に限らず、科学を誤解している人が多い。

「科学の力で何でもできる」

あるいは、

「科学的に証明されたものは正しい」

など。

実際は、科学は万能ではないし、科学が常に正しいとは限らない。そもそも、科学は何かの役に立てるためにあるのではない。自然の真理を理解するためにあるのである。科学が役に立つのは、結果論に過ぎない。

そして、科学は常に正しいわけではない。科学の世界では、「今日の本当は、明日の嘘」なんてことは多々ある。このことをわきまえていないと、ちまたで「これは科学的に証明されています」という言葉に乗せられて、何でも信じ込んでしまう。

科学を追究するたびに思うことは、自然にはまだまだ分からないことがたくさんあるということだ。科学を理解するたびに、科学の限界も見えてくる。限界が見えるからこそ、その限界を突破しようと突き進む力があふれる。

科学には限りない力があるのかもしれない。しかし、もし科学の限界が何も見えていないならば、それは科学を全く理解していない証拠である。

AI(人工知能)の未来。

ここ2、3年で、AI(人工知能)が飛躍的に向上し、世間でもAIが注目されるようになった。特に最近では、AI利用による自動車の完全自動運転化、AIによる医療診断など、AIの適用範囲は拡大化している。

僕個人的には、数十年後、近い未来には、人工知能は人間を凌駕し、人工知能が人間を支配する可能性も大いにありうると考えている。まさしく映画・ターミネーターの世界である。

とは言え、人間の知能には得意不得意があるように、AIにも得意不得意がある。したがって分野によっては、AIには越えられない人間の壁があると考えるのが普通であろう。

1月6日(金)の読売新聞で、国立情報学研究所の新井紀子教授の対談記事が載っていた。AIによる東大合格プロジェクトで有名な研究者である。そこで新井教授は、AIは人間を超えることはできないと断言している。

コンピューターがどれだけ高度化しても、そのフレームを与えるのは人間である。したがって、フレームを与えないことには、AIは機能しない、と、新井教授は主張するのである。

確かに新井教授の主張はもっともである。僕もそう願いたい。しかし、フレームまで生み出してしまうAIの誕生は不可能なのであろうか?僕はAIに関して完全に専門外なので素人的発想になってしまうが、どうしてもそういう考えは拭えない。

専門家の新井教授が何を根拠にそのようなことを言っているかわからないが、おそらくその理由の一つに、AIの機能システムと、人間の頭脳システムが、質的に大きく異なっているからだということが想像できる。

AIを含めてコンピューターというものは、膨大な計算を瞬時に行い、ブルドーザー式に遂行することによって機能している。はっきりしたことはわからないが、人間の神経ネットワークによる知的機能は、コンピューターと質的に大きく異なっていることはわかっている。だからこそ、現在のコンピューターシステムとは違う、人間脳型コンピューターを開発しようという研究もまだ初歩的ながら存在する。

AIによって便利にしたいけど、AIに支配されてしまう危険性もある。非常にもどかしいことではあるが、科学というものは文明が滅亡でもしない限り後戻りできない。