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政府・沖縄間対話の矢先、米軍機墜落事故

8月12日、菅官房長官側政府と翁長沖縄県知事間で一か月の集中対話が始まった。題目はもちろん米軍基地・辺野古移設問題についてである。その対話が始まった矢先、米軍ヘリコプターが沖縄沿岸に墜落したというニュースが入ってきた。負傷者の中にはヘリコプターに乗務していた自衛隊員二人も含まれているという。人的被害が少なかったのは幸いだが、菅氏をはじめとする政府側にとっては出鼻をくじかれ大きな痛手であったであろう。しかし対話が始まるときに沖縄の現実を知らされたという意味では双方にとって良かったと言えるかもしれない。

米軍に関わる事故においていつも問題になるのが「日米地位協定」だ。日本国内で米軍が起こした事件・事故に関して日本側は基本的に関与できない。いわゆる不平等条約みたいなものだ。数年前に起きた沖縄国際大学への米軍機墜落事故では、日本の警察も事故現場に立ち入りできなかった。日本の領土であるにもかかわらず。

日本本土に住んでいる我々にとって沖縄問題は国防上重要な問題であるが、沖縄県民にとっては深刻な日常生活上の問題だ。その認識のズレが本土国民と沖縄県民の間に、そして政府と県知事側の間にあるのだろう。

今回は菅官房長官直々沖縄に乗り込んでの対話であり、この集中対話一か月の間に菅氏にも沖縄の現状を肌身感じることもあるであろう。とはいえ、どちらかが、あるいは双方がある程度譲歩しないと話がまとまらないのは初めからわかっている。その譲歩加減を決定する対話であるともいえる。

日本における米軍問題、そして防衛上は中国の脅威を想定している、いわば日米中の三国のパワーバランスが問題になるので話は簡単ではない。僕の個人的な感では、今回の対話で三者が納得できる結論を導くことは非常に難しいと感じている。しかし何かしら決定を下さなければいけない。この対話の成果は菅氏、翁長氏の知恵と手腕にかかっている。

鹿児島・川内原発再稼働へ

鹿児島・川内原発が間もなく再稼働する。震災以降原発稼働ゼロ状態が続いていたが、川内原発再稼働で原発由来電力が世間に行きわたることになる。この原発再稼働に関して賛否両論、いや反対意見が多数を占めているような気がする。感情的に考えれば反対に傾くことは非常に理解できる。国民が感情的に反対を叫ぶのは自然の成り行きかもしれない。しかし政府としては感情だけでなく合理的・多角的に検討したうえで判断しなければならない。そして稼働決定の理由を多角的に国民に丁寧に説明する責任がある。

しかし政治家の中でも感情論だけで物事を叫んでいる議員も多い。民主党の菅直人元首相は川内原発前で「反対・福島を繰り返すな」と叫んでいたらしい。もちろん福島を繰り返してはならないことはもっともである。しかし福島第一原発事故当時の首相は菅直人氏であり、その時の不手際は国民の多くの知るところである。はたして菅氏は福島事故以降、有効な方針を示せたのであろうか。大きく疑問の残るところである。

原発立地地域の住民の胸中は複雑である。原発存在による巨額な交付金による利益と、原発の危険性。その間でさまよっている人も多いだろう。実際原発が停止して潰れた地元商店街は多い。しかし現実に事故が起こればその比ではないことを福島は示している。

原発反対者の意見として、現在原発ゼロの状態でうまく電力供給できているではないかという意見がある。現在の電力供給のマックスは限度に限りなく近づいているものと思われる。もし需要が供給をわずかでもオーバーすれば、大規模停電が起こることをどれだけの市民が知っているだろうか。停電で電化製品が使えなくなるくらいならまだいい。病院で停電が起きれば多数の命にかかわることは目に見えている。もちろん大規模な病院では自家発電などのバックアップは取っている。しかし停電が命に関わるところは少なくないはずだ。

結論から言うと、原発は必要悪だと言えるかもしれない。現時点では一定の原発稼働は認めざるを得ないかもしれない。しかし何十年スパンで考えれば原発は必ず全廃しなければいけないものである。その一番の理由はここでは述べなかったが放射性廃棄物の問題である。原発の問題はどうしても意見が偏りがちになってしまうが、多角的な広い視点から判断することが必要である。それから政府、そして電力会社はオープンな議論・情報公開・再開のための根拠となる判断を詳しく国民に知らせなければいけない。

「戦争法案」とは偏っていないか?

今、安保法案関連の話題が熱を帯び、内閣支持率も急降下している。その一番の理由は、いずれ日本が戦争に参加し、徴兵制度が復活するのではないかというものである。この様な不安の原因は安倍首相にある。安倍首相が十分な説明をしていないがため、国民の不安は日に日に大きくなり疑心暗鬼になっていく。

そしてもう一つは「戦争法案」という言葉だ。誰が初めに言ったかわからないが、今ではメディアも戦争法案という言葉を頻繁に使い、一般市民も戦争法案と口にする。しかしこの法案は「安保法案」であって、決して戦争法案ではない。何も安倍首相に肩入れするわけでなく、戦争法案という言葉があまりにも偏った考えを起こしてしまうのが問題だと思っているからである。

もちろんメディアも民衆も過激な言葉が好きな傾向がある。戦争法案と言えば戦争に直結するような法案は許せないとなる。そもそも戦争に関連することなら、今のままでも他国が日本に攻め込んできた時には「個別的自衛権」によって交戦できる事になっている。この様な事態を防ぐ狙いも安保法案にはあると言える。

安倍首相の政治もおかしいが、国民を煽る世論も偏っている。右翼と左翼とでもいうところか。国会前で「安保法案反対」と叫ぶのもいいが、それだけでなく各地で冷静に議論が行われるような、そんな風を吹かさなければいけないのではないかと思う。冷静に安保法案の良い点・問題点を双方から挙げていかなければならない。

「反対!」というのは意見じゃない

「「反対!」は意見じゃない」、これはお笑い芸人の松本人志さんの発言だ。確かに「反対だ!」という掛け声だけでは意見ではなく、単なる感情だ。意見を言うなら対案を示さなければいけない。現在多くの若者が街角で叫んでいるが、これは若者だけの話ではない。民主党を筆頭とする野党議員も同じだ。「反対!」とだけ言って対案を一切示そうとしない。若者がデモで叫ぶのはわかるが、国会議員がこのざまでは示しがつかない。

確かに安倍首相をはじめとする与党側にも問題はたくさんある。安倍首相本人に関しても、国のトップとしての説明責任が果たせていない。そして安倍首相の周辺は大量当選の結果にあぐらをかいている。ここ最近の自民党議員の問題発言の連発も緊張感が欠けている証拠だ。

とはいえ野党も情けない。この与党の緊張感の欠けた今こそ論を正し追求するチャンスなのに、結局対案も出せず、論も正せず、与党のすること何でも反対、全く責任野党・対立野党の体を成していない。真正面から論的に対立することさえできていないのである。もちろん党首レベルの人物、例えば民主党の岡田氏などはそれなりの発言をしてくる。しかしその他大勢の議員は小学生レベルだ。小学生の喧嘩しかできないでいる。

松本人志氏が言うように、「反対!」だけでは物事は進まない。何がおかしくどうすればいいのか、与党が納得するくらいの迫力ある論が欲しい。

民主党は現在野党第一党だが、内容は限りなく幼稚なレベルだ。これでは与野党逆転どころか尻すぼみになっていく可能性の方が高いように思える。

アフリカ・マリで立てこもり事件

西アフリカのマリで立てこもり・銃撃事件が起きた。それによりPKO(国連平和維持活動)関係者1人と兵士複数が死亡した。PKOは混乱が収まり立ち直ろうとする地域に派遣されるもので、このPKO関係者は武装していなかったと思われる。言わばそこは建前上は安全地域とされていたわけで、安全地域で銃撃死亡事件が起きたことになる。

現在自衛隊の海外派兵が問題になっているが、その条件は安全地域及び後方支援に限定するということになっている。しかし安全地域とそうでない地域とは厳密に区別することなどは不可能だ。現に世界で一番安全と言われている日本でも殺人事件が年に数多く起きている。

安全な地域に派遣するのだから民間人を派遣すればよいと言った議員もいるが、全く馬鹿げた話だ。本当に安全な所なら派兵という話自体起こらないはずだ。危険はどこに潜んでいるかわからない。だから武装した自衛隊を派遣すると言っているのだ。安全な日本でも凶悪事件は起きる。だから警察は武装している。この様に日本のすべての地域で多数の武装した警官がパトロールしていることを忘れてはいけない。

もちろん敵を触発させ、紛争を拡大させるような派兵だけは絶対にしてはならない。しかし安全には犠牲は伴う。実際に日本国内でも武装した警官が年に複数犠牲になっている。しかし自衛隊に入らない自由が日本にはある。他国の紛争の現場に行きたくない人は行かない自由があるのだ。そのうえで入隊を志願する自衛隊員には頭が上がらない。今の日本の高い地位を維持できる一つの要因は彼らのような志高き人たちがいるからだということは忘れてはいけない。

福島第一原発とは

福島第一原発と言えば、事故・放射線汚染など負のイメージばかり持たれている方が多いと思う。実際福島第一原発がもたらした負の遺産は限りなく多い。それによって被害を受けている方も多くいる。どうしても福島第一のことを考えるとネガティブなことしか頭をよぎらないかもしれないが、ここでは誰も言おうとしないポジティブな事について触れようと思う。福島第一の「正」のことを話すというと不謹慎だと無条件に反発したくなる人も多いとは思うが、実際にポジティブに考えることができる事もあるのである。

まず一番に、現在の福島第一は日本の科学の最先端、さらに日本の英知が集約されていると言える。なぜなら福島の処理の仕方次第で住民の、そして日本の将来が変わってくるからである。例えば無人ロボット、あるいは放射線流出防護施設、さらに放射線物質を直接扱うには最先端の科学技術が必要だ。まさに福島第一は最新科学の実験場なのである。世界で福島第一でしかできないことも多々あるのである。福島第一からさらなる新しい技術も生まれるだろう。

そしてもう一つは廃炉技術に関することである。廃炉技術とはとてつもなく難解な作業である。古いビルのようにただ壊すだけというようにはいかない。福島第一の事故が起こる以前、日本には福井に「ふげん」という廃炉研究施設があった。もちろん今でもある。ふげんでの廃炉研究は数十年スパンでの研究計画が立てられていた。廃炉とはそれほど困難な作業なのである。しかし福島第一の事故により時間の猶予は全て吹っ飛んだ。今すぐにでも廃炉技術を確立させることが要求されたのである。福島第一の事故により、ふげん計画の比にならないスピードで廃炉研究は進むだろう。

現在世界には数百基の原発が存在する。そしてその全てがいずれは廃炉を迎えることになる。しかし現在、廃炉技術は世界のどの国も確立した技術を持っていない。その時には福島第一での経験と技術が大きな力になるであろう。日本は廃炉技術大国と言われるかもしれない。

これらのことは福島の住民にすれば不謹慎と取られるかもしれないが、福島第一の負の影響については多くの人が述べてきた。そこでその反対「正」の側面も誰かが言わなければ中立な判断ができなくなり、正常な評価ができなくなる。そこであえてこのような内容のブログを書くことにした次第である。

原爆だけじゃない、手段の違いで罪を決めるな

8月6日、広島の原爆投下70年を迎えた。原爆の悲惨さは様々な所で語られている。それは非常に大事なことだ。しかし人間には寿命があり、あと数年・十数年もすればこの世から広島・長崎被爆者はこの地上から消える。そしていずれは僕たちもこの地上から消えることになる。今はまさに被爆者当人から直接体験を聞く最後の段階に入っている。核兵器の悲惨さは決して忘れてはならない。

そして僕が常々思っていることが一つある。核戦争の悲惨さは決して繰り返してはならない。しかし悲惨なのは核兵器だけではない。焼夷弾の大量投下・機銃掃射・地雷、そして今まさに行われているISIL(イスラム国)の大量虐殺、これらすべてのことはどれがより悲惨かという順序など付けられない。原爆だけが特別なのではないのである。全てが特別、人間が人間を殺すという行為には違いない。

とはいえISILの行為を指をくわえて見ているだけでは悲惨さが拡大していくのは確実だ。そのISILに対して空爆を行う。これは必要悪というものかもしれない。そして一国平和主義の思想はもう通用しなくなっている。安保法案に対する安倍首相の行為には多数の疑問が残る。明らかに説明不足だ。集団的自衛権の思想自体は国際貢献度が高く、懇切丁寧に説明すれば国民も納得するはずだ。数々の成果を上げてきた安倍首相だけに、今回の安保法案の審議には非常に残念だ。

平和は口で言っているだけでは実現できない。何かしらの行動が必要だ。それはデモかもしれない。それはペンかもしれない。また最悪の場合それは空爆かもしれない。とにかく視野を広く持つことが大事だ。日本だけを見ていてはいけない。中東も、中央アジアも、アフリカも全て視野に入れ、全体が良くならないと意味がない。そして時間的にもそうだ。今だけではなく恒久的な平和が絶対的に必要なのである。

原爆だけが特別ではないが、広島・長崎の原爆は戦争の悲惨さの象徴である。唯一の被爆国として平和的行動をとること、それが日本しかできない日本が取るべき行動だ。

カジノ誘致は時代に逆行している

世界的にカジノがいたるところに建設される中、日本でも自民党・維新の党などが推進役になってカジノ建設へと動いている。日本では賭博は犯罪であり、ギャンブルが恒常的に社会問題化している中、なぜ今カジノ建設なのだろうか?

カジノ建設・誘致の目的は言うまでもなく税収のアップと地方創生だ。確かに税収がアップすることも地方を創生することもいいことに違いない。しかしそのためなら手段はどんなものでもいいのだろうか?

日本では博打は犯罪である。したがってカジノ建設は犯罪を誘致しているようなものである。もちろん今のままでは法に引っかかるので、カジノに対する例外的法案を立てようとしている。何が何でもカジノ誘致ありきという姿勢である。

韓国にはカジノが十数か所あるが、韓国民が入場できるカジノは江南道のカジノ一か所である。江南道は僻地であり地方創生が目的で作られたのであろう。しかしその江南道の今は凄まじいことになっている。消費者金融・質屋が乱立し、来場者が乗り付けた車を担保にお金を貸し付ける業者も多いらしい。江南道がどんなところか僕は知らないが、いくら僻地だと言ってもそんなところに住める人間は全うではないはずだ。少なくともまともな教育など不可能である。

そういう韓国だが、過去にパチンコ撲滅に成功している。パチンコも言うまでもなく実態は博打である。しかし日本政府は税収や政府支持率の落下を恐れてかパチンコ廃絶には一向に動く様子がない。もちろん国会議員の中にもパチンコ族などの抵抗勢力がいるのであろう。同じ博打である競艇の笹川一族の権力は有名だ。

そしてパチンコ廃絶どころか、新たにカジノという大規模博打場を建設しようとしているのである。もう今の日本は博打大国である。もっと全うなことで向上させようとは思わないなのだろうか?それともまともなことで活性化できないから犯罪行為によって活性化させようということだろうか。もちろん誘致しようとしている当事者には犯罪意識など全くないのだろう。

日本は世界第三の経済大国で、カジノなど頼らずに活性化を実現することは可能なはずだ。それにカジノについては正の要素よりも負の要素の方が圧倒的に多い。目先に利益だけを見ずに、長い目で見た国益を考慮すべきだ。まずはパチンコ撲滅に取り組むことから始めることを僕は望む。

岡田民主党党首の朴大統領訪問で

8月3日、民主党の岡田党首が朴大統領を訪問した。その中で朴大統領は日本に対して、戦後70年安倍談話において、韓国に対して謝罪した村山談話を継承するように求めた。いったい何度謝罪すれば気が済むのかと思っている日本人は少なくないと思う。談話の中に、「痛切な反省」と「心からのお詫び」という言葉を挿入せよと圧力をかけている。しかしこのような言葉は日本側が自発的に入れてこそ意味があって、韓国側が入れろというのはとんだ筋違いだ。これはもう、「これからも韓国が日本に対して付け入る隙を作れ」と言っているも同然だ。しかもこれを認めれば韓国側はさらに要求をエスカレートしてくるのは目に見えている。

ところで韓国側は、歴史の「再認識」という言葉を頻繁に使ってくる。「再認識」ということは、すでに「認識」しているということである。すでに認識していることをなぜ再認識しなければいけないのか。再認識をすれば、次は「再々認識」、そして「再々々認識」と延々と要求してくるわけだろう。

以前のブログで書いたように、アメリカ国民の60%は謝罪は必要ないと答えている。敵国だったアメリカがである。韓国は日本に勝利したと言っているが、日本は韓国と戦争した事実は全くない。当時の敵は米英中などであって、朝鮮は当時日本の保護下であった。保護下であった朝鮮と戦争とはいったいどういう論理なのであろうか?

もちろん戦時中、朝鮮(韓国)に対して行った犯罪に対しては謝罪しなければいけないが、すでに日本は韓国に対して謝罪しており、さらに事実無根、あるいは事実や規模が大きく歪曲されたことに対して謝罪する必要は全くないはずだ。

この全く筋違いのトンデモ国家の要求はいつまで続くのだろうか。

大学発ベンチャー企業

ここ十年ほどだろうか、大学での活動がきっかけとして設立された企業、大学発ベンチャー企業が活発だ。しかしその内容は大きく変化しているらしい。というのは、十年ほど前ぐらいは大学発ベンチャー企業は主に私立大学がメインだったのだが、ここ五年ほどは国立大学の躍進が大きいのだ。その原因はベンチャー企業の内容が変化しているからだ。私立大学メインだった10年ほど前は大学発ベンチャーといえばIT関連がほとんどだったのが、最近は生命科学・医学分野が大きく勢力を伸ばしているのだ。

ITがメインだった頃、ITの性質上、個人や小規模的つながりであってもアイデア一つで勝負に出ることができた。それに対して生命科学・医学分野は大学での研究と直結しており、また内容が専門的かつ高度なため研究に重点を置いているトップレベル国立大学が非常に有利になったのである。実際東大・京大がベンチャー企業の数を大きく伸ばしている。

IT社会と言われて久しいが、ITブームも少し一段落したこともあって大学発ITベンチャーも落ち着いてきたのであろう。それに対して生命科学・医学関連はここ十数年ほど激動とも言われるような大きな動きがあった。まず21世紀初めのヒトゲノム(人の遺伝子情報)の解析が完成したことであろう。その結果が最近実用にも応用され遺伝子検診などのサービスなどに結び付いている。

さらにもう一つ見逃せないのが、京都大学の山中伸弥教授によるiPS細胞の発見であろう。iPS細胞の発見は直接的・間接的に生命科学・医学分野を大きく触発し、この分野の実用にも大きく影響を与えている。iPS細胞自体の直接的な実用への応用は最近始まったばかりで、理化学研究所の高橋政代研究員の網膜の再生への応用が臨床段階に入ったことが記憶に新しい。iPS細胞は限りなく大きい潜在歴能力を秘めており、これから10年、20年かけて爆発的な応用的成果を上げることが予想される。

僕がいた名古屋大学でも小規模ながらベンチャーをサポートするような機関があり、これからどのような成果が出るか気になるところである。