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原爆だけじゃない、手段の違いで罪を決めるな

8月6日、広島の原爆投下70年を迎えた。原爆の悲惨さは様々な所で語られている。それは非常に大事なことだ。しかし人間には寿命があり、あと数年・十数年もすればこの世から広島・長崎被爆者はこの地上から消える。そしていずれは僕たちもこの地上から消えることになる。今はまさに被爆者当人から直接体験を聞く最後の段階に入っている。核兵器の悲惨さは決して忘れてはならない。

そして僕が常々思っていることが一つある。核戦争の悲惨さは決して繰り返してはならない。しかし悲惨なのは核兵器だけではない。焼夷弾の大量投下・機銃掃射・地雷、そして今まさに行われているISIL(イスラム国)の大量虐殺、これらすべてのことはどれがより悲惨かという順序など付けられない。原爆だけが特別なのではないのである。全てが特別、人間が人間を殺すという行為には違いない。

とはいえISILの行為を指をくわえて見ているだけでは悲惨さが拡大していくのは確実だ。そのISILに対して空爆を行う。これは必要悪というものかもしれない。そして一国平和主義の思想はもう通用しなくなっている。安保法案に対する安倍首相の行為には多数の疑問が残る。明らかに説明不足だ。集団的自衛権の思想自体は国際貢献度が高く、懇切丁寧に説明すれば国民も納得するはずだ。数々の成果を上げてきた安倍首相だけに、今回の安保法案の審議には非常に残念だ。

平和は口で言っているだけでは実現できない。何かしらの行動が必要だ。それはデモかもしれない。それはペンかもしれない。また最悪の場合それは空爆かもしれない。とにかく視野を広く持つことが大事だ。日本だけを見ていてはいけない。中東も、中央アジアも、アフリカも全て視野に入れ、全体が良くならないと意味がない。そして時間的にもそうだ。今だけではなく恒久的な平和が絶対的に必要なのである。

原爆だけが特別ではないが、広島・長崎の原爆は戦争の悲惨さの象徴である。唯一の被爆国として平和的行動をとること、それが日本しかできない日本が取るべき行動だ。

カジノ誘致は時代に逆行している

世界的にカジノがいたるところに建設される中、日本でも自民党・維新の党などが推進役になってカジノ建設へと動いている。日本では賭博は犯罪であり、ギャンブルが恒常的に社会問題化している中、なぜ今カジノ建設なのだろうか?

カジノ建設・誘致の目的は言うまでもなく税収のアップと地方創生だ。確かに税収がアップすることも地方を創生することもいいことに違いない。しかしそのためなら手段はどんなものでもいいのだろうか?

日本では博打は犯罪である。したがってカジノ建設は犯罪を誘致しているようなものである。もちろん今のままでは法に引っかかるので、カジノに対する例外的法案を立てようとしている。何が何でもカジノ誘致ありきという姿勢である。

韓国にはカジノが十数か所あるが、韓国民が入場できるカジノは江南道のカジノ一か所である。江南道は僻地であり地方創生が目的で作られたのであろう。しかしその江南道の今は凄まじいことになっている。消費者金融・質屋が乱立し、来場者が乗り付けた車を担保にお金を貸し付ける業者も多いらしい。江南道がどんなところか僕は知らないが、いくら僻地だと言ってもそんなところに住める人間は全うではないはずだ。少なくともまともな教育など不可能である。

そういう韓国だが、過去にパチンコ撲滅に成功している。パチンコも言うまでもなく実態は博打である。しかし日本政府は税収や政府支持率の落下を恐れてかパチンコ廃絶には一向に動く様子がない。もちろん国会議員の中にもパチンコ族などの抵抗勢力がいるのであろう。同じ博打である競艇の笹川一族の権力は有名だ。

そしてパチンコ廃絶どころか、新たにカジノという大規模博打場を建設しようとしているのである。もう今の日本は博打大国である。もっと全うなことで向上させようとは思わないなのだろうか?それともまともなことで活性化できないから犯罪行為によって活性化させようということだろうか。もちろん誘致しようとしている当事者には犯罪意識など全くないのだろう。

日本は世界第三の経済大国で、カジノなど頼らずに活性化を実現することは可能なはずだ。それにカジノについては正の要素よりも負の要素の方が圧倒的に多い。目先に利益だけを見ずに、長い目で見た国益を考慮すべきだ。まずはパチンコ撲滅に取り組むことから始めることを僕は望む。

岡田民主党党首の朴大統領訪問で

8月3日、民主党の岡田党首が朴大統領を訪問した。その中で朴大統領は日本に対して、戦後70年安倍談話において、韓国に対して謝罪した村山談話を継承するように求めた。いったい何度謝罪すれば気が済むのかと思っている日本人は少なくないと思う。談話の中に、「痛切な反省」と「心からのお詫び」という言葉を挿入せよと圧力をかけている。しかしこのような言葉は日本側が自発的に入れてこそ意味があって、韓国側が入れろというのはとんだ筋違いだ。これはもう、「これからも韓国が日本に対して付け入る隙を作れ」と言っているも同然だ。しかもこれを認めれば韓国側はさらに要求をエスカレートしてくるのは目に見えている。

ところで韓国側は、歴史の「再認識」という言葉を頻繁に使ってくる。「再認識」ということは、すでに「認識」しているということである。すでに認識していることをなぜ再認識しなければいけないのか。再認識をすれば、次は「再々認識」、そして「再々々認識」と延々と要求してくるわけだろう。

以前のブログで書いたように、アメリカ国民の60%は謝罪は必要ないと答えている。敵国だったアメリカがである。韓国は日本に勝利したと言っているが、日本は韓国と戦争した事実は全くない。当時の敵は米英中などであって、朝鮮は当時日本の保護下であった。保護下であった朝鮮と戦争とはいったいどういう論理なのであろうか?

もちろん戦時中、朝鮮(韓国)に対して行った犯罪に対しては謝罪しなければいけないが、すでに日本は韓国に対して謝罪しており、さらに事実無根、あるいは事実や規模が大きく歪曲されたことに対して謝罪する必要は全くないはずだ。

この全く筋違いのトンデモ国家の要求はいつまで続くのだろうか。

大学発ベンチャー企業

ここ十年ほどだろうか、大学での活動がきっかけとして設立された企業、大学発ベンチャー企業が活発だ。しかしその内容は大きく変化しているらしい。というのは、十年ほど前ぐらいは大学発ベンチャー企業は主に私立大学がメインだったのだが、ここ五年ほどは国立大学の躍進が大きいのだ。その原因はベンチャー企業の内容が変化しているからだ。私立大学メインだった10年ほど前は大学発ベンチャーといえばIT関連がほとんどだったのが、最近は生命科学・医学分野が大きく勢力を伸ばしているのだ。

ITがメインだった頃、ITの性質上、個人や小規模的つながりであってもアイデア一つで勝負に出ることができた。それに対して生命科学・医学分野は大学での研究と直結しており、また内容が専門的かつ高度なため研究に重点を置いているトップレベル国立大学が非常に有利になったのである。実際東大・京大がベンチャー企業の数を大きく伸ばしている。

IT社会と言われて久しいが、ITブームも少し一段落したこともあって大学発ITベンチャーも落ち着いてきたのであろう。それに対して生命科学・医学関連はここ十数年ほど激動とも言われるような大きな動きがあった。まず21世紀初めのヒトゲノム(人の遺伝子情報)の解析が完成したことであろう。その結果が最近実用にも応用され遺伝子検診などのサービスなどに結び付いている。

さらにもう一つ見逃せないのが、京都大学の山中伸弥教授によるiPS細胞の発見であろう。iPS細胞の発見は直接的・間接的に生命科学・医学分野を大きく触発し、この分野の実用にも大きく影響を与えている。iPS細胞自体の直接的な実用への応用は最近始まったばかりで、理化学研究所の高橋政代研究員の網膜の再生への応用が臨床段階に入ったことが記憶に新しい。iPS細胞は限りなく大きい潜在歴能力を秘めており、これから10年、20年かけて爆発的な応用的成果を上げることが予想される。

僕がいた名古屋大学でも小規模ながらベンチャーをサポートするような機関があり、これからどのような成果が出るか気になるところである。

朴大統領の妹・朴クンリョン氏

今、韓国国内で朴大統領の妹、朴クンリョン氏が物議を醸している。日本人もびっくりすることに、日本擁護ととらえられる発言を繰り返しているのだ。今の韓国内で日本擁護的発言ができる人はこの人しかいないだろう。

具体的には、

「天皇が謝罪しているのに、首相が変わるごとに謝罪を要求することはない」

「靖国問題に韓国が口出しすることは内政干渉だ」

「慰安婦は韓国国民が面倒を見るべきだ」

などの発言だ。この様な発言をしたのが朴大統領の妹とは日本人としても信じられない。なぜここまで親日的発言を繰り返すのだろうかと思うが、一つの理由として朴大統領への反発があるようだ。朴大統領とクンリョン氏の関係は良好ではないらしい。

しかしこの様な発言は冷静に考えると全く当たり前のことであるが、今までの反日運動を見てきて日本人である我々も感覚が麻痺している。

もちろんクンリョン氏が親日だからと言ってどうなるということではないが、半独裁状態の朴政権の首領朴大統領に真正面から物を言えるのはクンリョン氏しかいないかもしれない。

今の反日一色の韓国情勢を一気に変えることはできないが、クンリョン氏が何かのきっかけになるかもしれないと淡い期待を持ってしまう。

磯崎首相補佐官の発言について

先日、磯崎首相補佐官が安保法案に関して「法的安定性は関係ない」と発言したことが物議を醸している。周りの人間からしたら、それを言っちゃおしまいよ、というのが本音であろう。この発言は議席多数を獲得した安倍首相近辺の気の緩みとしか言いようがない。今いかに法的に問題なく安保法案を国民に納得させようとしているところにこの発言、安倍首相サイドにとっても痛い発言だろう。

僕は以前に安保法案に関して、法案の中身は納得できるが、改憲という手続きを取らないで国民不在で法案を通そうとしているところに問題があると言ってきた。集団的自衛権に関しても懇切丁寧に国民に説明すれば国民も納得できない話ではないはずだ。今まで海外派兵に関してはイラクなどのような遠隔地がほとんどだった。しかし今の仮想敵国は中国だ。中国は隣国である。何かあれば確実に日本は直接巻き込まれる。そこがイラクなどと決定的に違うところだ。

日本国内のメディアはどちらかというと韓国の反日運動を取り上げようとするが、中国問題は韓国問題の比ではない。何しろ中国問題は量的にも質的にも桁違いだ。もちろん今回の安保法案の表向きの趣旨はISIL(イスラム国)などに対する対テロ戦争を想定してということになっている。しかし安倍氏をはじめとする政府の本心は対中国を想定してのことである。しかし表だって中国を仮想敵国だと表明することはできない。国民もその辺の阿吽の呼吸を読み取るべきだ。

とは言え、今回の磯崎首相補佐官の発言は、立法を掌る政治家の発言として明らかに軽率すぎるものであることは言うまでもない。

産経新聞記者の韓国大統領行動報道事件、訴訟について

産経新聞記者による、韓国朴大統領の不明行動の記事に対しての名誉棄損訴訟の公判が7月27日に行われた。この裁判は産経新聞記者がセウォル号沈没時に朴大統領が男と密会しており、7時間にわたって消息不明だったという報道をしたことに対しての、朴大統領側からの名誉棄損訴訟である。今日はその事象に関して、西日本新聞の韓国支社の記者が証言を行った。

男と密会していたかどうかはともかく、セウォル号沈没という一大事の時に大統領が7時間にわたって消息不明など、普通の先進国ではありえないことだ。いや、先進国かどうかにかかわらずこんなことは普通はありえない。

新聞の第二面か三面あたりの記事に注目したことがあるでしょうか?日本の新聞には第二・三面に小さくだが、首相の前日の一日の行動が記録されている。「首相の一日」というなタイトルで書かれているはずだ。首相は日本で一番の公人と言ってもよく、首相の一分一秒の行動がそのまま日本の行方を左右されると言っても過言ではない。したがって首相の一日の行動は全て記録され、国民に公表されるのだ。

しかし今回の朴大統領の事象では、7時間にわたって消息が不明になっているのである。日本の首相においては絶対にありえないことだ。朴側は男と密会していないと訴えているが、問題の本質はそんなことでは全くない。朴側の勘違いも甚だしい。通常時においても数時間にわたって一国のトップが消息不明になるということなどは大問題になるようなことであるが、今回のことはセウォル号沈没という数百名が犠牲になるという緊急時のことである。韓国の危機管理の甘さが三流国だと露呈したようなものだ。こんなことに対して訴訟を起こしている暇があったら、危機管理の強化に時間を割いた方がよっぽど賢明である。反日などと叫んでいる暇はないはずだ。

日本の近国に北朝鮮というならず者国家があることは日本国民は皆承知であるが、隣国である韓国までここまで落ちぶれた三流国家であることに今回の訴訟で日本国民は気付いたであろう。

「正規」と「非正規」社員について

7月26日のサンデージャポンで、サイゼリアの従業員のセクハラ自殺事件が取り上げられていた。その中で元衆議院議員の杉村太蔵氏が、正規社員つまり「正しい社員」と非正規社員つまり「正しくない社員」という言葉ほど差別と屈辱の満ちた言葉はないと話していた。まさしくその通りだと感じた。

非正規社員は正規社員に希望を持って正規社員に憧れを持っている。その一方正規社員は非正規社員を見下すような風潮がある。デフレ不況時代から日本は「正社員至上主義」になってしまった。正社員であることに全ての価値を見出そうとしている。そのような風潮は景気が回復しつつある今でも続いている。雇用する側は非正規社員の正社員になりたいという心に付け入ろうとする。そのような心を逆手に非行に走る上司が後を絶たない。

僕はいっその事、みんな非正規社員にすればいいと思っている。そうすれば非正規だとか正社員という言葉自体がなくなるだろう。もちろんこれは極論であって、それが実現不可能なことはわかっている。僕が言いたいのは正規と非正規の間に本来優劣など決めることはできないということである。杉村氏の言うように「正しい」とか「正しくない」などと優劣をつけることなど人権侵害も甚だしい。実際セクハラ自殺事件を起こしたサイゼリアの店長は正社員である。

しかし有能な社員と普通の社員の間に優劣をつけることは必要だ。しかしその優劣が正社員と非正規社員の間にあるかといえば全くなっていないということである。海外では正社員と非正規社員という区別をやめて、実際に働いた成果に対して報酬を出すようなシステムに移りつつある。それならば自然有能な社員が高収入になる。

日本に根強く残っているシステムは時代遅れになりつつある。このサイゼリア事件が日本の労働の在り方に一石を投じることになればと思う次第である。

A級戦犯の遺書を公開

先日、あるお寺で太平洋戦争のA級戦犯で絞首刑された7人の遺書が公開された。A級戦犯といえば東条英機が圧倒的に有名だが、それ以外の6人のことをご存じだろうか。僕自身もとりわけ詳しいわけではないが、そのうちの一人、元首相・外相の広田弘毅には非常に強い思い入れがある。その理由は、15歳の時に読んだ一冊の文庫本だ。城山三郎の「落日燃ゆ」という本なのだが、内容は広田弘毅の生涯や思想を一冊にまとめた小説だ。

僕は今まで読んだ小説の中でもこの本が一番面白かったと思っている。広田弘毅はA級戦犯で絞首刑にされた7人の中で唯一の文官、つまり非軍人だ。しかし時代がそうさせたのか、戦前の軍国主義に進んでいこうとしているときに首相に指名され、戦争への道を避けようとしたにもかかわらず軍部に引きずられるようにA級戦犯にされた。

広田のA級戦犯については今でも議論され、冤罪であったという意見が今では強い。極東軍事裁判の判事の中でも無罪を主張し続けた外国人判事もいる。

広田はもともと外務官僚だ。外務省同期には戦後首相になった吉田茂がいる。広田が吉田に比べて圧倒的早く外相・首相になったことからもわかるように、広田は圧倒的に優秀な官僚であった。しかしそれが災いし戦犯になることになった。それと対照的なのが吉田で、出世が遅かったがために戦後活躍することができた。

A級戦犯は戦争の一部の縮図に過ぎない。しかし戦犯を知ることによって軍国主義時代の中枢の動きが明らかになる。軍国主義に走っていった日本の中で、広田のような信念を持った文官が犠牲になったことも広く日本人に知ってほしいものである。

オバマ氏、父の祖国ケニアへ

米大統領オバマ氏が現在ケニアを訪ねている。父の祖国だ。ケニアでは熱狂的な歓迎ムードに包まれているみたいだ。異父姉も空港までお迎えだ。世界で一番影響力のある国の大統領だから、ケニアとしてもオバマ氏は誇りであろう。ちなみにオバマ氏自身はアメリカで生まれ、アメリカで教育を受けている。

日本には大統領は存在しない。国のトップである総理大臣は議員による投票で決まるので国民の間接的な選挙による選出というところであろう。しかし一人だけ大統領になった日本人(日系人)がいる。ペルーの元大統領アルベルト・フジモリ氏だ。フジモリ氏が大統領になったときは日本でも熱狂的な渦に包まれた。日系人ということで日本とのつながりも強く、在任中に日本を訪問している。しかし大統領職を退いてからのフジモリ氏の人生は混乱に陥る。

日本も総理大臣制ではなく大統領制にすべきだという声もよく聞く。やはり大統領制では国民の投票によって直接に選ばれるわけで国民との距離も近い。そしてより大きな権力を持つことによって強いリーダーシップをとることができる。

オバマ氏の話に戻るが、オバマ氏の評判は就任当初に比べると芳しくない。当初は初の黒人大統領として大きく注目され、ノーベル平和賞も受賞した。期待を込めてのノーベル賞だった。しかし国内政治・経済の運営はそつなくこなしていたが、対テロ戦争でオバマ氏は混迷に陥る。ISIL(イスラム国)が台頭し、以前の戦争手法が通用しなくなった。オバマ氏も新しい対処の仕方を考えないといけなくなったのであろう。

今アメリカは次の大統領の話題で持ちきりだ。特にヒラリー・クリントン氏への注目は大きい。ヒラリー氏が選出されれば初の女性大統領、そして初の夫婦そろっての大統領となる。これから大統領選への行方には注目である。