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負けて記事になる凄さ

1月29日、レスリングの伊調馨選手が試合に負けたという記事が出た。オリンピックで負けたのではない。通常の国際大会で負けたのである。普通なら記事にも何にもなるようなことではない。この負けは伊調馨選手だから記事になったのだ。伊調選手が試合で負けるのは、なんと13年ぶりだということだ。

今回の伊調馨選手の敗戦に記事を見て、改めて負けて記事になる選手の凄さを感じた。思えば2年前、プロ野球の田中将大選手が24勝0敗というとんでもない偉業を成し遂げた。こうなってしまえば、敗戦を伝える機会もない。マー君(田中選手)は伊調馨選手の上を行っている。しかしレスリングの日本人選手にはレジェンドがいる。吉田沙保里選手だ。女子選手に対してこのような表現は失礼かもしれないが、彼女は怪物だ(試合の時はね)。もちろん普段は人間の女性だが。最近の若手では、女子スキーの高梨沙羅選手も注目を浴びている。

しかし伊調選手も、吉田選手も、高梨選手も、皆女子プレイヤーだ。一部の競技を省き、男子競技と女子競技のレベルは数段以上違うのが普通だ。体力が影響するスポーツだけでなく、将棋なども同様だ。プロ棋士は今まで多数出ているが、女子棋士のプロ棋士(奨励会4段以上)はまだ一人も出ていない。そのため女子棋士には別枠で女流プロ棋士という女子だけのプロ組織がある。しかし現在、男子と同じ世界(奨励会)でプロになろうとしている女子棋士がいる。里見香奈棋士だ。彼女は奨励会3段。男子のプロ世界である奨励会4段まであと一息だ。彼女は現在23歳。奨励会には年齢制限があり、時間との勝負でもある。

ほとんどの競技に関して、男子と女子は別物だ。しかし里見香奈棋士のように、男子に混ざって堂々と渡り合っている選手がいる。女子選手が男子トッププロを撃破する。そのようなことが起こるのかどうか、これからが楽しみである。

甘利明・経済再生担当相の辞任に思う。

1月28日、違法献金疑惑が疑われている甘利明・経済再生担当相が自ら辞任を表明した。甘利氏は経済関係担当の閣僚として、アベノミクス、そしてTPPの推進を任された重要閣僚であった。安倍首相が「支持率が10%下がってもとどまってほしい」と言うほど、安倍内閣の重要人物で、安倍首相からの信頼も厚かった。

この甘利氏の違法献金疑惑、現時点では不明な所が多く、本人が関わっていたかどうかも定かではない。だから現時点では推測で書かざる負えなく、事実関係を書いたところでそれが合っているか間違っているか判断できない。

とは言えメディアとしては、違法献金疑惑があり、かつ甘利氏がそれを認識していたという論調が多く、またその方が世論としては盛り上がる。しかし真に大事なのはメディア・世論が盛り上がるかどうかではなく、疑惑の正確な真偽である。甘利氏の全く知らないところで違法献金が処理されていたという可能性も否定できない。

これから甘利氏に対して野党のきつい尋問が始まるであろう。野党は疑惑があったという前提で尋問する。それは野党として当然のことである。その尋問をすることに対して否定しようとは思わないが、一方野党にも国政に参加している役割から、国益が大きく損なわれるような動きは止めてほしい。以前の「言うだけ政権」だった民主党のような無責任政治だけはやめてほしい。

甘利氏の後任には石原伸晃・元自民党幹事長が就任することとなった。石原氏にはこの騒動で日本経済が停滞するようなことは避けるべくうまく立ち回って、経済再生に尽力してもらいたい。一国民として期待する。

プロに弱者はいらない

最近、何かと「プロ」に関することを書いている。昨日26日、「プロ」テニスの錦織選手と世界ランク一位のジョコビッチの試合があり、錦織選手はストレート負けした。昨日の錦織選手の試合前には、僕も応援のメッセージを込めて錦織選手に対するブログを書いたのだが、非常に残念だ。確かに残念だが、今回の試合で強者が弱者を食っていく、弱肉強食の醍醐味を見たようで、プロスポーツの世界の厳しさを感じた。

これからも錦織選手に応援していきたいが、その一方、僕としてタイトルにあるように「プロに弱者はいらない」という思いがある。

最近何かと弱者を助けるにはどうすればいいかということが問題になるが、別にそういうことを否定しようとするわけではない。社会の弱者を助ける事は大事だし、セーフィティネットを設けることは基本的人権を尊重するうえで必要だ。

しかし「プロ」の世界では話が別だ。何もスポーツに限ったことではない。全てのプロの世界では弱肉強食が大原則である。たまにプロでも弱者を助けるみたいなことを言う人もいるが、プロの世界でそのようなことを配慮すれば、その分野でプロの魅力は半減する。プロという世界では弱いものは消えていく運命なのである。

以前「ハルウララ」という競走馬が絶大な人気を集めた。勝って人気が出たのではなく、100連敗以上という負けっぷりにハルウララという陽気な名前がマッチして一般受けしたのだと思う。僕は、まぁそんなこともあるのだなというくらいにしか思わないが、ハルウララはプロという範疇の外にあるものだと思う。と言っても、馬にプロという概念が存在するかどうかも分からないが、競走馬は全て「プロ馬」と僕は思っている。

プロの世界を盛り上げるに必要なのは、弱くても応援することではなく、強者を応援することである。強者を応援することが、その世界をよりたくましく魅力的な世界にする。こんなことを言う僕は、90年代の阪神タイガース暗黒時代に阪神タイガースを懲りずに応援し続けていたので、偉そうなことは言えないが。

21世紀になって15年、今世紀中にイチローのようなナンバー1にたどり着く日本人はどれだけ出るだろうか。今日は負けたけれど、錦織選手のナンバー1への道のりをまた応援しよう。

錦織圭選手、世界一位ジョコビッチを倒して主役になれ!

今日、テニス全豪オープンで、世界ランク7位の錦織圭選手が世界ランク1位のジョコビッチと対戦する。錦織選手が世界のトップレベルで戦うようになってから、日本人として誇らしく思い、プロテニスが非常に面白くなってきた。二年前の全米オープンでは、世界ランク1位のジョコビッチを倒し、錦織選手が世界トップレベルの選手であることを証明した。

しかし錦織選手は「世界トップレベル」であり、「世界トップ」ではない。現在も日本ではジョコビッチ戦を前に大いに盛り上がっているが、世界的に見ればジョコビッチの脇役でしかない。錦織選手が主役になるためにはジョコビッチを倒すことが不可欠なのである。2年前の全米ではジョコビッチを倒したが、決勝戦で負けてしまい、4大大会初制覇を逃した。今回こそはジョコビッチを倒し、決勝で勝ち、優勝を勝ち取ってほしい。日本人としてのひいき目もあるだろうが、多くの日本人は錦織選手は世界のトップ、すなわち1位に立てる力を持っていると信じている。

錦織選手を信じて応援しているからこそ、「トップレベル」では喜べない。4大大会制覇、そして世界ランク1位が錦織選手の到達点であり、また新たな出発点となるであろう。

26日の夕方に(日本時間)に錦織選手とジョコビッチ選手の対戦がある。我々には応援して信じるくらいしかできないが、地球の南半球にいる錦織選手から力をもらって、我々も自分の取り組んでいる分野で活躍できるように頑張りたい。

このブログは2ちゃんねるじゃない。それから僕は荻上チキのような社会評論家が大嫌いだ。

先日、驚くべきコメントが来た。何に驚いたかというと、そのコメントの文章の言葉使いだ。具体的には、

「~~~なんじゃないかにゃ?m(ΦωΦ)/」

「~~~したからぢゃにゃくって♪」

「~~~あったんぢゃにゃいかにゃ?」

このコメントのどこに驚いたか、説明するまでもないだろう。このコメント作者に言いたい。「このブログは2ちゃんねるじゃない!」

内容が合っている間違っている以前の問題として、人間性が問われるのではないか?そして僕のブログのタイトルを見てもわかるように、僕は本名・素性を明かしている。なぜ明かしているかというと、自分のコメントしたことに責任を持つことと、扱っている事柄に真正面からぶつかるためだ。もちろん僕の書いた内容に間違いがあるかもしれないし、不完全であるかもしれない。そういうことにはできるだけ気を付けているつもりではあるが。

以前コメントいただいた方は、自分を明かし、丁寧なメールだったので、こちらからも懇切丁寧に返信のメールを出さしていただいた。もちろんネットの一番の特性は匿名性にある以上、匿名で書き込む方がむしろ常識なのかもしれない。しかし匿名でいい加減な言葉使いで(ネット言葉?)いい加減な書き込みをしたければ、2ちゃんねるでしたいだけすればいい。少なくとも僕はそんないい加減にブログを執筆しているつもりはない。たしかにたいしたことを書いているわけではないが。

そしてついでに言うと、僕は荻上チキのような社会評論家が大嫌いだ。彼のようにペンネーム、すなわち本名を明かさずに社会世論を転がして面白がり、本名を明かしてまともに議論しようとしている人を批判するのは、あまりにも不誠実だ。もしメディアなどで正面から論戦したければ、まず本名を名乗るのが先だろう。自分を明かさない時点で責任を認めずすでに逃げ腰であり、彼と議論する価値はない。

 

中国の術中にはまった韓国

最近、韓国外交があらゆる側面で行き詰っている。中国傾斜でアメリカとの関係が悪化したうえ、北朝鮮の核実験の際には中国は韓国と何の策も取らず、韓国を見捨てた形だ。それを受けて国内各紙は朴クネ大統領の親中政策に対して批判の嵐が吹いているという。

韓国の現状はまさしく中国の術中にはまったとしか言いようがない。中国がこれをはじめから目論んでいたとすれば、中国の戦略はしたたかだ。

数か月前、韓国の外交官は、「中国からもアメリカからもラブコールを受けるのは祝福すべきことだ」と言い放った。しかしその数か月後の現在、韓国は中国からもアメリカからも見捨てられる形になった。

そして経済面では約一年前に韓国側から一方的に破棄してきた日韓通貨スワップを、今になって再開してくれと懇願してきている。もともと日韓通貨スワップは、韓国経済が危機的状態に陥った時に日本が助けると意味合いが深く、韓国に大きなメリットがあっても日本には何のメリットもないシステムだった。それを日韓関係悪化を理由に(もちろん韓国はこんな理由だと言っていないが、これは明らかだ)、一方的に破棄を行い、この一年間で韓国経済が急激に悪化したのを受けて今度は一方的にスワップ締結を懇願してきた。韓国にとっては何とも都合のいい話である。安倍総理はどういう判断を下すかわからないが、多くの日本人のはらわたは煮えくり返っているのではないかと思う。

おそらく人の良い安倍首相は韓国を助けようとするであろう。そして冷静に日本の国益を考えれば、その安倍首相の判断は正しいのかもしれない。しかし日本国民の感情として、もうこれ以上韓国とはまともに付き合えないというのが本音ではなかろうか。安倍首相が韓国を助けようとしても、日本の世論がそれを許すかどうか。とは言え、朴クネ大統領の任期も少なくなってきた。次期大統領になれば今までしてきたことに対して何食わぬ顔でまた反日、あるいは今韓国世論で言われている「用日」を掲げて日本に対峙してくるだろう。しかし同じことがまた同じように通じるかどうか、常識ある知識人なら考えるまでもなくわかるであろう。

ソマリア海賊がマグロ漁師に

面白い記事を見た。

アフリカ北東部、ソマリア周辺では、各国の船舶はソマリア海賊に悩まされてきた。その対処策として各国は艦隊などを派遣して海賊を撃退すると同時に、航行船舶の護衛に努めてきた。日本でも数年前に海賊対策のための自衛隊による船舶護衛の法案が可決したような記憶がある。ところが記事によると、ここ三年ほどは海賊が激減して、派生件数はほぼゼロなのだそうだ。

では海賊をやめた元海賊は現在何をしているのか?マグロ漁師になっているという。しかもその仕掛け人は、日本のすしざんまいの木村社長だそうだ。

もちろん海賊が激減したのは、国連やNATOをはじめとする各国艦隊であることは言うまでもない。しかし他に職がなければ海賊たちは隙を見てまた戻ってくることは想像に難くない。そこでそれらの元海賊の受け皿として、すしざんまいの木村社長は彼らにマグロ漁師への道しるべを付けたというのだ。

この木村社長の活動は非常に本質を突いたものだ。各国が力にものを言わせて攻撃しても、もぐらたたき状態になるのは目に見えている。各国艦隊に追われたソマリア海賊を、木村社長はうまく支援したのだ。

各国艦隊と木村社長、どちらがなくても上手くいかない。両者の働きが非常に上手くかみ合ったのだ。とは言え、艦隊で撃退することは誰でも思いつく。しかし受け皿としてマグロ漁師に仕立て上げる、これは木村社長の非常に機転の利いた発想だ。もちろん木村社長はビジネスで動いたのであろう。しかしそのビジネスが国際貢献に非常に寄与することとなったのである。

木村社長は現地アフリカの政府から勲章をいただいたという。この勲章は木村社長の国際貢献の賜物だ。

大学院卒(修士・博士)は頭が凝り方寄っているって?学部卒は頭が柔軟?

大学院卒よりも学部卒の学生が欲しいという企業が多いという記事を見た。その理由は、大学院卒は専門で頭が凝り方寄っており、学部生の方が頭が柔軟だということらしい。まぁ、こんな意見は昔からあったことであって、いま聞いたからと言って何も驚くことはないが。

しかし大学院生の方が頭が凝り方寄っているという意見にはどうも納得いかない。確かに学部生より大学院生の方がはるかに専門的な事に取り組んでいることであろう。しかし専門的な事に取り組んでいれば頭は固いというという理屈はどこから来るのであろう。

確かに頭が凝り方寄っている大学院生は少なからずいる。しかしそのような頭の凝り方寄った大学院生などは大学院での研究でもしっかりした成果は出せないであろうし、学部生でも頭の凝り方寄った学生は少なくない。

逆に言えば、成果の出している大学院生は、非常に柔軟な頭を持っているといえる。頭が柔軟でないと研究を遂行することはできない。

とは言え、大学院生は専門性にこだわっているという面は確かにあるかもしれない。しかしこだわりと頭の固さは全然別次元の話だ。

僕が見た記事に載っている企業の仕事は、おそらく誰でもできる仕事が多い企業なのだろう。それならばわざわざ大学院生を取らなくても学部生を取った方が経済的だし、年齢も若い。しかし専門的な研究を追求しようとする大学院生の専門性は他の分野でも大いに役立つものだし、大学院で本気で研究しようとした大学院生の専門性と情熱は何物にも代えがたい。もちろん単に就職状況だけを考えて大学院に進学するような学生は話にならないが。記事に載っていた大学院生の話は後者のことだろうか。それならば前者の研究熱心な真面目な大学院生にはとんだ災難なはなしである。

初めはみんな初心者だ。スキーバス事故で

ここ数日、長野でのスキーバス事故のニュースが大きく扱われている。最近この事故について様々なことが明らかになり、ずさんな管理体制が浮き彫りになってきた。

その中の一つに、今回のバスを運転していた運転手が大型バスの運転に関して初心者だったということが問題になっている。確かに初心者と聞けば不安になるのも仕方がない。しかしどんなベテランの運転手も初めはみんな初心者だ。僕も免許を取ってかなりなるが、免許取りたての頃に初心者だからと言って運転させてもらえなかったことは一度もない。今回のバスの運転手は中型バスメインの運転手で、大型バスの経験は少なかったという。しかし経験を付けるには実際に運転するしか方法がない。初心者だから運転禁止と言えば、この国から大型バスの運転手はいなくなる。

今回の事故はいろいろな要因はあるもの、運転手が初心者だったという点に限っては不運だったとしか言いようがない。このことを過剰に反応すればますます運転者不足に拍車がかかり、さらに危険な状況が増していく。

今回の事故原因は複合的なもので、これから一つ一つ解決しいかなければいけないが、運転手の経験に関しては過剰に問題視するのはやめてほしいものだ。

1.17 歴史的記憶へと移りゆく阪神・淡路大震災

今日2016年1月17日は阪神・淡路大震災が起きてからちょうど21年目にあたる。毎年この日には大震災関連のイベントが行われるが、年々その扱いは小さくなってきているように思う。もちろんその一番の原因は、5年前に起きた東日本大震災という未曽有の大災害が起きたことであることは言うまでもないが、それと同時に21年という月日が阪神・淡路大震災を歴史へと追いやったことも一因かもしれない。しかしこれは、阪神・淡路大震災は「歴史」の一部となるほどの大災害であったことを物語っている。

今の十代の日本人はすでに誰一人として阪神・淡路大震災を体験していない。何とも不思議な感覚である。21年前の大震災がついこの間の出来事のように思えるのだが。もちろん阪神・淡路より東日本の方が時間的に近いし、災害規模も桁違い、それに加えて震災に誘発されて起きた福島第一原発事故問題は現在も進行形である。

僕は神戸の実家のベットの中で大震災を体験した。あの日のことを鮮明に覚えている。そういえば昨日・今日(16日・17日)は、大学入試センター試験が行われている。大震災の時、僕はセンター試験が終わり、一息ついたところだった。センターが終わり、二次試験に向けて頑張るぞ!という時に震災は起きた。

大学受験に向かう道程で、電車が寸断された区間は歩いて次の駅を目指した。途中、焼け野原になった須磨区と長田区の境目あたりは、木の板が立てられ、その板にはそこにあったであろう家の住民の安否が書かれてあった。三宮では代替バスに乗るため、おそらく千人以上であろう人たちが数時間も並んでバスを待っていた。そして代替バスは倒れた高速道路のすぐ下の道を、渋滞でのろのろと走っていた。

今、日本は大災害時代に入ったと言われている。東日本大震災は桁違いとしても、土砂災害・洪水災害・地震災害・火山噴火災害と次々と災害が起きている。そして「想定外」を想定することが当たり前になってきた。もちろん想定外を認識するきっかけになったのは東日本大震災だ。

今年はまだ17日しかたっていない。あと348日残っている。この348日を日本人は無事切り抜けられるか、その保証はもちろんない。世界ではISの地獄の嵐が吹いている。この国外からの脅威と、国内の災害、今年の日本はこの外に対する目と内に対する目を気にしながら対処していかなければならない。