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小6女児焼死事件、母親の無罪確定へ

1995年に起きた、小6女児焼死事件で殺害犯とされ、約二十年刑に服されていた母親と内縁の夫に対して、再審で検察側が無罪を主張することが明らかになり、事実上無罪が確定した。今後は警察・検察側の取り調べに対する矛盾・自白強要に対して追及されるものと思われる。

以前にもブログで書いたが、犯罪に巻き込まれる社会は怖いが、無実の者が犯人に仕立て上げられ拘束されるような社会はもっと怖い。今回の検察側の無罪主張は、事実上検察側が白旗を上げたようなもので、これまでの自白・捜査に対して自らの不正行為を認めるものだ。

これからの警察・検察に対する不備・不正の追求は今回の事件に関してだけではなく、国家治安全体に対するあり方を問うものであり、再審では徹底的に警察・検察の過ちを追及し、二度とこのようなことが起きないように考え直してほしい。

最近、自白強要に対する不信感は、国民の間で高まっているものと思われる。現在裁判が進行中の、栃木小1児童殺害事件に関しても、自白の信用性をめぐって問題になっているが、検察側が裁判所で公開した取り調べ映像は数時間分に過ぎず、100時間をオーバーしようかという取り調べ全体の映像ではなく、検察側の都合のいい部分だけ抜き出したとも思われ、検察に対する不信感はぬぐいきれない。

今、早急に取り組まなければいけないのは、24時間体制の全取調べの可視化、そして審理する者、関係者がその全取調べのどの部分も確認できる制度の確立である。

警察・検察に対する不信のうねりは、袴田事件の袴田巌さんの再審無罪判決で大きく盛り上がった。それから警察・検察の自白に対しての信用性はほとんどなくなっている。そのような動きが栃木事件の映像放映につながったものと思われる。しかし何度も言うが、一番必要なのは、24時間全可視化による記録だ。これが実行されない限り、国民の警察・検察の取り調べの対する不信感はなくならないであろう。

東日本大震災から5年

今日、3月11日、東日本大震災からちょうど五年目にあたる。関西に住んでいる身である僕にとって、東北はあまりなじみがなく、どこか遠い話のようにも思えるが、東日本大震災当日、出先でたまたまテレビで見た地震と津波の映像には衝撃を受けた。

震災と言えば、僕にとっては阪神大震災の方が印象に残っている。震災直下の神戸に住んでいたのだから当たり前かもしれない。震災は、社会も、国土も、人間の心も、人間のつながりも一変させる。東日本大震災の犠牲者二万人と言う数字は、あまりにも大きすぎてピンとこない。しかし以前、ビートたけし(北野武)が言っていた一言にハッとさせられる。

「2万人の人が死んだ事故が1件起きたのではなく、1人が死んだという事故が2万件起きたのだ」

昔、ドラマで、「同情するなら金をくれ」というセリフがあった。震災後の東北もそうかもしれない。お金が全てではないが、お金がないと復興もできない。台湾の人たちは数百億円という義援金を出してくれたという。親日国と言うものは本当にありがたい。台湾やトルコという親日国を、日本はもっと大切にしなければいけない。しかし現政権・首相にそのような認識が希薄に感じるのは非常に残念である。

ともあれ、東北の復興は心から願っている。願うだけではどうにもならないわかっていながら。

僕が言えることは、阪神大震災との比較くらいかもしれない。もちろん阪神と東北の被害の違いは桁違いであり、阪神の事例が東北にそのままあてはまるとは思はない。

阪神大震災時、僕は大学受験生であった。ちょうどセンター試験が終わった三日後だったような気がする。2次試験に向かう道中、須磨・長田あたりの焼野原を通り抜けて行った。その被害の大きかった長田あたりも、今では外見を見る限りは震災当時の面影は全くない。そういう意味では少なくとも外見は復興が完了したのかもしれない。もちろん被害を受けた人の心・生活が元通りになったのか、僕は何とも言えない。

東日本大震災の被害の大きかった東北の現状と言えば、テレビで見る限りはまだ被害を受けたそのままのところもあるようで、更地の状態のところもかなりあるようだ。外見だけ見てもこのような状態なので、被害を受けた人々の心・生活は想像を絶するものと思われる。しかし、被害を受けた東北の人たちが、不満を叫んだりするところはあまり見かけない。おそらく皆、胸の内に留めているのだろう。

東日本大震災が日本人に対して警告したのは「想定外を想定することの必要性」だろう。東日本大震災以降、想定外と言う言い訳は通用しなくなった。津波だけではない。原発もそうだ。起きる前にどうするかということと同時に、起きた直後にどのように対応するかということの重要性。震災ではどんなに巨大な防潮堤を作っても、絶対に防ぐことができないということがわかった。だから津波に襲われるという想定のもと、災害時にどのように行動するかということに焦点があてられるようになった。

東日本の復興は現在進行形だ。いつになったら元に戻るか、想像がつかない。福島原発の廃炉には数十年かかると言われている。とは言え、一日も早い復興が進むことを祈るばかりである。

日本人は西に憧れていた

NHKで、司馬遼太郎の特集を観て思った。太古の昔から江戸時代まで、日本は中国と朝鮮という「西」に憧れていた。壱岐では西から流れてきた漂流物を崇めていたという。そして明治維新が起こり、日本人が憧れる西は中国を飛び越えて、遠いヨーロッパとなった。日本人は憧れるヨーロッパの技術を無心で習得しようとし、そこで出来上がったのが反射炉をはじめとする当時の最新技術であった。ヨーロッパと並び憧れていたアメリカは、太平洋の東側と言うよりヨーロッパの西側と言った方がいいのかもしれない。

日本の最初の「国」は邪馬台国と言われている。邪馬台国には畿内説(奈良)と九州説がある。奈良と九州、距離的にはかなり離れているのに、なぜこのような一見単純に思えることがわからないのか。歴史と言うものは時間をさかのぼるにつれ指数関数的に曖昧になっていくからかもしれない。聖徳太子のいた奈良時代から邪馬台国の時代まで、時間的には数百年だが、実感的には邪馬台国は奈良時代よりも数倍昔だ。

以前から日本ではグローバル化、あるいは国際化と言うことが叫ばれている。しかし国際化を成し遂げるには、それ以上に自分たちの国「日本」のことを知らなければいけない。日本の強み弱みを熟知していないと海外に打って出てはいけない。英語を習得することは大事だが、それは国語、すなわち日本語を熟知していることが前提である。

我々の国「日本」を知るためには、司馬遼太郎のような「日本観」の専門家の書物が指針になる。中学の頃、司馬遼太郎の歴史小説が面白くて読んでいたが、その頃は日本観など頭の片隅にもなかった。大人になってから、そして司馬遼太郎が亡くなってから、司馬遼太郎の世界を見返すとき、そこには非常に広く深い日本観が存在していることに気付く。それが司馬遼太郎が亡くなっても、司馬書物が色あせない原因ではないだろうか。

そう言われれば、確かにミサイルというよりロケットだ。(北朝鮮発射物体)

少し前に北朝鮮から発射された「ミサイル」だが、ある記事でこれはミサイルと言うより完全に「ロケット」だと主張してあった。普通に冷静に見ればその意見はもっともで、なぜ今まで気づかなかったのだろうか。先入観と言うものは怖いものである。

今回の北朝鮮の発射物体が、ミサイルではなくロケットである根拠は、

1)爆発物を積んだ形跡がない(自爆装置は積んでいたが)。

2)宇宙まで飛んで行って、地上に落下していない。

3)人工衛星らしきものを、軌道に投入している。

こう考えると、これをミサイルと考えるにはあまりにも無理がある。実際に今回の物体発射ではどこも被害が受けていない。むしろ数年前に韓国が沖縄上空へ向けて発射し、失敗したロケットの方が、よっぽど危なっかしい。

我々はどうしてもこの物体をロケットと認めたくないのか。日本はロケット大国と言っていいほどの技術を持っている。しかし韓国と比べると、ロケット技術では北朝鮮の方が上だ。

ロケット技術は容易にミサイル技術に転換できる。そういう意味では今回の北朝鮮ロケット打ち上げ成功は日米にとって脅威である。今回の打ち上げがロケットだからと言って油断はできない。

台湾地震、今度は日本が恩返しの番だ

先日の台湾地震での被害状況が次第に明らかになり、死者は百人を超えそうだという見通しが出てきている。日本に比べると台湾での地震はあまり聞かないが、それは日本が異常な地震大国であることと、国土面積の違いによるものである。台湾も環太平洋の地震多発地帯に位置する。

東日本大震災の際は、台湾から数百億円の寄付金が集まったという。親日国というものは本当にありがたいものである。僕のブログで何度も取り上げているように、トルコ・台湾は一、二を争う親日国である。親日国に対しては日本としても礼を尽くすべきである。今回の台湾地震では非常な被害が出ているが、多くのお金を出せる人はそれなりの金額を、少ししか出せない人は1円でも、そして出せない人は被災者への温かい気持ちを送らなければいけない。

地震に見舞われることは非常に災難である。しかしこの災難を負の出来事で終わらせずに、国家間の救済交流にきっかけにしなければいけない。地震が起こってしまったことは仕方ない。しかしこれをきっかけに国家間の絆を深めることが、負の出来事を少しでも正の方向に向けることができるであろう。

北朝鮮がミサイル発射、日米の太平洋防衛戦略の見直しが迫られる

今日7日午前9時31分頃、北朝鮮がミサイルを発射した。ミサイルは地上に落ちることなく宇宙空間に飛び去ったという。日本関係者は失敗することを願っていたのかもしれないが、もし失敗すれば失敗したで予測不能でまた怖い。宇宙空間に飛び去ったと言うが、それは意図的なものか、あるいは制御不能に陥ったためか、我々には全く判断できないが、宇宙まで飛び去ったという事実は北朝鮮の技術の一端を表し、北朝鮮技術をそう簡単に侮れない。北朝鮮は人工衛星を投入したと言うが、これは99%嘘であろうことは素人でも判断がつく。

今回のミサイル発射で国防の見直しを一番迫られるのはアメリカであろう。これまでは北朝鮮の直接的軍事的影響を受けるのは、北朝鮮に隣接する韓国、そして日本であった。しかし今回のミサイル発射は、北朝鮮がアメリカ本土に直接攻撃できる能力を持っていることを明らかにした。もうアメリカ本土は北朝鮮の射程内だ。そのため、太平洋上での軍事態勢が重要になってくる。

北朝鮮、そして中国に関して、日米の防衛体制は二段階体制なるであろう。第一列島線、つまり日本列島から沖縄・台湾・フィリピンにつながるラインの内側(西側)での体制は、日本に最も直接的に影響するもので、北朝鮮、中国からの脅威から守るために日本が最も力を入れなければいけない。

そしてもう一つは太平洋上での防衛だ。ここでの防衛体制では北朝鮮に対するものは単発的であり、メインは対中国となる。しかし太平洋の大きさに比例して、規模は世界的レベルだ。そしてその対策のメインは圧倒的にアメリカになる。アメリカの制海権・制空権は絶対死守、これに尽きるであろう。

今回の北朝鮮ミサイル実験によって日米韓は部分的に、しかしかなり大きい部分の見直しが迫られる。そしてまだ不明な部分、つまり北朝鮮の核の脅威などにも想定しなければいけない。これからの世界の防衛的均衡はどのようになるのであろうか、まだ全体像は不明だ。

シャープ買収交渉へ。台湾企業・鴻海(ホンハイ)は信頼できるか

現在、シャープが経営再建を模索している。それに関連して、台湾企業・鴻海(ホンハイ)の郭会長が買収に向けて日本へやってきた。海外企業との合併で一番懸念されるのは技術流出。もちろんそれ以外にも雇用維持など、問題はたくさんある。最近は中国企業のなりふり構わぬ拡大に懸念を抱いている人は多いが、台湾はどうであろうか。

今回の郭会長の来日で郭会長が強調していたのが「信頼」だ。郭会長は日本の経済だけでなく、日本の文化・気質などもかなり知らべ、理解しているようで、そこは中国とは違い、親日国・台湾の企業人だと感じた。もちろん言うだけなら誰でも言えると思うかもしれないが、実際は外国人が日本にきて面前で簡単に言えるものではない。やはり台湾人・台湾企業は信頼できるのか、親日国・台湾に対してできれば肯定的にとらえたいところである。

親日国と言われている国は世界に複数あるが、その中で、お隣の台湾、そして地理的には遠く離れたトルコは親日国の代表とも言える。日本を信頼してくれる国には、やはり日本側も信頼するのが礼と言うものではないかと思う。しかし日本政府は国益や影響力、そして経済関連の数字などを重視しすぎ、ここ数十年、台湾・トルコを軽く扱ってきた節がある。シビアに動かなければいけない政府・政治家の判断としては致し方ないことかもしれないが、世の中を動かしているのはもとをただせば人間である。

情のある外交、情のある国家間の付き合いもあっていいのではないかと思う。数字で動く外交には相手も数字しか見てこないが、情のある外交には情で応えてくれる。その典型が、イラン・イラク戦争時のトルコの行為だ。有名な話だが、イラン・イラク戦争時、日本政府がイラン国内にいる日本人の救出に及び腰になっていたところ、トルコ政府が戦火の中、航空機を飛ばして日本人を救出してくれた。それは明治時代に日本が、沈没するトルコ軍艦船員を救出したことに対する「情」に応えてくれたのだが、日本は情で接してくれるトルコのような国を数字で判断すべきでない。トルコは日本にとって重要な親友だ。

今回のシャープの話は台湾との企業間レベルのことであるが、台湾とも数字を超えた「情」で結ばれた関係に昇華できるか、これからの日本にとって親日国・台湾との関係は非常に重要なものになる。

清原和博氏、覚せい剤の罪は重いが、野球で輝く実績は消えあせない

最近、元プロ野球選手・清原和博氏の覚せい剤所持での逮捕が話題になっている。この罪は非常に重いが、かといって今回の犯罪によって清原氏の野球での実績が消えあせるわけではない。

この事件を受けて、甲子園歴史館で展示されていた清原氏のPL学園時代のユニホームとバットが撤去されたという。社会的影響を考えると致し方ないかとも思うが、事件を起こしたからと言って清原氏の野球での実績まで否定されるべきではなく、今回の撤去は清原氏の実績が否定されたようで個人的には残念だ。

清原氏は僕らの世代では憧れの選手だ。桑田氏とのKKコンビでPL学園の黄金期を築き、プロ野球では圧倒的な活躍にもかかわらずタイトルが取れず、無冠の帝王とも言われた。言うまでもなく、清原氏の野球での実績はとてつもなく偉大だ。

今回の事件で凋落したと言われているが、清原氏、もう一度僕らの憧れのヒーローとして社会の前に戻ってきてほしい。

伊藤忠商事が総合商社1位に。トップしか味わえないメリット

総合商社の伊藤忠商事が、2016年3月決算の純利益で王者・三菱商事を抜いて業界1位の座を射止めることになった。5年前の伊藤忠商事は業界4位。そこから住友商事・三井物産を抜き、今、三菱をも抜いてしまった。これがどういうことか、それぞれの会社の社名を見ればわかる。住友・三井・三菱、どれも旧財閥系だ。それに対して伊藤忠・丸紅などは大手だが社名からわかるように非財閥系だ。関西出身の非財閥が、巨大財閥を次々と抜き去った。

やはりトップ(社長)の手腕一つでこれほどまでに差が出るものか。伊藤忠商事は5年前、岡藤正広氏が社長になって一変した。社長の手腕一つで業界トップとなったと言っても過言ではない。三菱の社長が4月に交代するが、伊藤忠が三菱を抜いたことが原因だと言われている。

業界1位と2位は数字上では僅差でも、受けるメリットは大差ある。それはどの業界でも同じであり、1位のメリットは2位では味わえない。世の中には1位しかできないことがたくさんある。また1位であることによって得られる信頼もある。だからどの業界でも1位の企業は1位死守、2位・3位は何が何でも1位を目指す。伊藤忠に限っては5年前は4位だった。

業界順位でよく話題になるのは車業界ではないだろうか。去年まで世界シェアではトヨタとフォルックスワーゲン(VW)が僅差で首位の座を争っていた。しかしVWのディーゼル排ガス問題であっけなく決着がついた。もちろんVWの信頼の凋落は、2位になったからというものではない。そしてVWとしてはこのトヨタ1位、VWがその下という流れになるのが影響として大きいだろう。しかしVWはディーゼルでは失態を犯したものの、基盤となる力ははかり知れないものがあるので、これからどう挽回してくるか見ものである。

こちらも最近話題のアイドルグループのSMAP。以前大ヒットした曲で「世界で一つだけの花」という歌があった。その歌に影響されてか、多くの人が「オンリーワン」を大切にするようになった。歌の歌詞は「ナンバー1になれなくてもいい。もともと特別なオンリーワン」と言う歌詞だったと思う。オンリーワンはいいが、ナンバーワンを軽視する風潮ができたことは僕としては悲しい。もちろん人それぞれ生き方は違うが、「オンリーワンは前提、それでかつナンバーワンであることに価値がある」ということに、今一度気づいてほしいものである。

ベッキー・川谷氏のLINE流出事件について

最近何かとタレント・ベッキーさんと音楽家・川谷氏のスキャンダルが話題になっている。初めはベッキーさんと川谷氏の関係についての話題が多かったが、ここにきてそれよりもはるかに大きな問題が持ち上がった。二人の間のLINEのやり取りがそのままの形で流出したことだ。多くの人にとって二人の間のスキャンダルの方が興味があるのかもしれないが、社会的にはLINE流出の方が圧倒的に大きな大問題である。

二人のスキャンダルはスキャンダルに過ぎないが、LINE流出に関してはこれは明らかに犯罪である。プライバシー保護の観点でも問題だが、このLINE流出は「不正アクセス禁止法」に触れる、立派な犯罪だ。流出の経緯はまだはっきりとは明らかになっていないが、大方の目星はついており、現在警察が捜査に動いているという情報もある。

ベッキーさんの肩を持つわけではないが、明らかにおかしい風潮に関しては擁護しなければならない。LINE流出と、その内容だ。流出したLINEの内容であるが、一見不謹慎に思えるかもしれないが、世間に公表する前提で書かれたものではなく、プライバシー的に保護されるべきものであることを考慮すれば、流出したLINEの内容に関しては驚くことでもなんでもない。

ほとんどの人は人前では鼻くそをほじろうとはしない。しかしおそらく全ての人は一人の時には鼻くそをほじくっているはずだ。言わばベッキーさんのLINEの書き込みは鼻くそをほじくる行為と同じで、世間に公表されないという前提で書かれたものとしてはごく当然のことなのだ。

さらに言うと、安倍首相は海外首脳と会談を行ってニコニコと握手している。しかし本音は「あのクソジジイ」と思っているかもしれない。仮に自宅で「あのクソジジイ」と言っているとする。(もちろん安倍首相が本当に言っているという意味ではない。)しかしこんなことを自宅で言ったからと言って何の問題にもならない。しかしそれが盗聴されて公表されると国際問題になるだろう。ベッキーさんのLINEはこの「クソジジイ」発言と同じなのである。

時間とともにLINE流出問題の重要さは理解されてくるだろう。ある日突然逮捕者が出るかもしれない。問題の核心は二人のスキャンダルではなく、LINE流出の方であることに気付くだろう。