活動・報告」カテゴリーアーカイブ

マンションのクワガタムシ

8月の最後の日、マンションの高い階で、一匹のクワガタムシを見つけた。コクワガタだ。それにしても、街中の高層マンションに、今では見つけるのも難しいクワガタがいたことには驚いたものだ。見つけたコクワガタはYシャツの胸ポケットに入れて家に持ち帰り、今日一夜を共にして山に返すつもりだ。

クワガタの中でも「黒い宝石」とも言われ、何万円もするオオクワガタは数年越冬するそうだが、コクワガタが越冬できないのは知っている。即ち、このコクワガタは長く見積もってもあと数か月の命なのだ。

このコクワガタと出会ったのも何かの縁、今晩だけはコイツに満足してもらおうと、梨の小片を与えてやることにした。それにしてもクワガタがこんなにペロペロとおいしそうに梨を舐めまくるのにはびっくりした。クワガタの舌は意外と長い。

出会いとは何も人間だけではない。虫との出会いもなかなかいいものだ。コイツと出会えて何だか幸せな気分になってきたぞ。明日山に帰って、元気に生きぬいてこい!

1.17 歴史的記憶へと移りゆく阪神・淡路大震災

今日2016年1月17日は阪神・淡路大震災が起きてからちょうど21年目にあたる。毎年この日には大震災関連のイベントが行われるが、年々その扱いは小さくなってきているように思う。もちろんその一番の原因は、5年前に起きた東日本大震災という未曽有の大災害が起きたことであることは言うまでもないが、それと同時に21年という月日が阪神・淡路大震災を歴史へと追いやったことも一因かもしれない。しかしこれは、阪神・淡路大震災は「歴史」の一部となるほどの大災害であったことを物語っている。

今の十代の日本人はすでに誰一人として阪神・淡路大震災を体験していない。何とも不思議な感覚である。21年前の大震災がついこの間の出来事のように思えるのだが。もちろん阪神・淡路より東日本の方が時間的に近いし、災害規模も桁違い、それに加えて震災に誘発されて起きた福島第一原発事故問題は現在も進行形である。

僕は神戸の実家のベットの中で大震災を体験した。あの日のことを鮮明に覚えている。そういえば昨日・今日(16日・17日)は、大学入試センター試験が行われている。大震災の時、僕はセンター試験が終わり、一息ついたところだった。センターが終わり、二次試験に向けて頑張るぞ!という時に震災は起きた。

大学受験に向かう道程で、電車が寸断された区間は歩いて次の駅を目指した。途中、焼け野原になった須磨区と長田区の境目あたりは、木の板が立てられ、その板にはそこにあったであろう家の住民の安否が書かれてあった。三宮では代替バスに乗るため、おそらく千人以上であろう人たちが数時間も並んでバスを待っていた。そして代替バスは倒れた高速道路のすぐ下の道を、渋滞でのろのろと走っていた。

今、日本は大災害時代に入ったと言われている。東日本大震災は桁違いとしても、土砂災害・洪水災害・地震災害・火山噴火災害と次々と災害が起きている。そして「想定外」を想定することが当たり前になってきた。もちろん想定外を認識するきっかけになったのは東日本大震災だ。

今年はまだ17日しかたっていない。あと348日残っている。この348日を日本人は無事切り抜けられるか、その保証はもちろんない。世界ではISの地獄の嵐が吹いている。この国外からの脅威と、国内の災害、今年の日本はこの外に対する目と内に対する目を気にしながら対処していかなければならない。

IS空爆、難民、テロの悪循環

現在のシリア難民の現状を、9日のテレビ番組「報道特集」を観て知った。シリア難民は、国内の悲惨な現状・ISの悲惨な支配から逃れて、ヨーロッパを目指して難民になっていると思っていた。しかしシリア難民が逃れる一番の原因を聞いて衝撃を受けた。ISが一番の原因ではないのだ。一番の原因は「ヨーロッパによる空爆」なのだ。フランスやロシアの空爆によって住処を壊滅され、難民となるしかないのだ。これを聞くとまさしく、ヨーロッパは空爆によって自分で自分の首を絞めているようなものだと感じる。

そういえば少し前、ヨーロッパの空爆によって死亡したイスラム人は数千人に上るというニュースを聞いた。その中にはIS構成員以外の多くの住民も含まれていると思われる。この犠牲者の数は、パリでのテロによる死者数をはるかに上回る。イスラムの人にすれば、ヨーロッパが空爆というテロを仕掛けているととらえるのもしかたない。

パリでのテロの前後、レバノンでもISによる大規模なテロが起きている。死者数も数十人にのぼる。しかしこちらのテロに関しては世界でほとんどニュースになっていない。「忘れ去られたテロ」と言われているという。人種差別をなくそうという動きが起きて数十年にもなるが、やはり現在でも潜在意識の中では人種・民族差別の意識は根強く残っているのかもしれない。あるいは先進国至上主義とでもいうのであろうか、発展途上国ではテロが起きても仕方がないという意識があるのだろうか。

当たり前の話ではあるが、ヨーロッパ人の命もイスラム人の命も重さは同じだ。少なくとも建前は。しかしこのようなテロが起きた時には本音が出てしまうのかもしれない。

日本人は建前と本音を器用に使い分けると世界で評判だ。確かにそうかもしれない。しかし欧米人は全て本音なのだろうか。人類皆平等と掲げながら、緊急時には白人の命とイスラム人の命を差別する。もちろん自国の国民を優先して助けるのは当たり前なのかもしれない。しかし頻繁に思うことだが、テロが起きた時の欧米人の発言・哀悼、どこか建前を表しているように思えてならない。パリの犠牲者を哀悼するなら、なぜレバノンの犠牲者も哀悼しない?もちろんフランス市民が自国で起きたテロの犠牲者を一番に哀悼するのはわかる。しかしアメリカ人も、そして何を言おう日本人までパリのテロ一辺倒でレバノンのテロ、空爆の犠牲者のことなど話題にもならない。

ISに発する世界の混乱は、欧米の心の奥底にある差別的感情が大きな原因であるような気がしてならない。そして地理的に離れているので欧米ほど影響はないかもしれないが、日本人の心も例外ではない。どこかイスラム人を見下しているような気がしてならない。もちろんISを許すことはできない。しかしそこでISに報復する前に、自分たちの心の底にあるものを冷静に顧みる必要があるのではないかと思う。

iPS細胞のもととなる細胞の作製に成功。iRS細胞とは?

京都大学再生医科学研究所のグループが、「再プログラム化中間細胞・iRS細胞」というものの作成に成功したというニュースが入ってきた。iRS細胞とはiPS細胞になる前の、iPS細胞のもととなる細胞だ。

iPS細胞は、山中ファクターと呼ばれる4つの遺伝子を細胞に注入し作成される。今回のiRS細胞は、その4つの山中ファクターを注入した後、その細胞がiPS細胞になりきる前の細胞のようだ。iPS細胞になる前の中間状態だから、中間細胞と呼ばれる。

このiRS細胞は、非常に扱いやすい性質を持つということで注目を浴びている。具体的には遺伝子操作がしやすい、そして非常に効率よくiPS細胞を作ることができるというものだ。

iPSとiRS、一文字違いで言葉は非常に判別しづらいが、iRS細胞はiPS細胞の赤ちゃんというところであろうか。

そしてこのiRS細胞の解析で非常に期待されているのが、(僕も個人的にかなり注目している)普通の細胞に山中ファクターを注入してiPS細胞ができるメカニズムの解明だ。現在、山中ファクターを注入するとiPS細胞ができる事がわかっているが、なぜその方法でiPS細胞ができるのか、その詳しい過程は現在でもわかっておらず、ブラックボックスとなっている。すなわち実験では知られているが、理論はわからないのである。

実用的には効率よくiPS細胞が作成できるようになるということで、iRS細胞によってiPS細胞による創薬、臓器作成などの治療などの臨床が早まることも期待できるのではないかと思う。

山中伸弥教授によると、iPS細胞の研究は日本の1勝9敗だという。しかし今回のiRS細胞の成功などのように、中核となる基礎研究では日本の底力を見せることができていると言えるのではないかと僕個人的には思っている。

これからのiPS細胞・iRS細胞の研究の発展、特に日本の研究グループの活躍に期待したい。

IS(イスラム国)が3500人以上を処刑。命っていったい何だ

ISで昨年の6月から1年ほどで3500人以上の人が処刑されたという記事を見た。彼らにとって命とはいったい何なんだろうか。

人の命は世界中のどこでも、いつの時代でも同じだ。そう思っている人は僕も含めて多いはずだ。しかし現実は違うようだ。IS支配地域では人の命は虫けらのように扱われている。そして北朝鮮でもそのようなことがされている話はよく聞かれる。そして我々も無意識のうちに人の命を差別化しているのかもしれない。アラブでのテロは一言で済ますのに対して、パリでのテロは何週間にわたって話題になる。

そして場所だけでなく、時代によっても命の重さは変わる。日本においても太平洋戦争中に特攻隊が結成され、自爆攻撃がされた話は有名だ。その時代、日本人は自国民の命を虫けらのように思っていたのかもしれない。

学校では「命は尊いものだ」と教えられる。しかし、なぜ命は尊いか、それを説明できる教師は少ないだろう。これは簡単に一言で説明できる話ではない。学校で生徒の自殺が起きた時、教師は「命は尊いから大切にしなければならない」と発言する。しかし僕にはそれが呪文、あるいは教師の免罪符にしか聞こえない。命の尊さは、何年・何十年とかけて認識していき、人間は成長していくのである。それを教師が一言で説明できると思うのは勘違いも甚だしい。

ISの話に戻るが、ISは殺りくを繰り返している。その現実は必ず断たねばならない。しかしその主な手段は現時点では空爆となっている。その空爆で欧米は無数のイスラム住民を殺りくしている。もちろんISの首謀者を攻撃しているという言い分はわからなくもない。しかしこの空爆という大量殺りくはどうかならないものかと多くの人は悩んでいるはずだ。空爆は善なのか、悪なのか、それとも必要悪なのか、答えは簡単に出せそうにない。

 

MRJ、初試験飛行に成功

11月11日、三菱重工・三菱航空機の旅客ジェット機MRJ(三菱リージョナルジェット)の初試験飛行に成功した。今までは陸上での試験走行が続いていたが、ようやく空に舞い上がった。今回の成功は国家プロジェクトとして、国産ロケットに次ぐ大きな前進となった。

ドラマ「下町ロケット」では、ロケット部品に対する高度な精度を要する技術が描かれているが、それはジェット機でも同じだ。空を飛ぶものは、わずかな欠陥が墜落という大事故につながってしまう。特に飛行機の場合は一つの事故が数百人の命に関わるとあって、認可を出す省庁も数年、あるいはそれ以上の年月をかけて慎重に慎重を期して審査を行う。

航空機の開発は一つの企業だけで完結できるものではない。MRJは三菱(ブランド)の製品だが、部品などを含めるとその産業のすそ野は広く、多くの中小企業が関わっている。ある部品は台湾で調達する予定であったが、台湾企業は根を上げ、結局日本の小企業が受け持つことになったという。

日本の中小企業が支える技術の精度は世界と比べても数段優れている。今までMRJの計画は何度もの延期を繰り返してきた。それによって失った信頼も小さくないであろう。しかしそれらの延期は信頼性を高めるための延期であったと思われる。2年後、機体が航空会社に納入され運行されたとき、MRJの信頼は不動のものへと変わることを願う。

MRJ(三菱リージョナルジェット)、いよいよ初飛行

11月11日、つまり今日、MRJ(三菱リージョナルジェット)が初飛行することが決まった。今まで5度の延期を経て、待望の飛行試験だ。県営名古屋空港から空へと飛び立つことになる。

MRJは三菱重工業・三菱航空機にとって、これから事業の根幹になるであろう最重要プロジェクトだ。現在、三菱重工の事業の核の一つとなっているロケット事業に続く航空宇宙産業で、失敗は三菱の威信にかけても絶対に許されない。

ロケット事業に関しては、現在テレビドラマ「下町ロケット」で取り上げられており、ドラマの中では帝国重工業という社名で中小企業の佃製作所とのやり取りが行われ、白熱している。

ところで今回の初飛行では、一般客の飛行場の立ち入りは、展望デッキも含めて一切禁止されるという。広く公開すればアピールの場として非常に影響力があると思うのだが、安全を期してということだろうか。それとも三菱側の自信が100%ではないということだろうか。とにかく市民にとっては残念である。

今回の日本初の純国産中型ジェット機の飛行は日本の念願でもある。小型ジェット機のホンダ、中型旅客ジェット機の三菱と、これから日本の航空産業の両翼を担い、成功することを願うばかりである。

MRJ(三菱リージョナルジェット)が離陸直前

現在、日本初のジェット機開発が大詰めを迎えている。三菱のMRJ(三菱リージョナルジェット)だ。そのMRJが現在、離陸直前の状態まで来ている。11月6日の空港での試験走行では、時速220kmまで出力を上げ、前輪が浮上する状態まで来た。

MRJの開発、走行試験は、途中延期を重ね、信頼性に対して疑問を呈する声も聞かれるが、何しろ日本初の純国産ジェット機の開発だけあって想定外の出来事が多かったことが予想される。現在はまだ1ミリも飛んだ実績がないわけだが、間もなく行われる飛行試験が成功すれば、二段階も三段階も開発が進歩したことになる。今月後半には飛行試験の結果は出ているであろうが、この国家の念願でもでもあると言える国産ジェット機の開発が成功に向かうことを願うばかりである。

三菱のMRJは、約100人乗りの中型ジェット機だ。現在それとは別にホンダが6人・7人乗りのプライベートジェット機を開発している。そちらの方も気になるところである。ホンダのプライベートジェット機はすでに空を飛んでおり、形式認証を経て市場に出るのを待っている状態だ。

日本と言えば車産業が盛んであるが、新たに航空機産業を国家産業の要として興せるか、今後の日本の産業技術に大きく影響する鍵となる。

航空機開発は一夜では成り立たないものである。三菱にしろホンダにしろ、20年以上の積み重ねの上で今日の開発にたどり着いている。航空市場は産業障壁が非常に高く、簡単に市場に参入できる分野ではないが、一度参入すれば永続的な市場供給が約束される分野でもある。

数週間後にはMRJの飛行試験の結果が出ている。今後の日本産業を支える分野として、飛行試験成功というニュースを聞けることを楽しみにしている。

iPS細胞の山中伸弥の目指すところは

MBSオンデマンドで、テレビ番組「情熱大陸」の山中伸弥iPS細胞研究所所長の特集を観た。ここ15年程、日本人研究者のノーベル賞受賞が続いているが、山中伸弥先生の存在感はその中でもまた別格の雰囲気を感じる。それはなぜか?その一つの答えが情熱大陸の中で見て取れたような気がする。

多くの研究者にとってノーベル賞は研究人生の頂点に違いない。しかし山中先生は違う。ノーベル賞は研究の通過点であり、これからのiPS細胞研究・医療においてノーベル賞受賞という肩書をいい意味でツールとして上手く使いこなしている。そういう意味で山中先生のノーベル賞の価値は、他のノーベル賞研究者のものよりも何倍も価値があるのではないかと感じる。

山中先生は今は研究者としてより、研究経営者としての役割を重要視している。彼の発見したiPS細胞研究をこれから発展させるには彼一人の仕事では大きく成し遂げられないことを山中先生は自覚している。そのため「研究経営」に徹して、より多くの研究者の力を利用してiPS細胞研究を大きく進めようとしているのである。

そして日本で生まれたiPS細胞の研究を、日本の技術として、メイドインジャパンとして大きく発展させたいという思いが山中先生にはある。

以前、山中先生は、iPS細胞研究において日本は1勝9敗だと言われていた。その1勝とは彼がiPS細胞を発見したこと。それからの発展においては全敗だということだ。

現在、iPS細胞の研究は国を挙げてオールジャパン体制で行われている。民間からの寄付も集まりつつあるという。そしてもうすぐ第三の研究棟が完成するという。日本発の発明で日本の技術として、これからのiPS細胞研究・技術が大きく発展することを願うばかりである。

追いつめられても絶対に倒れない。最近の近況

ここ最近のブログでは、社会・時事問題、そしてここ数日はノーベル賞関連の記事を書いていたが、少し一服として僕の近況を書いてみたい。

今日の午後、友人と年末年始にあるお笑いのR-1ぐらんぷりの予選に向けてネタを練っていた。しかし夕方になって一つ気になることがあった。この年末年始、またR-1は開催されるのか?確か去年の今頃は大会要領は発表されていたはずだ。そこで気になって主催者の吉本に電話をかけて聞いてみた。すると現在プロジェクトはないということなのである。(汗)。どうやらスポンサーが集まらないらしい。このことは去年から気になっていた。前々回は「東洋水産」という冠スポンサーがついて、正式名称は「東洋水産R-1ぐらんぷり」だった。しかし僕が予選に初参戦した前回はこの「東洋水産」が抜けていたのである。なのでその時から少し嫌な気配がしていた。とはいえまだ未定ということなのでわずかな可能性に期待しよう。

実は本当は今年から復活するM-1グランプリに出場したいのであるが、相方が人前に立ちたくないということでOKが出ない(汗・汗・汗)。M-1に出るのは僕の悲願でもあり、前回のR-1は出場自体が目標だったが、次にお笑い賞レースに出場するときは本気で勝ちに行きたい。勝てる見込みがなければ出ないつもりだ。

数理物理の研究や仕事のことで崖っぷちに立たされているが、どんなに極限状態でも絶対に挫折しないのが僕の取り柄である。失敗はしても挫折はしない。はっきり言って精神的にはいろいろきつい状態ではある。僕自身いろいろ悩むたちではあるが、挫折は死ぬまでしないつもりである。

今年もあと三か月弱、人生何が起きるかわからない。転機は突然やってくる。その時にしっかりチャンスをつかむためにも、日々コツコツと継続して努力することが大切である。