思想、生き方、考え方」カテゴリーアーカイブ

今日決められないことは、1年経っても決められない。

僕が最近心がけていることは、「今日、絶対に決めるぞ!」と物事に取り組むことだ。「明日決めるぞ」と思っていれば一か月経っても決められないし、一か月経っても決められないことは一年経っても決められない。そして一生経っても決められないとずるずる引きずってしまう。

とは言っても、「今日決めるぞ!」と取り組んでも、大概今日決めることはできない。それならば、次の日も「今日決めるぞ!」と心がけて取り組む。毎日「今日決めるぞ!」と取り組むことによって、上手くいけば一か月後に成果を出すことができるかもしれない。間違っても、初めから「一か月後に決めるぞ」とは思わないほうが良い。

人生、毎日が真剣勝負。笑ったり、悩んだり、いろいろあるが、真剣に笑い、真剣に悩むことが大切だと思う。そのようにして、一日一日を刻んでいきたい。

「一発逆転」とは、才能と努力で成し遂げるものだ!

「一発逆転」と言うと、棚からぼた餅のように、運(ハプニング?)だけによってもたらされるものと思っている人が多い。お金のギャンブルがまさしくそうであろう。しかしそんなギャンブルでの当たりなど、はっきり言って”事故”でしかない。

一発逆転は、才能を駆使して、かつ、努力を重ねることによって成し遂げるものだ。

失敗に理由があるように、成功にも必ず理由がある。もちろん、運が全く関係ないと言えば嘘になる。運だって絶対に必要である。しかしそのような運は、才能と努力という前提があってのものだ。そして運をつかむのも実力とも言える。

「なんかいいことないかな~」と妄想する暇があれば、これからどのように実行しようかと思考し、行動すればよい。才能・努力・行動は、成功するための三点セットである。

物事を「理想化」して考えることの大切さ。

考える対象が複雑であるとき、対象をそのまま受け入れるとどうにもならないことがよくある。その時に大切になるのが「理想化」という操作だ。

物理学は理想化の代表例とも言える。物体の運動・現象は非常に複雑であることが多い。そのような時に、運動・現象の本質的な側面だけを抽出して、不要な要素を捨て去るのである。そうすると、非常に見通しが良くなる。この様な操作を「理想化」と言う。

理想化は、何も物理学だけのものではない。多くの学問でも行われているし、身の回りの出来事を考えるときでも理想化は無意識に行われている。

物事の本質を見抜けるかどうかは、理想化できるかどうかにかかっているとも言える。常に理想化的な思考ができるようになると、見える世界も大きく変わるであろう。

100m・9秒台、桐生祥秀に見る勝負の世界。

9日、陸上の桐生祥秀選手が、100mで日本人初の9秒台となる9.98を記録した。9秒台というとアフリカ系の選手の独壇場というイメージがあったが、ついに日本人が、という思いである。

陸上の世界は正真正銘の弱肉強食の世界。勝負に命をかける人間の世界である。だからこそ、強弱が非常に分かりやすい。0.01秒でも速い人間が偉いのである。

桐生祥秀選手は大学4年生、来年は実業団に入るのか、それともプロになるのか、わからないが、日本人初の9秒台を出した男として永遠に名前を刻む桐生祥秀は、これからもさらに上を目指していくだろう。

われわれ外部から見て、非常に華やかな話題だが、100mの世界は想像を絶するくらいに厳しい勝負の世界だと思われる。最近、桐生祥秀のほかに山県亮太、サニブラウン・ハキーム、多田修平、ケンブリッジ飛鳥と数多くの日本人選手が活躍しているように思えるが、逆に言うと世界で渡り合える日本人はこの5人だけとも言える。1億2千万人の日本人のうち、この5人しか100mでは飯を食っていけないのである。

100m走は小学1年生でもできる。世界で最も競技人口が多いスポーツとも言える。走るだけなら僕でもできる。しかしそれで飯を食えるのは日本で5人だけである。この究極の勝負の世界だからこそ、大きな魅力を感じる。もちろん走っている彼らは0.01秒に生死がかかっている。

100mの彼らほどではないが、勝負の世界で生きている人間は多い。さらに言えば、人生そのものを勝負だととらえている人もいるだろう。一度きりの人生、勝負だと思って桐生祥秀のように走り抜けたいものである。

”裏”を読むより、”深く”読むことが大事だ!

”裏”を読むというのは、奇抜であり、インパクトがある。それゆえに自己主張したい時に、裏を読んでアピールするのをよく見かける。

しかし本当に重要なのは、”裏”を読むことではなく、”深く”読むことである。

裏を読もうという姿勢は、自信のなさの表れでもある。地道にコツコツと実績を挙げた人には、自然と深く読む癖がついてくる。深く読んだ結果、たまたま”裏”になることはあるだろう。そうして出た”裏”は価値あるものになる。

とは言え、深く読むことが大事なのは、誰が考えても当たり前のことだ。わざわざ僕がこの場で言うことでもないのかもしれない。

陳腐な表面的な事象を見るだけで、陳腐な結論を出して満足するのではなく、まずは定石を踏んで、きちんとロジカルに結論を導くことが大事である。

昨今の日本人による日本称賛に、危機感を感じる。

最近メディアでは、何かと日本称賛をテーマとする話題が多い。テレビ番組然り、ネット記事然りである。

海外で日本が称賛されることは、非常に喜ばしいことである。それによって、日本の美徳が発見されることもある。日本がこれからも世界で評価される国であり続けることは簡単なことではないが、不可能な事でもない。これからも日本が世界で評価され続けることを願うばかりである。

しかし、最近の日本人自身による日本称賛はいかがなものかと感じてしまう。自分で自分を称えるのは、大概の場合自己満足である。このような日本人自身による日本称賛に酔いしれている日本の現状に、危機感を感じる。

確かに現在の日本の文化的・国民的水準は高いレベルで維持している。しかしその水準をこれからも維持するためには、自らを厳しい眼で見つめることが大事である。

これまで日本人は、自らに対して過度に厳しいくらいの態度を取り続けてきた。時にはそれは自虐的とも言えるくらい厳しいものであった。しかし最近はそのような厳しさは緩んでいるように思える。

人に対する優しさは、自分に対する厳しさである。そしてその逆も言える。他人に対して厳しい人は、大概自分に対して甘く保身的である。最近の日本及び日本人は、残念なことに後者の方に傾きつつある。

他人・他国からの称賛などは、軽く流していればいい。その一方、自分・自国に対する厳しさは常に持ち続けなければならない。そうでないと自分・自国に対する高い水準は維持できない。

当たっても、砕けるな!

「当たって砕けろ」とはよく言うものである。しかし、失敗して砕けてしまえば、どうにもならない。もちろん、砕けても何度でも立ち上がるという意味なのかもしれないが、そうなら「当たったくらいで砕けずに、何度でも立ち上がれ」ということだろう。

砕けてしまうことを過度に恐れて、当たることさえしない人も多い。「当たらずに、砕けずに」という考えだ。そんな無難な考えに魅力を感じるか?と僕などは思ってしまうのだが、そんな無難な生き方も現代人の処世術なのかもしれない。

遊びも本気、仕事も本気!

人生はマラソンのようなものである。マラソンではペース配分が大事だ。それと同じで、人生もペース配分が重要になる。時には本気で、時には手を抜いて、というように、物事にメリハリをつけることであろう。

しかし、長い人生と言えども、人生は有限である。何事にも本気で取り組むことも重要である。仕事に本気で取り組むことは重要であろう。そして遊ぶときも本気でぶつかることが大事だ。仕事も遊びも本気で取り組むことによって相乗効果が生まれる。

仕事も遊びも人生の重要な一部分である。そんな人生の一部分を適当に過ごすのはもったいない。とは言え、疲れた時には気を抜くことも大事だ。本気で続けることと、緩急のメリハリをつける事とのバランスは難しいかもしれないが、もっと本気で生きてみようと思うこの頃である。

目の前に本がある。

今、目の前に本がある。和書・洋書、専門書が並べられており、その中には積読?状態の本も少なくないが、本に囲まれている。

それらの本をどのように生かすか?それらの本の何冊かを上手く利用すれば、新しい結果が生み出せるのかもしれない。何冊もの本を前にして、結果を出せないこともある。要は、本があるかないか、本を読むかどうかではなく、自分でどう解釈し結果へと変化させるかだ。

大学時代から、かなりの数の書物を買いあさってきた。本の数が多ければよいというものではないということは、頭では分かっている。それでも定期的に本を買ってしまう。

本は物質的にみればただの紙だが、僕にとっては宝物である。

背水の陣は最強である。

背水の陣とは、最も危険な状態であることは言うまでもない。しかし背水の陣から大逆転を収めることが多々ある。それはもちろん危機的意識から来る底力によるものである。

我々のような一般人は、危機意識がないとどうしても怠慢してしまうことが多い。そんな時はいっその事、自分で危機的状況を作り上げればいい。自分を背水の陣へと追い込むのだ。それはもちろん、精神的には非常にきついことである。しかしそうでもしないと、自分の置かれている立場はより一層厳しくなる。

自分を背水の陣へと追い込むのには、勇気がいる。なぜならば、それで失敗したら残るのは”死”しかないからだ。しかしそこまでしなくても、時には自分を奮い立たせるために自分を追い込むことも必要だ。