投稿者「木原 康明」のアーカイブ

安倍首相のアメリカ訪問について

現在、安倍首相がアメリカを訪問している。今回の訪問は国賓待遇で、国賓には特別な歓迎行事がいくつかある。以前のオバマの訪日時には安倍・オバマ間の関係が冷えた感じを与えたが、今回の安倍首相の訪米ではオバマが個人的に予定のなかったリンカーン記念館を案内するなど、親密ぶりがうかがえた。

安倍首相というとアベノミクスで経済関係のイメージが強いが、僕個人的には対外関係の対応の上手さを非常に感じている。日本のメディアは日中、日韓関係ばかり取り上げるので日本の対外関係がぎくしゃくしているように感じるが、逆に言えばぎくしゃくしているのは中国・韓国の二国に対してだけと言っても言い過ぎではない。それ以外の国とは非常に良好な関係を保っている。

中国・韓国に対しても安倍首相の粘り強い外交戦略により、必要以上な悪化は抑えられている。僕ならばかなり感情的になってしまうようなところでも、安倍氏は感情に左右されずに冷静に対処されているところは素晴らしいと思う。

安倍氏の対外関係の上手さはホワイトハウスでのレセプションでも発揮されたようだ。安倍首相はこのレセプション会食で何度もジョークを飛ばし、アメリカ側の関係者を何度も笑わしたそうだ。アメリカはジョークで意思疎通する国だ。そのアメリカでジョークを飛ばして相手の心をつかむのは安倍氏の外交手腕の上手さの一つでもあると思う。

この訪米での大イベントがもう一つ残っている。上下議員合同議会での演説である(このブログ執筆時ではまだ行われていない)。この両院合同議会での日本人の演説は安倍首相が初めてである。この演説はアメリカだけではなく、その他の国の人も注目する重要な演説である。安倍氏はこの演説でアメリカの心、世界の心をつかめるのか、非常に注目すべきところである。

まだ訪米日程は続くが、帰国した時にどのような表情で帰ってくるのか、ぜひ余裕を持った気持ちで笑って帰ってきてほしいものである。

たけしの8.6秒ラッスンゴレライ酷評について

ビートたけしの8.6秒バズーカーに対する酷評が話題になっている。たけしにはたけしの深い持論があってのことだと思うが、お笑いを評価するのはお笑い専門家ではなくて一般素人市民だ。重鎮の評価も一理あるが、一般にうけてなんぼの世界である。

たけしには悪いが最近のたけしのお笑いよりも、ラッスンゴレライの方が僕は圧倒的に面白いと思う。確かに現在の重鎮としてのたけしの存在は今までの面白いお笑いの積み重ねによってできたものである。しかし今のたけしの芸は、面白いというより大物がやっているから笑っているという感じではないのか。

確かにたけしは凄い人である。映画など多彩な方面で才能を発揮している。司会での突っ込みも絶妙である。しかしお笑いに関しては、昔のたけちゃんマンよりラッスンゴレライの方が圧倒的に面白い。一発屋といわれるかもしれないが。

最近、多くの日本人がたけしのお笑いに対して冷静に見れてないのではないかと思う。たけしがやっているというだけで、本当に面白いことかどうかということが判断できていないのである。昔はツービートで漫才をやっていたらしいが、今一度その面白い漫才を見せてもらいたいものである。

韓国・朴の迷走が続く

今、韓国政界が迷走状態である。その迷走は一年前のセウォル号沈没事故から始まった。朴のセウォル号対処で不手際が連発し、それに複数の側近の金銭問題が次々と噴出し、朴の任命責任が問われ、この一年支持率は下がる一方である。先日も中国を中心としたアジア関係の大きな動きがある中、その時朴は地球の裏側の南米に外遊していた。そして帰国した途端、胃痙攣という聞きなれない症状で数日間絶対安静だそうだ。

国家首脳の健康管理は最重要事項だ。第一次安倍内閣が安倍氏の体調不良で退陣することになったことは記憶に新しい。首脳の体調不良は国民から責められるべきことなのである。

しかし朴の周囲でこれだけの不祥事がありながら、朴自身の進退につながらないのは不思議だ。大統領という肩書はそれだけ大きな権力を持っているということだろうか。他人事ながら、大統領を退任した後に不祥事が噴出しないか心配である。

今、日中関係が改善の兆しを見せ、韓国は孤立しないかと焦っている。そして韓国国内経済は悪化の一途をたどっている。いまや朴の頼みの綱は反日しかないように思える。

朴のすることはだいたいパターンが読まれてきた。時期尚早ながら、次期大統領のことが気になる。反日キャンペーンは変わらないだろうが、経済問題、安全保障問題で日本、そしてアメリカとどのように連携をとるのか、気になるところである。

日本の建築文化への疑問

今日本では、住居を建てても30年から50年くらい経つと取り壊して立て直すことが普通になっている。家は古くなると新しく建て直すものだという認識が広まっているのだ。それに沿うように、建築会社も数十年で建て替えることを前提に新築住居を建設している。しかしこのような異常な取り壊し文化は日本だけみたいだ。

もちろんそれには日本特有の事情もある。日本は世界一の地震大国だ。古くなって耐久性の低くなった建物は耐震基準に合わず、新しく建て直すことになる。しかしその一方、千年以上前の文化財と呼ばれるような建築物が幾度もの大地震を乗り越え今も現存している。五重塔は地震の揺れを吸収するように揺れる構造になっている。今の言葉で言うと免震構造とでも言うべきか。昔の人の知恵に驚かされるものである。

最近、東京のホテルオークラが建て替えられることになった。ホテルオークラは名建築物とも言われ、取り壊し反対の声も大きい。数か月前にオバマ大統領が来日した際に宿泊したのもホテルオークラだった。

今、人々の意識も使い捨てからリサイクル、あるいは良い物を長くというふうに変わってきている。その風は建築にも当たらないだろうか。もちろん長く残せるような建築物を作ろうとするとそれなりに費用もかかる。しかし「良い物を長く」という思想は必ず日本国民の中に受け入れられるはずだ。そして高度な文化を発展させるためにはそのような思想は絶対条件として必要だと思う。

ネパール大地震とヒマラヤ山脈

4月25日、ネパールで大地震が起きた。ネパールでは建物の作りが弱いこともあり、建物が崩れ少なくとも千人以上の犠牲者が出そうだ。それからネパールといえばヒマラヤ山脈への玄関口。ヒマラヤ山脈でも地震による雪崩が起き、犠牲者が出た模様だ。

ところで日本は地震の巣といわれているが、ネパール周辺も地質学的に大地震が起こりやすい構造になっている。その一番の象徴が世界で一番高いヒマラヤ山脈の存在である。

なぜヒマラヤ山脈が巨大地震の象徴か。ネパールの巨大地震とヒマラヤ山脈の高さは切っても切れない関係にある。ヨーロッパからロシア・中国にかけてはユーラシアプレートという巨大な一枚のプレートの上に乗っている。しかしネパールの南にあるインドはインドプレートという別のプレートの上にある。その境目にあるのがネパール、そしてヒマラヤ山脈なのである。

インドプレートの上にあるインドはもともとアフリカ大陸の東、マダガスカルのあたりにあった。それが長い年月をかけて移動し現在の位置までたどり着いた。しかしインドプレートの移動は今でも続いている。インドは今でも北上し続けているのである。その影響でインドプレートとユーラシアプレートの境目は上下から挟まれるように曲がって上昇している。それがヒマラヤ山脈なのである。つまりこの境目にあるネパールはいつ巨大地震が起きてもおかしくない状態なのである。

今回の地震によってさらにヒマラヤ山脈の高さが変わった可能性がある。もしかしたらエベレストは以前よりも高くなっているかもしれない。今後の正確な地質調査が待たれるところである。

アメリカの日本防衛の確約

現在、日米同盟のさらなる強化が進んでいる。安倍首相はアメリカに対する軍事的支援を積極的に行っていくことを強調しているようだ。その真意は、日本が有事の際にはアメリカの軍事的支援を確約するということを明確にするためだ。

今まで日本は平和のフリーライダーといわれていた。血を流さずに平和にタダ乗りしていたのだ。しかしそのままの状態ではこれからもアメリカの軍事的支援を受けることは確約できない。オバマはアメリカが世界の警察官の役割から降りると明言したのだから。

日本には平和主義者といわれる人が多くいる。軍事などいらないと主張する人たちだ。確かに戦後今までは日本は特に戦争に巻き込まれることなく、軍事など必要ないという幻想にとらわれるかも知らない。しかし自衛隊と米軍の後ろ盾が抑止力になって平和が保たれていることは事実だ。今、中国が台頭してきており、韓国関係も険悪になる中、この平和が恒久的に続くという保証はない。

非暴力・非軍事の象徴としてガンジーの行動を持ち出す人がいる。左頬をぶたれたら右頬を出しなさいと。なぜガンジーはそのようなことができたのか。それはガンジー自身が自己の行動に命を懸けていたからである。何の覚悟も持たない日本国民が非軍事を唱えて軍事的行動を批判するのとは全く違う。それを履き違えている人が多い。

今台頭してきている中国は隣国である。もちろん中国関係の有事が起これば日本もそれに巻き込まれることが予想される。むしろその有事の矛先が真っ先に日本向けられる可能性の方が高い。その時、今の日米同盟強化の効力がものを言うであろう。

ビジネスにおける日韓問題

今、韓国で日本製品排斥運動が起きている。それと同時に日本でも韓国製品排斥の機運が高まっている。韓国での日本製品排斥の原因は、朴の反日運動によるものである。それに対して日本の韓国製品排斥運動の原因は、日本国内ではなく韓国の反日運動に対する反動による嫌韓が原因である。

韓国製品排斥の影響をもろに受けているのがサムスンだ。世界的にみるとサムスンのスマホは世界シェア1位をとっていた。しかし今はアップルの勢いに押されれる形で凋落の一方である。特に日本国内ではその傾向が顕著だ。

そのような現状に対する苦肉の策として、サムスンは日本国内でのサムスンブランドのアピールを廃止することにした。最新のサムスンスマホ本体にはサムスンのロゴはない。さらに日本国内での社名変更まで考えられているらしい。サムスンスマホの韓国色を消すのに躍起になっているのだ。

しかしそもそも以前から韓国製品は日本ではほとんど受け入れられなかった。韓国の現代(ヒュンダイ)自動車がいい例だ。日本に進出して10年ほどで撤退した。サムスンは韓流ブームに乗ってたまたま一時的に受け入れられたと言っていい。韓国製品のイメージは、高くも安くもなく、良くもなくというところであろう。

しかしここ十年以上は日本企業の方が世界的に失敗していた。携帯に限らず全ての物に「値段の高いガラパゴス商品」というレッテルが貼られた。すなわち世界標準を作れなかったのだ。サムスンは過去数年、世界標準を作るのにある程度成功した。それがテレビ・スマホの躍進につながったのだ。

デフレ脱却で日本企業が徐々に盛り返してきている。次世代の世界標準を何とかものにしてほしいが、いい意味でのガラパゴス性も日本の個性として打ち出していってほしいものである。

大阪の学力テスト問題について

4月21日、全国で学力調査テストがあった。このテストの本来の目的は、学力の地域的格差を把握することだ。しかし今回、大阪府がこの学力テストを高校受験の内申点に反映させると発表したことが物議を醸している。簡単に言えば、相対評価から絶対評価に転換するというわけだ。

初めに僕自身の意見を言うと、このことに関しては賛成だ。しかしいきなりこのシステムを導入するには準備がなさすぎだったことは問題かもしれない。

このテストを内申点に反映させることによって、学校がランク付けされること憂慮する人が多い。しかし今の日本の問題として、何事に関してもランク付け・順位付けすることに対してあまりにも嫌悪感を持ちすぎだということがあると思う。これはもうほとんどアレルギーというレベルだ。それでありながらランク付けに対する負の側面を厳密に議論されているところをほとんど聞いたことがない。

ランク付けを否定する人たちは大体平等性に関して敏感だ。しかしそれらの人たちは平等という言葉の意味を履き違えている。できる人とできない人を同等に扱うことが平等ではない。能力に応じてそれ相応の扱いをするのが本来の平等だ。もちろんペーパー一つで簡単に優劣をつけられないこともたくさんある。しかし、才能のあるものに対して才能を認めることも大事である。

大人になれば否が応でも競争にさらされる。中学高校まで競争を否定しながら大人になってすべて競争だと豹変させるのは、それはそれで酷だと思う。確かに競争がすべてではない。個性・オリジナリティも非常に重要だ。しかし順位をつけざる負えないことも多々ある。オリジナリティのない人がランク付けを否定してもそれは単なる愚痴でしかない。

ナンバー1はオンリー1でもある。しかしオンリー1はナンバー1ではない。もう一度人より優れた才能・技術をつけることに重きを置く大切さを説く時期にきているのではないかと思う。

猿橋賞が決定

猿橋賞というのがある。自然科学分野の女性研究者に毎年贈られる賞だ。今年の猿橋賞が、米ワシントン大の鳥居啓子教授(49)に送られることが決まった。専門は植物発生学という分野らしい。植物発生学と聞いてもいまいちピンとこないのだが、生命科学の研究者であることは予想がつく。

ところで僕は大学・大学院と数学物理関係の研究をしていたが、数学物理関係の女性研究者は本当に少なく、当時は女性研究者が少ないことは当たり前のことと感じていた。理系には女性研究者は少なく、だからこそたまにいる女性理系研究者・学生は「リケジョ」ともてはやされるのだが。理系の中でも数学物理は特に少ない。逆に生命関係の研究者には女性が多いように感じる。この様な女性理系研究者の少なさを解消するためにも、猿橋賞はできたのであろう。

海外の研究者でも日本ほどではなくても女性理系研究者は少ないが、重鎮とも呼ばれ女性研究者は昔から存在する。キュリー夫人は有名だが、数学・物理の双方で19世紀の終わりに活躍したエミー・ネーター女史なども数学物理をしている学生にはおなじみだ。

女性だからといって研究者の門戸を狭くしてはいけない。しかし女性だからといって優遇するのも間違っている。男女同じ目線で評価することが大事だ。それが男女平等につながってくる。

小保方ショックから女性研究者に対して多少評価が厳しくなったかもしれないが、多くの男性研究者を凌駕する大物女性研究者が現れるのを楽しみにしている。

頑張れ、花燃ゆ

NHK大河ドラマ「花燃ゆ」が低視聴率でバッシングを受けている。おそらく内容が地味すぎて一般受けしないのだろうと思う。しかし今年の「花燃ゆ」は僕はこれまでの大河ドラマの中では一番好きだ。数年前に三年にわたって流されたHNK特別ドラマ「坂の上の雲」は桁違いのスケールで、司馬遼太郎の原作もすごく良かったこともあり、史上最強のドラマだったのではないかと思うが、今回の花燃ゆは地味だが深いドラマだと思う。

吉田松陰の思想と行動は圧巻だ。吉田松陰を中心と見ると素晴らしい生き方を訴えてくる、圧巻のドラマと言える。ただ主役が松陰の妹であり、変に乙女チックな所を入れるのが、バランスを崩しているようで残念だ。圧巻の松陰も前半で処刑され、出番は終わる。その後は松陰の弟子の活躍が楽しみだ。

松陰とその弟子を主人公にして堅いドラマにすれば、その男臭さが半沢直樹を思い出させもっとヒットしていたのではないかとも思う。何はともあれまだ前半戦だ。これから巻き返してくることを楽しみにしている。