投稿者「木原 康明」のアーカイブ

iPS細胞の山中伸弥の目指すところは

MBSオンデマンドで、テレビ番組「情熱大陸」の山中伸弥iPS細胞研究所所長の特集を観た。ここ15年程、日本人研究者のノーベル賞受賞が続いているが、山中伸弥先生の存在感はその中でもまた別格の雰囲気を感じる。それはなぜか?その一つの答えが情熱大陸の中で見て取れたような気がする。

多くの研究者にとってノーベル賞は研究人生の頂点に違いない。しかし山中先生は違う。ノーベル賞は研究の通過点であり、これからのiPS細胞研究・医療においてノーベル賞受賞という肩書をいい意味でツールとして上手く使いこなしている。そういう意味で山中先生のノーベル賞の価値は、他のノーベル賞研究者のものよりも何倍も価値があるのではないかと感じる。

山中先生は今は研究者としてより、研究経営者としての役割を重要視している。彼の発見したiPS細胞研究をこれから発展させるには彼一人の仕事では大きく成し遂げられないことを山中先生は自覚している。そのため「研究経営」に徹して、より多くの研究者の力を利用してiPS細胞研究を大きく進めようとしているのである。

そして日本で生まれたiPS細胞の研究を、日本の技術として、メイドインジャパンとして大きく発展させたいという思いが山中先生にはある。

以前、山中先生は、iPS細胞研究において日本は1勝9敗だと言われていた。その1勝とは彼がiPS細胞を発見したこと。それからの発展においては全敗だということだ。

現在、iPS細胞の研究は国を挙げてオールジャパン体制で行われている。民間からの寄付も集まりつつあるという。そしてもうすぐ第三の研究棟が完成するという。日本発の発明で日本の技術として、これからのiPS細胞研究・技術が大きく発展することを願うばかりである。

「衆院で過半数」、橋下氏が意欲

おおさか維新の会を結成した橋下徹氏が、「5年で衆院過半数で政権獲得」と意欲を見せた。もちろん普通に考えれば、これはほとんど不可能に近い。とはいえ、これを完全に不可能だとかたづけるのは簡単であるから、衆院過半数を取得し政権を獲得するためにはどうすればいいか、自分なりに考えてみた。

おおさか維新の会は大阪を中心として関西地方で非常に大きな力を誇っている。しかし関西以外ではほぼ無力に近い。なのでまず初めに考えなければいけないことは、関西以外で議席を獲得するためにはどうすればいいか、ということであろう。

そこで、政党の名前を「おおさか維新の会」のままでいいのか。このままの名前だと、関西以外の人からは「どうせ大阪のことしか考えていないのだろう」と思われる可能性が高い。まず、おおさか維新の会が関西に対する政策だけではなく、日本全国、とりわけ地方にも根付いた政策を重視していることをアピールしなければいけな。それと同時に大都市圏でもしっかり議席を稼がないことには過半数は無理である。そのためには奇策ではなくスタンダードな政策をしっかり根付かさなければならない。

そしてもう一つ、仮に衆院過半数を取得したとしても、そのほとんどが新人では政策実行能力は見込めない。そのため既存の政党、自民・民主などで経験を積んで高い見識を持った議員を引き抜かなければならない。それもかなりの数の人数が必要なので、大政党からの集団移籍を成功させなければいけない。さもないと、過去の民主党政権のように無策政権になっていしまうであろう。

おおさか維新の会の一番に魅力にして一番の強みは、橋下氏の強いリーダーシップである。この橋下氏のリーダーシップでどこまでもっていけるか。そしてその過程で橋下氏以外の魅力を同時に構築していけるか。それにかかっているだろう。

小保方氏の博士号取り消しについて

小保方氏の早稲田大学での博士号が、一年の猶予期間中に論文を再提出できずに取り消されることになった。

博士号を取得するためにはオリジナルな結果(すなわち世界で初めてだという結果)を出すことが求められ、オリジナル論文が論文雑誌(英文ジャーナル)に掲載許可が下りると博士論文提出の許可が与えられる。

数学・理論物理系の場合だと、英文で100ページ程度のものが、博士論文の標準だ。もちろん、オリジナルな結果が求めれれているのだから、既存の結果(自分の出した結果以外)のことをまとめて出すことなど認められない。

最近は博士の就職困難問題が社会問題化している。博士号を取得した後の研究職のポストの枠が非常に小さいのだ。この問題は「高学歴ワーキングプア」とも言われている。そして博士号取得者の自殺が非常に多く、社会問題として表面化はしていないが、非常に深刻な問題となっている。

小保方氏の話に戻るが、小保方氏は虚偽の結果を書き、そして写真を盗用したとされている。僕自身がそのことに真偽の判断を下すことはできないが、それがもし本当だと、真面目に研究に打ち込み、ポストになかなか就けずに苦しんでいるポスドク達をあざけ笑う行為だ。小保方氏の理化学研究所での年棒は一千万円だったという。上手くポストに就けた新米研究者でも、普通はその半分にも満たない。そして多くの研究者は無給で研究員をしている。

このような謎かけがある。

「博士号とかけて足の裏に付いた米粒」ととく。その心は、「取らないと気が済まないけど取っても食えない」

これらの博士の社会問題について、今は僕自身は何も言えない。そして一般の人たちも、博士の問題・高学歴ワーキングプアの問題なんかより、生活保護問題や年金問題の方が興味があるようだ。

首相肝いりの一億総活躍国民会議、初会合が開かれる

10月29日、安倍首相が掲げた一億総活躍に向けての、一億総活躍国民会議の初会合が開かれた。会議では15人の民間議員も参加し、その中の一人であるタレントの菊池桃子さんも大きな注目を浴びた。正直、なぜ菊池桃子さんが選ばれたのかよくわからないが、菊池さんが議員になることで大きな話題になることは確かで、一億総活躍への注目へのきっかけとなるだろう。もちろん、多くのタレントの中で菊池さんが選ばれた真意があることを願う。

この一億総活躍に対する安倍首相の意気込みが非常に大きなものであることはひしひしと伝わってくる。何しろ一億総活躍担当相という大臣まで置いたのだから、首相の肝いりということに間違いはないだろう。

今回の一億総活躍に向けてのプロジェクトは、国の、そして安倍首相からの積極的なアプローチであるが、アプローチを受ける側である国民側の意識改革ももちろん必要だ。

今現在、すでに社会の中で、あるいは様々なところで活躍されている方はいっぱいいる。とはいえ一億総活躍しているかといえば残念ながらそうではないと言わざるおえないだろう。まず国民に意識改革を促すことが、一億総活躍推進の政府の初めの仕事であろう。そのために政府は魅力的なシステムを作り、そしてやりがいのある活躍の場に光を当てなければならない。もちろん国民の積極的な行動も必要だ。全て国が何かやってくれるだろうという意識では、活躍など永久に無理である。一番のターゲットは、活躍したいけど何をすればいいのかわからない、と考えている人であろう。この様な人たちに活躍の場を提供することが重要な課題だ。

安倍首相は第一次政権の時に「美しい国」というテーマを掲げた。しかしそれは非常に抽象的であり、具体性に欠け、第一次安倍政権が倒れた副次的な要因だったかもしれない。今回の一億総活躍もやり方を間違えれば抽象的な絵画になってしまう。一気に一億総活躍ができる特効薬はない。具体的政策をコツコツと積み重ねることが、一億総活躍の現実への道となるだろう。

自衛隊・自衛隊員はどうあるべきか

昭和32年、吉田茂元総理宅を訪ねた自衛隊員一期生に対して、吉田はこう話したという。

「君たちは自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく自衛隊を終るかも知れない。きっと非難と か誹謗ばかりの一生かも知れない。御苦労だと思う。しかし、自衛隊が国民から歓迎され、ちやほやされる事態とは、 外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。 言葉を換えれば、君達が日蔭者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。どうか耐えてもらいたい。」(海上自衛隊・阪神基地隊「神戸海の小部屋」より)

最近、自衛隊員に対する人気は高く、国民の自衛隊員への尊敬の念が強い。それはそれでいいことかもしれない。しかし上の吉田元総理の言葉を聞いて考え直させられた。

最近、自衛隊員が最も活躍した出来事と言えば、言うまでもなく東日本大震災である。その際は自衛隊員は非常に苛酷な作業に就き、多くの住民を助けた。そのような規律正しい、また日本人として頼もしい存在である自衛隊は、日本の誇りである。

しかし東日本大震災は日本国民にとって非常に悲しい出来事であった。震災などないに越したことはない。すなわち自衛隊が出る幕がない方が国民は幸せなのである。ところが最近は何かと自衛隊の活躍話が多い。御嶽山の噴火もそうである。自衛隊に感謝感謝が続く。

自衛隊の一番の役割はもちろん「国防」である。現在は自衛隊の存在が目に見えない形で、そして時には自衛隊の行動によって他国の圧力から守られている。これも日本人としてありがたいことである。しかし直接的軍事行動が起こり、感謝しなければならない事態は何が何でも防がなければいけない。これは政治家の仕事である。そう考えれば、普段は何かとバッシングを浴びせられている政治家たちだが、時には政治家にも感謝の気持ちを表す機会があってもいいのかもしれない。

日産カルロス・ゴーン社長が自動運転を語る。(テレビ朝日・報道ステーションより)

10月28日のテレビ朝日・報道ステーションで、日産のカルロス・ゴーン社長が自動運転について熱く語った。日産の技術によると、自動運転は2020年、すなわち東京オリンピックが開かれる5年後に実用化が可能であるという。番組では実際に自動運転のデモ運転の様子が流れていたが、当たり前のことだが自動運転ではハンドルもアクセルも握らなくてもいい。ハンドルなどは実際に収納することも可能で、運転席(運転はしないが)の前にはハンドルではなく液晶画面がある。

自動運転の利点はいくつかあるが、一つはもちろん運転手が必要でないことだ。これによって通勤の往復2時間がビジネスや読書に費やすことができる。映画も観ることもできる。居酒屋で飲んだ帰りに自動運転で家まで帰れる。

そしてゴーン社長は、未成年が自動運転で車に乗れる、すなわち運転免許がない人間でも一人で乗れることを強調していた。もちろんそのためには法改正が必要だ。

そして二つ目は、圧倒的な事故率の軽減だ。自動運転車にはAI(人工知能)が搭載されており、前方は200メートル、後方70メートル、左右は30メートルまで認知して判断されるという。もちろん信号も認知される。このAIによって、100%はないだろうが、人間が運転する場合に比べて事故率は圧倒的に軽減されることが予想される。

その一方、ゴーン社長は自動運転の課題も述べていた。その一つは地図だ。昨日までの地図が今日も正しいとは限らない。そして地図に載っていない工事がされているかもしれない。しかし僕の個人的な感じだが、これらの課題をクリアするのはそんなに難しいことではないと感じる。

そして対談の最後に、古館氏は非常に重要で、自動運転の根幹を揺るがすことを指摘した。AI機能、すなわちコンピューターが乗っ取られる危険性だ。すなわちサイバー攻撃の危険性だ。対談を観ていた感じだと、サイバー攻撃に対する対策はもちろん非常に力を入れるが、まだ未知数であるように感じた。サイバー攻撃対策はこれからの自動運転を開発を進めるうえで、実用化に近づけば近づくほど、そして実用化された後はさらに重要度が増すであろう。そしてこの対策は、車に搭載されるシステムと全ての車を管理するサーバー、この両者に対策されなくてはいけないことは容易に考えられる。

現在、自動運転は日産だけなく世界のほとんどのメーカーが力を入れており、実際トヨタ、ベンツの自動運転の様子は最近映像で観た。もし5年で自動運転が実用化されると、これは自動車が誕生した時に匹敵するほどの飛躍だ。話題性・重要性・変革性、どれをとっても次世代自動車と言われている燃料電池車などの比でない。はたして計画通り自動運転がうまく実用化されるのか、それともこれから5年の間に困難な壁に突き当たるのか。5年後の自動車社会がどう変わっているのか非常に楽しみである。

アメリカ艦船が南シナ海を航行

10月27日、米艦船が、中国が埋め立てを強行し主権を主張する南シナ海を航行した。この米海軍の航行は明らかに中国に対するけん制であるが、米軍はこの「航行の自由作戦」を数週間から数か月続けると言い、これをきっかけに米中間の緊張が一気に高まることが懸念される。

それにしても、このタイミングでの米軍の行動はどういう意味があるのだろうか。つい最近、中国・習近平主席がアメリカを訪問したばかりであり、それと強い関連があることは容易に推測できる。そして先日、韓国・朴クネ氏がアメリカを訪問し、米オバマ氏から中国の行為に対して強く非難するように求められた。この韓国関係も無関係ではないだろう。米国は南シナ海航行に対して韓国の出方を観ている節がある。そしてもう一つ、先日の習近平主席のイギリス訪問に際しての英国の歓迎ぶりにもしびれを切らしたもかもしれない。この様に最近の動きだけを考えても、米・韓・英の相互関係が見て取れる。

韓国にしてみれば、先日の米国訪問が裏目に出た結果だ。韓国の態度表明にもう一刻の猶予もないことは明らかだ。米国は迫っている。米・中のどちらの付くか決断しなけばいけないが、もし優柔不断な態度をとり続ければ、米中の狭間で自滅する可能性もある。

今回の、そしてこれからの米軍の「航行の自由作戦」によって東アジア情勢がどのように転ぶか、日本の一般市民としては断言できないが、いくつかのストーリーは想像できるであろう。それとも予想もしない状況に陥るか、日本としても非常に気になるところだ。

高級ブランドとは。フェラーリがNY株式取引所上場

10月21日、イタリア高級スポーツ車メーカー、フェラーリが、ニューヨーク株式取引所に上場した。そこでフェラーリの経営陣は投資家に対して、「フェラーリとは車メーカーというより、プラダやエルメスのような高級ブランドだ」と発言したそうだ。確かにフェラーリは高級ブランド車メーカーである。これに異論がある人はいないだろう。そしてフェラーリはこの高級ブランド路線で大きな成果を上げてきた。

フェラーリの対極にあるのが日本メーカーといえるだろう。トヨタ・ホンダをはじめ、日本メーカーは「ものづくり」ということを非常に大切にしてきた。そして日本メーカーも大きな成果を上げてきた。しかしフェラーリも単なるブランド屋ではない。フェラーリはもともとレーシングチームであり、そのための研究開発に非常に大きな力を入れている。収益に対する研究開発費率は他メーカーに対して突出している。

しかし車市場が飽和状態に近づいていく中、各車メーカーはブランド性を重視するようになった。その代表例がトヨタのレクサスであろう。ではそもそも「ブランド」とはいったいなんだろう。これに一言で答えることはできないが、あえて一言で言えば「信頼性」であろう。高級ファッションブランドには、現物以上のブランド料がつけられることがよくある。ではこのブランド料は全くの無駄なのか?このブランド料こそ信頼性に対する対価であろう。ブランドが品質の高さを表し、万が一壊れた時には万全なサポートが受けられる。

しかし、ブランドというものは一夜では作れない。長期間の信用ある実績が信頼の形成に結び付くのである。しかしフェラーリは意図的にブランドを形成することにさらに一歩踏み込んだ。生産台数の制限である。フェラーリはこれからも年間9000台以上は生産しないという。稀少性を出すためである。この稀少性という手法は、ファッションブランドでもエルメスなどが行っていることでも有名だ。言わばフェラーリは車界のエルメスになったのである。しかしこの手法は収益規模の限界を作る行為でもある。今回のNY市場上場で投資家が最も気になっているところだ。

フェラーリというブランドはどこまで高められるのか。高級ブランドとしてのフェラーリのさらなる歩みが始まる。

良くも悪くも韓国の存在感がデカい

韓国、朴クネ氏が大統領になってから、韓国の存在感が非常に大きくなっている。良くも悪くも。その原因は一番に韓国の二股外交にある。世界で1番2番目に影響力のある米中間で二股外交を繰り広げる朴韓国は巧みだ。しかしその二股も決着をつける時が迫っているのかもしれない。

10日ほど前、朴氏はアメリカを訪問し、オバマ氏と会談を行った。朴氏としては米韓の絆をアピールしたかったのであろう。そこでオバマ氏から提示されたのは踏絵であった。東シナ海問題に対する踏絵である。オバマ氏は米韓の親密さをアピールしたければ、中国に対して反発せよと迫ったのだ。朴氏は何も反応できなかった。これは二股外交の限界を物語っている。

朴氏の胸中はわからない。経済面で考えれば、現在の中国と親密にすることは非常においしい。しかし安全保障面では米国に属してきた。軍事面ではおいそれと中国に乗り換えることは、親中の朴氏でも相当ためらいがあるのだろう。経済面ならともかく、軍事面でも中国に属すればアメリカの怒りは計り知れない。

現在の韓国の状況を一番喜んでいるのは中国であることに間違いない。韓国が困れば困るほど、中国はおいしいのである。

朴氏はかなりの親中派だ。しかしこれから軍事面を含めて米中どちらに付くのか、それは朴氏の大統領在任期間中に結論が出るほど簡単ではない。おそらく次期大統領も巻き込んでの判断になることは間違いない。

朴氏の表向きの指針は今や明確であるが、次期大統領にどのような方向性を持った人物がなるか、そろそろそちらの方も気になりだしてきた。

世界大学ランキングにこだわるな

毎年、世界の大学ランキングが発表される。最近では、カリフォルニア工科大学の評価が非常に高く、イギリスのケンブリッジ、オックスフォードなどが上位に位置し、数学・理論物理系では圧倒的な存在感を見せるプリンストン大学・プリンストン高等研究所も高評価だ。

今年、日本で話題になったのは、日本の大学が軒並み順位を下げたことだ。東大が43位、京大が88位だ。その結果に多くの人、そして多くの日本人も毎年一喜一憂している。

ところでそもそも大学ランキングとはいったいなんだろうか?大学ランキングの評価基準が明らかになっていない。論文の提出数・引用数が考えられるが、たとえそうだとしても毎年一喜一憂するようなランキングではないはずだ。問題は大学そのものではなく、個人及び組織の意識、そして才能である。もちろん高評価の大学には優秀な人材が多いのだろうと考えられる。しかしランキングにこだわることにどれだけの意義があるのだろうか。

今年、ノーベル賞を受賞された、化学賞の大村さんは山梨大学、物理学賞の梶田さんは埼玉大学出身だ。自分の所属・出身大学の評価が高くないから自分も評価されないと思っている人は、所詮その程度の人間だということだ。真に実力・意欲のある人物は、学歴などほとんど気にしないはずだ。それは地方大学出身でも東大出身でも同じだ。それを大村さん・梶田さんが証明してくれた。

大学ランキングなどはお笑いのネタ程度に思っていればいい。偏差値で学歴を評価するなどは、お遊び程度のことであって、ビジネスで真剣に考えるようなことではない。しかし日本(他国ではもっとひどいところもあるが)では今でも学歴至上主義的な風潮が根強く残っている。「木を見て森を見ず」という言葉があるが、「学歴を見て人を見ず」とは決してあってはならない。