投稿者「木原 康明」のアーカイブ

ミシェル・オバマ米大統領夫人が来日

今日、ミシェル・オバマ米大統領夫人が来日する。いまこのブログを書いている時点ではまだ到着していないので、どのような装いで空港を降り立つのかなどと少し楽しみにしている。

ミシェル夫人の来日の主な目的は、女性教育について議論することだと言われているが、三日間も日本に滞在するからにはいろいろと動く回ることだろう。東日本大震災の慰霊もされるのかもしれない。

それから最も注目されるのが、安倍昭恵首相夫人とのファーストレディー会談だ。国家首脳夫人同士の会談などは、少なくとも僕は記憶にない。いろいろとされているのかもしれないが、あまり取り上げられなだけかもしれないが。

実は僕はこの夫人会談をすごく楽しみにしている。どんな表情でどんなことを話されるのか。国の行く末をも左右する女子会である。ミシェルは元弁護士、昭恵もかなり政治に口出しをし、安倍家の中では首相に対して家庭内野党だと言い放っているらしい。安倍首相は多少強引なところがあるので、家庭内野党の昭恵には首相のコントロールを頑張ってほしいものだ。

ところでアメリカの政府専用機には、エアフォースワンとエアフォースツーがある。エアフォースワンは大統領が乗り込むときにしか利用できないことになっており、大統領が同行しない時は長官などのアメリカの首脳級の人が利用するのはエアフォースツーだ。ミシェルはワンで来るのか、ツーで来るのか、少し気になるところである。

そして気になると言えば料理と宿泊である。以前オバマ大統領が来日した時は、晋三(安倍首相)とバラク(オバマ大統領)は銀座の「すきやばし次郎」で寿司を共にした。この店のコースは3万円からである。そしてオバマ大統領の宿泊施設として、ホテルオークラ東京を貸し切ったみたいだ。その時の宿泊予約サイトを見ると、ホテルオークラ東京は一切予約できなかった。厳重な警備のためであろう。

このように政治・経済などのメインのテーマに注目すべきではあるが、料理・ホテル・観光はどのようなことをされるのかということを気にするのもなかなか面白い。

神戸の街

最近の僕のブログは社会問題に関することが続き、かなり堅苦しくなってしまったので、今日は話題をガラッと変えて僕の生まれ育った神戸の街について書こうと思う。

神戸は山と海に囲まれたバラエティに富んだ環境が気持ちいい。特に市街地は山と海に挟まれるかのように東西に細長く伸びている。市街地の中心である三宮からも、南へ少し歩けば神戸の港があり、北へ少し歩けば北野の異人館街そして六甲山がある。

三宮の中でもセンター街は一番人通りが多く、休日などは人でごった返しているが、そこから少し西へ抜けると元町、そしてその南には旧居留地など落ち着いたところがあり、神戸の中でも一番お洒落なところだ。

百貨店は三宮駅前のそごうと元町の大丸があり、立地条件で言うとそごうの方が圧倒的にいいのだが、大丸の方が神戸のお洒落のシンボルとなっている。そして大丸の中の方角案内が面白い、北側・南側ではなく、「海側」「山側」と矢印の方向案内がある。海と山に挟まれた神戸ならではの発想だ。

あと神戸と切っても切り離せないのがパンだ。神戸は日本で一番パンの消費量が多いらしい。実際神戸を歩くといたるところにパン屋さんがあることがわかる。それがまたどこも美味しいのだ。おそらくパン屋さんが乱立しているため競争が激しく、美味しいパン屋だけが生き残ったのだろう。

そして神戸といって忘れてはならないのが阪神大震災だ。今ではその被害の面影はほとんどないが、神戸の中心ともいえる阪急電車の三ノ宮駅の駅舎は震災で崩れ、今でも半分仮駅舎のような感じで残っている。

震災は僕が大学受験生の時に起きた。センター試験の直後に地震があり、国立2次試験に向かう時には電車は部分的にしか走っておらず、地下鉄の駅からJRの駅まで焼野原の中を歩いて行ったのを覚えている。「私たちは無事です」という木でできた立札が地面に立てられていたのが今でも忘れられない。

東京にはあらゆるものが集まり何でもそろっているかもしれないが、神戸の適度な規模の雰囲気、旧居留地に代表される歴史あるお洒落は心地よく感じられ、神戸独特の良さではないかと思う。

 

自白による冤罪

テレビ番組「真相報道・バンキシャ」で、中国の冤罪事件を特集していた。主に15年ほど前の事件が多かったが、中には死刑判決から二週間後に死刑執行され、15年以上経った最近になって冤罪が発覚した例もあった。

なぜこのようなことが最近になって発覚しているか。それは中国国家主席の習近平の宣言ともとれるこの発言に表れている。

「これからは法で治める国、法治国家に変える」

というものだ。

民主主義国家では当たり前のことだが、共産主義国家の中国では形としては法は存在するものの、法より権力が勝り、法は形骸化していたのである。

番組では自白による冤罪に焦点を当てていたが、自白による冤罪は日本も同じである。万国共通とまではいかなくても、多くの国で潜在的な問題になっているのではないかと思う。推定無罪は裁判の原則であるが、これも日本では形骸化している感がある。

冤罪で死刑執行をされれば取り返しがつかない。たとえ冤罪が発覚し牢屋から出獄しても、失った時間はお金だけでは解決できない。最近では袴田事件の袴田巌さんの事例で大きく注目を浴びたが、冤罪が発覚するのは氷山の一角だと判断するのが妥当だろう。おそらく日本でも冤罪で刑を受けた者は多いと思われるし、中には死刑執行された者もいるかもしれない。

最近このような自白冤罪を防止するために取り調べの全面可視化が叫ばれているが、これがなかなか進展しない。おそらく警察・検察側の抵抗にあっているものと思われる。警察・検察側にとって、国民の人権より自分達の都合の方が大事なのだろうか。

取り調べの全面可視化は、一刻も早く取り組まなければいけない緊急課題だ。

ネットでの犯人さらしについて

川崎市での上村君殺害事件に関連して、新たな被害者が出ている。ツイッターなどのネット上で、「犯人はこいつだ」みたいな文章と名前と写真が出回っているのだ。ツイッターではリツイートという機能によって瞬時に情報が拡散するので。写真なども瞬時に拡散した。

初めに写真・名前を載せた人物は、もしかしたら正義感によって投稿したのかもしれないし、面白半分かもしれない。そしてリツイートした人たちのほとんどは何も考えずにボタンを押しただけかもしれない。

しかし、このような行為は立派な犯罪だ。例え正義感によって行ったとしても、少年法で定められていることを反故にするような行為は許されない。あろうことか、写真と名前を載せた雑誌まで出てきた。犯人を裁くのは裁判官・及び裁判員に選ばれた一般国民だ。それ以外の市民に犯人を裁く権利はない。

そして最も恐れていた事態が起こった。事件とは全然かかわりのない少女が犯人と関係があると名指しされ、写真まで載せられ拡散しているのだ。彼女のもとには「死ね」とか「殺す」のようなメールが大量に届いているのである。そのようなメールを送ることは紛れもなく脅迫であり、立派な犯罪だ。恐れていた二次犯罪である。

国民の半数近くは、少年の名前や写真を公開することに肯定的な姿勢を示しているようだ。それはわかる。しかし公開するなら公開の仕方を厳密に定めなければならない。今回のように私人がツイッターなどで拡散することを許すと、上の少女のような二次被害が出てきてしまう。しかもこちらの方は、情報を載せた人間は犯罪者意識など全くなく、むしろ正義感にかられているくらいかもしれない。この問題の根は深い。

警察は脅迫状が届いているわけではないので捜査できないと言っている。しかしこれは紙ではなく電子媒体を使っているという違いだけで、脅迫であることには変わりはない。全く無能な警察である。

この様な二次犯罪を防ぐためにも、許されていない情報をむやみに流す私人に対しては厳密に取り締まらなければいけない。

日本人らしくない日本人

僕のことだ。日本人なんだけど、日本にいると何か息苦しい気がする。とは言っても海外にいたことはないので、海外にいても息苦しく感じるのかもしれないが。

でも日本という国は大好きだ。日本は綺麗だし、誠実さでも一番かもしれない。海も山もあり、街も田舎もある。ではどこが息苦しいのか。

大学に入学して、混声合唱団に入団した。歌が大好きで、音楽が大好きだったからだ。しかし合唱というものが僕の性に合わなかった。当たり前のことだが、合唱は集団で歌う。基本集団行動だし、周りに合わせなければいけない。僕にはその集団に合わせるということが苦痛なのだ。自然、合唱団の内部では僕は不良団員の烙印を押される。

練習が始まっても図書館で物理や数学の勉強を続け、わざと遅れて練習に参加する。始まりからきちっと練習に出るのが悔しかったのだ。歌うのは好きだ。しかし僕にとって合唱より物理・数学の方が何百倍も大切だったから、物理・数学の方が大事だということを合唱に遅れるという行為をもって表現したかったのかもしれない。

物理や数学、特に理論系は自分一人でもできるので、自分でペースが作れる。個人プレーというスタイルが僕にすごく合っていたのかもしれない。もちろん物理・数学そのものが大好きということが一番であるが。死ぬまで物理・数学にかかわっていたいと思っている。物理の研究でお金を稼ぐということはできてないので、そういう意味ではアマチュアかもしれないが、プロ意識を持って取り組んでいる。そしてのちには研究で稼いで正真正銘のプロになってやろうと思っている。

全体の空気を読んで集団に合わせるというのは日本の美徳だが、空気を読んでもそれに反抗してしまう僕は日本的ではないと思う。でも日本という国は大好きなのだ。

鳩山由紀夫がおかしい

鳩山由紀夫が壊れている。いや、菅直人も壊れていた。壊れているのは民主党元総理か。

別に僕は民主党に悪気は全くない。しかし普通に考えて、あの民主党政権はおかしかったという人が大半だろう。いったいあの三年間の民主党政権とはなんだったのだろうか。総括しようにも総括するに値することがない。もちろん東日本大震災、福島原発事故に対する民主党政府の対応は厳密に総括しなければいけないが。

鳩山由紀夫に話を戻す。彼は「元日本国首相」というカードを首からぶら下げて世界各地に出没している。何かしているのではなく、やらかしている。

ここ最近もウクライナのクリミア半島に出没した。政府は必至で押しとどまるように説得したようだが、彼は行ってしまった。そして日本国の基本方針とは正反対のことをクリミアでしゃべくりまわっている。それが一国民ならまだわかる。元首相・・・

彼は旅券を没収するならクリミアに移住すると言っていたらしい。しかし今の彼を見ている日本人からすると、「どうぞ移住してください」とでも言ってやりたい気分だ。

弟の自民党鳩山邦夫氏は、「兄は宇宙人のようだと言われていたが、本当に宇宙人になってしまった。」と言っているらしい。今、NASAで火星に人を送る計画が進んでいる。由紀夫を火星に送るというのはどうだろうか。由紀夫にはクリミアより火星あたりに移住する方が似合っているかもしれない。

震災・福島原発事故から4年、原発は麻薬か

3月11日、東日本大震災からちょうど4年を迎えた。様々なテレビ番組及びメディアで震災、そして福島第二原発事故の特集をしていた。その中の一つ、テレビ朝日の報道ステーションでは原発問題、特に廃棄物処分場の問題を大きく取り上げていた。

思い返せば、僕が子供の頃は原子力は夢のエネルギーと言われていた。僕が見ていた子供向けの鉄道の本では、今では考えられないようなことだが、原子力鉄道なるものが載っていたことを覚えている。先頭車両に小型原子炉があって、その力で走るというものだ。このように当時は原子力の未来は輝かしいものに見えたのである。

福島事故後、日本人、いや世界に人が我に返ったのかもしれない。とんでもない物を作ってしまったと。しかし福島事故後の現在も原発推進派は根強く残る。事故が起きても今の日本のエネルギー国策関係者はNOとは言えないのである。

なぜか?

報道ステーションの特集を観て思ったのが、「原発は麻薬みたいなものだ」ということだ。原発が「現時点のみ」に与える恩恵は非常に大きい。現時点でのコストは他の燃料より安くつくし、燃料を再処理して再び使えるようになるというシステムは資源小国の日本にとって何より魅力的に見えるのだろう。

しかしよく知られているように、原発からは放射性の使用済み核燃料が生じる。しかし原発を作るときに使用済み核燃料をどう処分するかという観点が全く抜け落ちていたのである。使用済み核燃料の処分の問題は今ではいろいろと議論されているが、考えれば考えるほど、調べれば調べるほど、研究すれば研究するほど、ますます困難な問題だということが明らかになり、ますます解決が遠のいてしまっているのである。

ところでフィンランドでは、原発を建設するときには使用済み核燃料処分場をあらかじめ確保しないことになっているみたいだ。原発と処分場は常にセットなのである。しかし日本は原発を作るだけ作って処分場のことは全くノータッチだったのである。ゴミは出続けるけどゴミ箱がない状態だ。

もちろん誰でも自分の敷地がゴミ箱になるなんて嫌がるに決まっている。そうなれば考えることは一つ、「金で解決する」ということであろう。実際、原発や核燃料処理場を建設する際には自治体に多額のお金が投下される。お金に困っている自治体にとっては、核は嫌だけど背に腹は代えられないと受け入れるしかないのである。

夢のエネルギーは今では悪魔に成り変わっている。安くつくと思ったコストも、後々の処分のことまで考えると金銭的にも安全リスク的にもとてつもなく高いコストがかかってしまう。

しかしやめられない今の日本。この原発麻薬中毒から抜け出せる日は来るのだろうか。この原発先進国であり核燃料処理後進国の日本のとる行動に、全日本国民の行く末がかかっている。

 

文官統制廃止の議論について

最近、防衛省の文官統制廃止が政府内で議論されているようだ。

防衛相内には背広組と制服組と言われる人に分かれている。背広組とはいわゆる防衛官僚、つまり国家公務員第一種試験を経て入ってきたキャリア官僚だ。文官とはこの防衛官僚を指す。一方、制服組とは自衛官のことだ。

防衛省内では文官統制という仕組みが働いていて、制服組より背広組の方が地位が上にあるということになっている。なぜこのような仕組みになっているのかというと、戦前の軍部の暴走による無謀な戦争を反省して、軍人ではない文官が自衛官を抑制しようという仕組みにするためだ。しかし現在、その文官統制を廃止しようとしている。

そこで文官統制と似たような言葉で、文民統制という言葉を説明しなければいけない。これは文字のごとく国民が軍(自衛隊)を統制しようとするものだが、現実には国民の代表である政治家が軍をコントロールすることを示す。すなわち文民統制の仕組みの一つとして文官統制があるのだ。わかりやすく一言で言うと、文民統制は国の体制の仕組みであり、文官統制は防衛相の内部の仕組みである。

この文官統制廃止には、賛否両論がある。反対の声の理由は軍(自衛隊)が暴走するのではないかということ。しかしこれも極論であって、文官統制が廃止されても文民統制が機能しなくなるわけではない。ただし何重にもある統制機能のうちの一つがなくなるわけではあるが。

賛成の声の理由は、現場を指揮している自衛官の方が現場の状況に精通しており、より的確な指示が出せる。そして指令のスピードが速くなるというものである。

今まで制服組は背広組に苦汁をなめさせられてきた。文官統制廃止によって背広組と制服組の地位が対等になることは制服組にとっては念願であり、背広組にとっては痛いものであろう。

今回の文官統制廃止によって現場の状況が上(防衛相)により正確に伝わるという利点は即座に理解できるが、これをきっかけに制服組の過度な権力拡張になっていはいけない。

戦前、軍部大臣現役武官制というものがあった。陸海軍の大臣は軍部が認めた者に限るというものだ。これによって軍部が認めないと内閣が組めないことになり、軍部の権力が急拡大した。それが太平洋戦争への突入の原因の一つになった。そのようなことを繰り返すことのないように、文民統制はしっかりとしていかなければならないし、国民もそのような監視の目を持たなければならない。

ドイツ・メルケル首相の来日の意図

3月9日、ドイツのメルケル首相が来日した。なかなか強気の政策をする女性首相で、昔のイギリス女性・サッチャー首相を思わせる。

ドイツといえばまず思うのが、強い経済であろう。日本とドイツは共に第二次大戦敗戦国でありながら、今では共に世界有数の経済大国。今回の首相来日にも多くのドイツ経済界有力者が同伴していることからも、ドイツの経済に対する力の入れようがわかる。

ドイツは第二次大戦敗戦後、ナチスの反省のもとに反省外交も行ってきた。そこで今回の来日で発言された一つの言葉に気が止まった。

「隣国であるフランスが非常に寛容だった。」

と言われた。やはり地域として見ればやはりヨーロッパは思想が洗練されているのだろう。日本には日本の良き思想がある。しかしこれからは日本は国内だけではなく東アジア全体の底上げを支え、現実的な思想を洗練していかなければならないのではないかと思う。

そしてメルケル首相は東アジア、特に中国に関する政情に関しても言及された。ドイツと中国は強い経済的な結びつきがあり、ドイツにとって中国は主要な貿易相手であり、メルケル首相も今までに数度中国を訪問している。しかしその中国に対して、東シナ海、南シナ海における中国(国名は名指ししなかったが)の強権的な行動に難を示した。そのうえで、日本とドイツは国際法を厳守して行動することを強調された。

それから印象に残ったのが、ドイツの脱原発政策だ。メルケル首相は脱原発を決定したきっかけは福島の事故だと言われた。世界で最も先進的な技術を保持する日本であのような原発事故が起こったことが非常に衝撃的だったらしい。

もちろんドイツでは地震などほとんど起きない。地震や津波によるリスクは日本に比べて限りなく少ない。しかし東日本の出来事は、いつ何時不可抗力的な災いが起きるかわからないということを示し、他人事ではないと感じ脱原発を決定したらしい。ちなみに2022年までドイツ国内の全原発を停止することになっているそうだ。

ところで原発のリスクは地震津波だけではない。他国からの攻撃によるリスクは非常に大きいが、このことは日本国内ではあまり議論されることがない。実際紛争が起こると、攻撃の対象としてまず原発を狙うのが普通だろう。

もちろん原発の方も対策はしてある。原子炉はある程度の攻撃には耐えられるように設計されているし、僕が「高速増殖炉もんじゅ」に見学に行ったときには装甲車が駐留していた。指令室も特別な人しか出入りが許されない仕組みになっている。しかし本気で攻撃されたら、どんなに対策をしていても原発を壊滅させることはそんなに難しいことではない。すなわち日本は国内各地に爆弾を抱えているようなものなのである。

ところで病気で倒れた第一次安倍内閣の時のスローガンは「美しい日本」だった。確かに日本は国も文化も人間の所作もかなり美しいと思う。しかしドイツの現実的で、取るべきところは非常に厳格に処置をとる、そして徹底的に国民を守るという姿勢は日本も見習わなければいけない。

もちろん安倍首相は、最近の過去の首相に比べてかなり強固に物事を推し進めているように見える。しかしその原点が「国民を守る」というところにあるということを見失ってはいけない。

北欧がランキング上位になることについて

福祉関係や過ごしやすさなどのランキングで決まって上位を独占するのが、ノルウェーなどの北欧の国だ。確かに北欧の福祉政策は至れり尽くせりだし、特に高齢者には非常に住みやすい制度になっている。しかし多くのランキングで決まって北欧が上位を独占することに何か違和感を感じないだろうか。

そもそもランキングの計算の仕方自体が北欧に有利な取り方になっていると疑うのが自然ではないか。確かに福祉は非常に充実している。しかしそれだけの福祉を実行するためにはもちろんそれだけのお金がかかるということだ。そのお金は若者などの労働者から搾取されることになる。

北欧の税金の高さは有名だ。所得税に消費税、たしか消費税は30%近くあるはずだ。それだけお金を取り上げているのなら、そのことに関しては労働者にとってはマイナス要素になるはずだ。しかしランキングを作るときにその部分は全く考慮されてないように思える。すなわち出口だけ見て入口を全く見てないのだ。

北欧の仕組みが悪いと言うつもりは毛頭ない。注文をつけたいのは北欧の国の政策に対してではなくて、ランキング製作者に対してだ。一側面だけ見て評価するのはフェアじゃない。どこかでプラスになれば他のところでマイナスになるのが自然な仕組みだ。北欧の素晴らしい点だけ見て北欧を称賛するのではなく、北欧のマイナス面はどこにあるのかということも一度検証する必要があるのではないかと思う。