投稿者「木原 康明」のアーカイブ

総務省「へんな人プログラム」について

今、総務省が「へんな人プログラム」というプロジェクトを行っている。偉大な成功者は変な人が多いということから、変な人で面白い発想を持っている人を支援しようというものだ。具体的には300万円の支援をするという。イメージモデルとしては、アップルのスティーブ・ジョブズを描いているみたいだ。しかし僕はこのプロジェクトはあまり成功しないような気がする。

そもそも「へんな人」に限っているところが悪き日本の発想だと思う。アメリカは変な人を受け入れる土壌があり、変な人から偉大な成功者が生まれている。しかしそれは変な人を支援しているからではない。構想・事業の内容が面白く、そのような構想に支援をしているから結果的に変な人が成功していると言われているだけだ。

重要なのは変な人を支援することではなく、変な人にもそうでない人にも、優れた面白い構想を持っている人には支援することだと思う。つまり、今回の日本のへんな人プログラムは外見を見て中身を見ず、ということになるのではないかと危惧する。

日本という国は変な人には生きづらい国だ。そこで国民の意識を変えるという意味では今回のプログラムは意義あるものかもしれない。このプログラムで大きな成功者が出なくても、もっと広く日本の各地で変わった成功者を生む土壌ができ、プログラムとは関係ないところから偉大な成功者が生まれるかもしれない。

安保法制に関する安倍首相の会見

14日、安保法制に関する安倍首相の会見があった。安倍首相の言いたいことを一言でまとめれば、「もう自国の安全を自国一国で守ることは不可能だ。他国、具体的には米国と連携をとりながら安保政策を進めなければならない。」というものであろう。

これに関しては日本国内では反対意見が多い。日本には憲法第九条という平和憲法が存在する。憲法第九条の存在と理念は非常に素晴らしいものだ。その理念は永久に引き継いでいかなければならない。

しかしそれと安保政策は別だ。今までは自国内のこと以外にはかかわらないで、日本の平和は何とか維持してきた。しかし国際情勢は一刻一刻変わってきている。特に中国の台頭は脅威だ。今まではアメリカが世界の警察の役割を担ってきたが、アメリカ自身もその役割から降りることを宣言し、世界の軍事力分布は多様化してきている。

何かが起きてからではなく、何かが起こる前に手を打たなければいけない。その先手を打ったのが安倍首相による安保法制の改革だ。

それから日本国内の世論を見ていて一つ憂慮すべきことがある。他国に自衛隊を派遣することが戦争につながると叫んでいる人が多くいるが、それはいかがなものかと思う。もちろん自衛隊が米国と連携したことによって直に戦争につながるなんてことは現実的でない。安倍首相は「日米同盟に隙を見せると攻撃される隙を見せることになる」と言っている。しかし僕が憂慮していることは、反論している人は安保法制を変えると日本が争いに巻き込まれることになると非難しているが、そこには他国、特に今紛争に巻き込まれている国を助けよう、世界に平和をもたらそうという思想が全く感じられない。日本一国がよければあとはどうにでもなれとでも言っているようなものである。

戦後今までは敗戦から立ち上がり、日本一国の平和だけを考えていればよかったのかもしれない。しかし今の日本は世界第三の経済大国、また自衛隊とはいえ世界有数の軍備を誇る国である。いま、そしてこれからの日本には世界の平和に貢献することが求められているのではないかと思う。そのためには一国平和主義から脱皮しなければならない。

安倍談話に向けて

約三か月後、安倍首相の談話が発表されるものと思われる。今日、社民党の福島瑞穂党首とジャーナリストの櫻井よしこさんの対談があった。そこで福島氏は20年前の村山談話と同じように「謝罪」の言葉を入れるべきだと言った。それに対し櫻井氏は、時代は刻々と変わっており安倍氏自身の言葉で語るべきだと主張した。

福島氏は謝罪の言葉を入れないと世界に間違ったメッセージを発信してしまうと主張した。しかしむしろ、無条件に謝罪ポーズをすることによって間違ったとらえられ方をされる可能性の方が高いのではないかと思う。そもそもその謝罪の相手は中国・韓国に対してだと思われる。しかしこの二国、特に韓国は何を言ってもアラを探して批判してくる相手だ。先日の安倍首相の米国議会演説に対しても全会一致で糾弾決議をしてくるような相手だ。今は何を言っても通じない。

櫻井氏の言うとおり、安倍氏が自分の言葉で日本の立場を述べることが重要だと思う。何しろ「安倍談話」なのだから。今までブログで述べてきたように、安倍首相は対外関係に関しては、感情的にならず粘り強い対処をしてきた首相だと思う。

この談話は中国・韓国だけに発するのではない。世界に対して発するのだ。現在の状況は、韓国の非難に押されている状況だ。しかし理にかなわない主張はいつか壊れるに違いない。それまで粘り強く対処できるかどうかだ。それと同時に日本も真実をありのまま発信し、間違っていることは論理を持って論破しなければならない。でないと、諸国の誤解は完全にぬぐいきれないだろう。

天野教授、埼玉知事選に立候補

自民党は埼玉県知事選挙に順天堂大学医学部の天野篤教授を擁立することを決めたみたいだ。天野医師と言えば、天皇陛下の手術で筆頭医師を務めた、その道の日本最高の執刀医師である。天皇陛下の手術を担当されてからはその名が全国的に知られるようになった。

天野教授が日本最高の医師であることは間違いないであろうが、なぜその日本最高の医師が知事選に出られるのか?もちろん本人が熟慮して考えた上のことだろうから天野医師にとやかく言うことはないが、天野医師を選挙に持ち上げようとする自民党側に疑問を抱かずに負えない。

もし天野教授を擁立するならば、天野医師のどういう所が政治に対して優れているかということなどをはっきりしてもらいたい。人間性に関してはおそらく立派な人間だと僕も思うし、天野教授の人間性を今さら言うのは天野教授に失礼かもしれない。しかし選挙に出るにあたっては他の候補と同じように人とがらをしっかり示さなければならない。

天野教授に対することはさておいて、擁立する自民党側に関してだが、ただ単に有名だから、イメージがいいからという理由だけならやめてもらいたい。それで過去には日本の政治は様々な損失をしてきた。ホリエモンの例は記憶に新しい。

天野医師が政治家に転身することには、医学界に対してすごく大きな損失にならないかと心配する。天野医師の腕を必要とする患者さんも多いはずだ。しかし何はともあれもし当選した暁には知事職を立派に遂行してもらえることを望む。

鉄道の安全神話

最近に始まったことではないが、頻繁に日本の鉄道の、特に新幹線の安全神話が話題になる。以前に一度ブログで、新幹線の安全神話に関して、阪神大震災の際の無事故は幸運に幸運が重なってできたことだと言った。確かに新幹線は今まで死亡事故が一件も起きてない。しかしこのように鉄道の安全性について新幹線と在来線を分けて考えることは本当に妥当なのだろうか?

言うまでもないが約10年前、福知山線脱線事故によって100人を超える死者を出している。ここまで大きな事故ではないにいしても定期的に事故のニュースは流れ、最近だと山手線の支柱が倒れたことが記憶に新しい。

僕は思う。新幹線と在来線を合わせたすべてのトラブルの総合が、日本の鉄道の安全性の実力なのだと。新幹線死亡事故ゼロという看板に盲目になってはいないだろうか?そもそも日本には新幹線より在来線の数の方が圧倒的に多いのだから。

もちろん、日本の鉄道そのものを否定するわけではない。新幹線に限らず在来線も含めて日本の鉄道システムは世界に比類なきものである。日本の鉄道が世界に誇るべきものはたくさんある。もちろん在来線の安全性に関しても世界から見ればかなり高水準の安全を維持しているのかもしれない。

しかし僕が一つ気になっていることがある。新幹線の安全性をはじめとする最先端技術が在来線にフルにフィードバックされているのかということである。新幹線の安全性と在来線の安全性及び技術がかい離しすぎてないだろうか。日本の鉄道産業が、新幹線と在来線に分離しているように思える。

これからの在来線開発の現場に新幹線技術をフルに利用しようという視点をもって開発すれば、在来線のシステム・安全性は飛躍的に向上するように思える。どうしても最先端である新幹線技術に注目が浴びてしまうところだが、われわれ一般人も在来線技術にももう少し注目してみてはどうかと思う。

B29爆撃機が飛行

8日、ワシントン上空をB29爆撃機など56機がワシントン上空を飛行した。対ドイツ戦勝70周年記念のためだ。B29と言えば日本でも無差別爆撃を受けたことで有名だが、第二次大戦のアメリカ戦勝の象徴ともいえる機体なのであろう。

対ドイツ戦勝70周年があったということは、もうすぐ日米終戦70周年がやってくるということだ。アジアでは日本戦のイメージが強いと思われるが、ヨーロッパではドイツ及びイタリアが戦敵だったとみられているのだろう。その中間に位置するアメリカは日本戦と同時にヨーロッパ戦線でも戦わなければいけなかった。まさに板挟み状態である。

あと数か月で日本敗戦70周年がやってくるが、中国・韓国が大々的に日本戦戦勝キャンペーンをすることが予想される。しかし実際は日本は中国とは日中戦争から戦っていたが、朝鮮とは全く戦っていないのである。朝鮮との間では戦争関係は全くなかった。であるから、朝鮮・韓国の対日戦勝など存在しないのである。

韓国は先の安倍首相米国訪問に関しての演説に関連して、ますます歪曲の度合いを深めてきた。終戦70周年で韓国がどれだけ歴史を歪曲・捏造してくるか、それに対して安倍首相がどれだけうまく粘り強く反論するか、少し見ものである。

安倍首相が長期政権へ意欲

安倍首相が都内のホテルで日米の政財界の要人を招きスピーチした。そこで次回のアメリカ訪問では「中部・西部を訪れたい、そのためには政権を維持しなければならない」と長期政権への意欲ともとれるような発言をした。

安倍首相の長期政権化には賛否両論があるだろうが、僕は今のところ賛成だ。理由はいろいろあるが、安倍政権前の第一次安倍政権を含む六政権がすべて1年で崩壊し、その負の影響をもろに見てきたということも一つあるかもしれない。それからアベノミクスも順調に行っているとはいえ、道半ばである。最近はアベノミクスを否定する意見も聞かれ、それを安倍氏がどう乗り切るかも見ものである。

国際的にも様々な問題を抱え、その対処に追われる安倍政権にとって、今政権を放棄すればその努力が水の泡である。特に中国・韓国問題に関しては改善の兆しがわずかに見え始めてきていると僕は思うが、それも安倍首相が感情的にならず、冷静に粘り強い対応を続けてきた結果だと思う。

安倍政権が誕生した時、正直不安であった。第一次安倍政権が健康不安という形でわずか一年で倒れ、いわば政権を投げ出した形になった安倍氏が、再び政権を担当しても大丈夫なのだろうかと。むしろ石破氏の方に期待していた。しかし安倍氏はいい意味で期待を裏切ってくれた。このまま安倍首相の積極的で粘り強い政治を突き進んでほしいものである。

イギリス総選挙の結果が明らかに

イギリス総選挙の開票が行われた。その結果、保守党が過半数を獲得し、労働党が惨敗した。その一方、スコットランド国民党が躍進したみたいだ。

スコットランド国民党はスコットランド独立を主張しており、昨年のスコットランド独立をめぐる国民投票では独立は否決されたが、スコットランド国民党の躍進によってまたスコットランド独立の機運が高まるかもしれない。

過半数を獲得した保守党はEU離脱を判断する国民投票の実施をマニフェスに掲げており、今回過半数を獲得したことにより国民投票の実行は確定的になった。

スコットランド問題にしろ、EU離脱問題にしろ、イギリスは独立路線を加速しつつあるように思える。独立と言えば聞こえはいいが、一歩間違えれば孤立につながる。そのような路線に突き進むのはイギリスの島国思想が原因なのかもしれない。

地理的環境はイギリスと日本は非常に似ている。四方を海に囲まれた島国である。イギリスのたどる道は将来の日本の道になる可能性も高い。EU離脱への道をたどるイギリスは、東アジアの中で経済的・政治的に多少特殊な立ち位置にある日本と重なる。日本は東アジアにあって、経済的・政治的にはヨーロッパ的なのである。

ギリシャ金融問題に端を発したEU問題は、イギリスのEU離脱で第二弾に突入していくのかもしれない。

イギリス総選挙

イギリスで議会の総選挙が始まった(8日午前0時現在)。今回のイギリス選挙の注目は、二大政党制が崩れるのではないかということである。主要先進国では二大政党制がメインな国が多い。イギリスの保守党・労働党、アメリカの民主党・共和党。二つの拮抗する大政党が議論を戦わせ政策決定をより良いものにするのには良い体制かもしれない。

ところで日本も二大政党制を目指した時期があった。数年前の民主党政権である。民主党政権発足時には、アメリカ・イギリスのように日本でも民主党・自民党の二大政党制が機能することが期待された。しかし結果はご存じのとおりである。民主党にはさまざまな問題があったが、一番の原因は歴史のなさであろう。歴史がないことは人材がそろわないことにつながる。トップである総理大臣も稚拙であった。

今回のイギリス選挙では二大政党以外の政党の躍進に注目が浴びている。その原因は、スコットランド問題、EU離脱問題で世論が多様化したことにあるのだろう。特にEU問題では最近何かと話題になるのはギリシャ経済問題。ギリシャの半財政破たん状態が他のEU諸国の足を引っ張る形になっている。イギリス市民もそれに辟易しているのだろう。ちなみにイギリスはEUには名を連ねているものの、通貨はユーロではなく独自のポンドを維持している。これもEU離脱の壁の低さになっているのだろう。

今日の午後には大勢が判明しそうだ。イギリスは政治先進国である。現在の先進国・民主主義国の政治モデルはイギリスにある。イギリスの政治体制の変化は他の国に与える影響も大きいと予想されるだけに注目を浴びるところであろう。

ネパールの人々の清き心

ネパール大地震からもう一週間以上たった。もうがれきの中の生存者はいないと思われることから、現在はけが人・病人の治療、そして援助物質の支援が中心となり、これからはインフラ設備の復旧に取り組むと思われる。

ところで東日本大震災の時に被災者の秩序だった行動、具体的に言えば略奪暴動が起こらなかったことが世界で注目を浴びた。しかし今回、それは日本だけではないことがわかった。ネパールの被災者も略奪暴動を起こすことなく、支援物資の受け取りの列には千人の人が割り込みもせずに並んでいるという。ネパールの人々は他人の助けを当てにするわけではなく、自分たちでできることは自分たちで乗り切ろうという気概があるらしい。

ネパールの豊かさの指数は、世界187か国中145番目だ。一言で言えばかなりの貧困国である。しかしネパールの人々の心は透き通っている。この清き民族に対して日本は何ができるだろうか。僕には何ができるだろうか。微力ながらできる事は何かしらあるはずだ。しかしわずかな手間が面倒くさくて結局何もやらずに過ごしてしまう自分が情けない。

経済発展も重要だが、人間にとってもっと大事なことがあることを、ネパール民族に再確認させられた。