投稿者「木原 康明」のアーカイブ

株主総会がピークを迎える

多くの会社の株主総会が先日一斉に行われた。株主総会は90年ころからほとんどの企業が同日に一斉に行われるのが習慣だった。その理由は総会屋対策。当時総会を荒らして企業に金品を要求する総会屋の動きが活発だった。それを防ぐためにほとんどの企業が同日に株主総会を開くようになった。そうすれば一人で同日に何社の総会に出席することはできないので、この総会屋対策は一定の成果を上げた。

しかしもちろん本来の株主たちも数社の株を所有していても一社の総会しか出席できなくなる。この様な弊害が指摘されていた。そういうこともあって今では総会日程が分散する傾向にある。

ところで今話題になっているトヨタのAA型株というものがある。購入すると5年は売ることはできないが、5年後には元本が保証されているというものだ。この株によってトヨタは中・長期的な資金を獲得できるというメリットがあり、株購入者にも元本は保証されるというメリットがある。この新型株について今年のトヨタの株主総会はもめたらしい。物言わぬ株主が増えるのではないかと。結局採決の結果、新型株は導入される見通しとなった。

何かと保守的と言われる日本企業。このトヨタの革新的試みには大いに期待したいところだ。この新型株が証券業界に風穴を開けることになるであろうか。

インプットとアウトプット

インプットとアウトプット、自分はどちらに重きを置いているだろうか。

インプットとは具体的には何か。例えば読書、勉強などは代表的なインプット作業だ。しかしインプットだけで終わってしまえば非常にもったいない。なぜなら本当に重要なのはインプットではなくアウトプットだからである。インプットをいくらしてもお金はもらえない。東大生がどれだけ高度な勉強をしてもそれにお金を払う人は一人もいない。なぜなら仕事とはアウトプットだからである。

何もインプットを否定するつもりは全然ない。しかしインプットをアウトプットの布石にしなければそれは単なる自己満足で終わってしまう。

本を読むのもいいが、本当に重要なのは本を書くこと、あるいはそこまでいかなくても文章を書くことではないかと思う。研究者ならば理論を勉強することではなく、新しい発見を論文に書くことである。

今まで自分がインプットで満足していたならば、そろそろアウトプットに軸足を移すのもいいのではないかと思う。

三菱の水陸両用車が注目浴びる

今、三菱重工が水陸両用車を研究開発しており、それに米海兵隊が注目しているそうだ。というのは、現在海兵隊などで用いられている両用車は水上で時速15キロ、それに対して三菱の両用車は時速40キロ出せるそうだ。格段の違いである。これには米英の開発会社もギブアップしたようだ。

日米が現在水陸両用車を重要視する理由が一つある。対中国の対するものだ。今、中国が南シナ海で環礁を埋め立て軍事拠点化しようとしている。それに対して日米は有事の際にはその環礁を突破しなければいけない。そのためにも高性能な水陸両用車は必須なのだ。

三菱の両用車が注目を浴びている理由はもう一つある。コストだ。英企業は技術的には可能かもしれないが、コストを考えると無理だと言っている。それを三菱はクリアしそうなのだ。コストの面に関しては最近の為替レートも少しは関係あるのかもしれない。しかし限られた予算で高性能製品を開発するのも高度な技術力が必要だ。

車・鉄道・飛行機などで最近快進撃を始めた日本企業。軍事技術に耐えうる製品を世に送り出せるのは日本の高度な技術力の証だ。なぜなら最も最先端で最高な技術は最初に軍事面に応用されることが多いからだ。

人間と地球上生物の大量絶滅

現在、地球史上6度目の生物大量絶滅期に入っているというアメリカの大学の研究グループの結果が出ている。今、通常の100倍のペースで種の絶滅が進んでいるそうだ。現在の絶滅期は6度目だということだが、過去の5回と決定的に違うことがある。それは現在の絶滅期が人間の手によるものだということである。過去の絶滅期は隕石の衝突や火山の爆発など天災的なものであった。しかし現在、人間は地球上の種の存続の運命まで握っている。

そしてもう一つ、われわれに直接的にかかわることがある。それは将来、その絶滅種の中に「人間」も入る可能性が非常に高いことだ。人間は人間まで絶滅させてしまうかもしれない。

僕の私観だが、もし人間の絶滅がおこるならばそれは一瞬、あるいは非常に短期間で絶滅するのではないかと思う。わかりやすい例では核兵器によるもの、急激な環境汚染、あるいは想定しえない要素も現在の社会には山ほどある。むしろ核兵器などは核削減など対策もわかりやすいが、想定しえないものに対しては対策もしえない。

現在の生物学では人間は哺乳類の一種とみなされている。しかし何十万年後、何百年後に知的生物が存在していれば、人間は既存の生物の一種とはみなされないだろう。おそらく知的新生物とでもいうような全く新しい系統の生物種とみなされるはずだ。

文明の発展は大天災でも起きない限り発展し続ける。しかし今、人間は無制限の発展に進むのではなく適切な発展を遂行していくことに注意を払わなければいけないのではないかとと思う。これから人間は人間とその文明をうまくコントロールしていかなければならない。

パリ航空ショー

先日、パリで航空ショーが行われた。世界各国から様々な航空機が所狭しと並んでいる。航空ファンなどは航空機の展示に気持ちを高ぶらせたことだろう。

この航空ショーはただの展示会ではない。航空機メーカーと航空会社の間の商談会でもあるのだ。もちろん日本の会社も参加している。三菱航空機のMRJ(三菱リージョナルジェット)だ。しかしMRJはこの商談会での受注はゼロだった。それに対してMRJのライバルのブラジルの航空機メーカーは50機も受注した。この差は実績の差以外の何でもない。MRJの開発は遅れに遅れ、先日飛行場の滑走路を走った(歩いた?)だけだ。まだ空は1センチも飛んでいないのだ。したがって実績はゼロに等しい。そんな会社に大きな期待をするのも無理な話だ。しかしこれから巻き返すチャンスは十分にある。ぜひとも巻き返してほしいものである。

今まで飛行機と鉄道は棲み分けができていた。短距離は鉄道、長距離・海外へは飛行機と。しかし鉄道の高速化に応じて鉄道が飛行機のシェアを侵食しだしてきた。特に日本国内ではそれが顕著だ。ヨーロッパでも今はフランスとイギリスの間をユーロスターという高速鉄道で行き来できる。いま飛行機と鉄道はしのぎを削り合っている。日本は鉄道分野では新幹線という世界一の製品を手にしている。そして今飛行機産業にも食い込もうとしている。まだ日本の飛行機産業は新幹線には全然かなわないが、数十年後には新幹線と飛行機が日本の交通産業の両輪として世界でフルに力を発揮しているところを見たいものである。

安倍思想は軍国主義への足音か

現在、国会で安保法制の議論が行われている。安倍首相の主張を一言でまとめると、「自衛隊が軍事行為をしなければ、後方支援や他国の支援は可能だ」というものだ。

今まで日本は金は出すが血は流さないと他国から非難され続けてきた。その批難に対して後ろめたさを感じているのだろう。単純に考えて紛争地域に行って血を流さずに済むとは考えにくい。本当に血を流さずに済むのならば自衛隊ではなくて民間人がいけばいい。僕自身は血を流すか流さないかという議論は重要ではない。なぜなら自衛隊は緊急時には血を流す覚悟で国を守る使命を持っていると思っているからだ。もちろん血を流さずに済むのならそれに越したことはない。無駄な血は絶対に流してはいけないのだ。しかし国民が危機にさらされている時には血を流す覚悟で守る、それが自衛隊の存在意義である。

今回の安保法制の問題点は、自衛隊が守るのが他国の国民、他国の軍隊であるということである。「自衛隊」という名前の通り、自衛隊は自国・日本国とその国民を守るためにある。それが他国まで乗り込むのは理にかなったことかということである。

瀬戸内寂聴さんが、安倍首相は軍国主義者で軍隊の足音がすると言っている。さらに昭和10年代の状況に似ていると言っている。僕は昭和初期には存在していなかったので、昭和10年代の状況が実際どんな感じだったかとは本でしか知らないが、瀬戸内寂聴さんのようにその時の様子を肌で感じた人の言葉は重い。

僕は安倍首相のことを軍国者だとは思っていない。しかし安倍首相の安保政策によって軍事行動に巻き込まれる可能性は高くなるのは確実ではないかと思う。日本の自衛隊の位置づけは世界的に見ても非常に特殊なので、他国の例をそのまま当てはめることはできない。それに憲法第九条との兼ね合いもある。

僕は安倍首相は信頼に足る男だと思っている。もちろん細かいことを言えば安倍首相のすることに批判もなくはない。しかし安倍首相を信じている。ただもし安倍首相が暴走気味になった時には民主党の岡田代表あたりが中心になって抑止しなければいけない。

ギリシャの金融危機

ギリシャの金融危機が最終局面に入りつつある。ギリシャのデフォルト(債務不履行)は現実的になりつつあるが、その先にはEU離脱というさらに大きな問題が待ち構えている。

EU離脱の境目は通過をユーロから独自通貨に変えた時だ。ギリシャのEU内での経済規模はわずか2%弱だが、ギリシャのEU離脱がEU全体にもたらす影響はもちろん小さくない。特にヨーロッパ各政府はギリシャから大きな債務を買っている。これをユーロ建てにするか、新通貨建てにするかによっても影響を受ける国が変わってくる。

ギリシャの金融破綻状態の一番の原因は緊縮政策の失敗にある。もちろんその前に財政政策、特に公務員を中心とする問題などがあるが、金融政策の失敗は政治家の失敗という以上に国民が導いたという色が濃い。節約はしたくないという思いから一時しのぎの考えで緊縮反対政党を選び、破たんへと突き進んでいる。

ドイツなどはギリシャの財政破たんを防ぐべく最大限の支援をしてきた。しかしそれに対してギリシャが出した行動は、ドイツに第二次大戦のナチスに対する莫大な賠償金を請求するということだった。ここまでひどくないが、東アジアのどこかの国に似ている。

ギリシャの現状況を導いた芯を一言で言えば「国民性」ではないか。しかし国民性は教育によって大きく変わる。現在の日本の国民性を形作っているのは高度な義務教育であることは間違いない。ギリシャもまずは長期的観点から見て教育改革から始めることが重要なのではないかと思う。

米金融機関の過労問題について

米大手金融会社の過労が問題になっている。特にインターンに対するエンドレスな仕事の押し付けは深刻だ。中にはインターンが過労死したという考えられない問題を起こした超有名金融機関もある。

そうした中で米大手ゴールドマンサックスが最低限ともいえる手を打った。インターンに対して午前0時までに帰宅することと、午前7時以前の出社を禁止したのだ。こんなことは一般常識からして当たり前のように思えるが、超高給取りである彼らには常識ではないようだ。しかも今回禁止令を出したのは社員ではないインターンに対してである。給料をもらっているかいないかはわからないが、はっきり言ってインターンはアルバイトみたいなものである。ちなみにゴールドマンサックスのインターンは2900人もいるらしい。

米金融機関は超高給取りで有名だが、精神的な悩みを抱えて自殺する人も多いみたいだ。しかし高給のイメージが根強いせいか、日本でも東大生をはじめトップ校ではゴールドマンサックスの人気は非常に高い。

外資金融機関は実力主義でも有名だ。入社1年目でも年収1000万は当たり前のようだが、実績を出さなければ2、3年で首を切られる。社会に競争は必要不可欠だが、このような行き過ぎた競争原理は人間の心が、そして社会の心が病んでいくだけではないかと思う。

最近はやりのブラック企業は長時間労働のうえに低賃金であることが問題になっているが、外資金融機関は長時間労働だが超高賃金なので内部の人間もなかなか問題提起できないのであろう。その間に犠牲者は増えていく。

最近はブラック企業という言葉が簡単に使われるが、企業がブラックとホワイトに二分されるわけではない。グレーゾーンという手もあるのだ。日本ではグレーというとイメージは悪いが、欧米ではグレーゾーンを巧みに操り柔軟性を持たしている。日本でもいい意味で柔軟性のあるグレー企業が増えると社会もかなり円滑になると思うのだがどうだろうか?

勤務医の過労問題について

最近、過労から鬱になり自殺した勤務医に対する賠償裁判が続いている。病院側と上司の医師に対しての責任問題が問われているのだ。この裁判では病院側の勤務管理に対する問題、さらに上司の医師からのパワハラがあったことが明らかになっている。

勤務医・研修医の実態は非常に苛酷だ。通常勤務を終え当直勤務そして通常勤務と30時間以上の連続勤務が日常茶飯事であるらしい。通常の企業ならちょっとしたテコ入れで改善できるものだが、医師という仕事の性格上、24時間の患者受け入れは避けられないし、人材不足だからと言って簡単に増やせる職業でもない。

さらに一般市民の意識の問題もある。医師は聖職とみなされることも多く、人の命を預かることから患者側からすれば診てもらって当然という意識がある。しかし医師も患者と同じ人間である。人間らしい最低限のゆとりを持てるようにしなければいけない。

またもう一つ問題なのは、医師団体の理事十数人中、勤務医は一人だけであるということである。それも最近になって勤務医枠が設けられたらしい。

人を助ける職業である医師が過労で死んでは元も子もない。さらにそれらの問題は診療の質にも関わってくる。これらの問題は国全体が取り組まなければいけない問題だが、われわれ国民一人ひとりも「聖職者だから何でもやってもらって当然」というような奉仕を求めるような態度ではなく、医師一人ひとりに対して尊重と感謝の念を持たなければいけない。

科学技術白書で不正特集

政府が出す今年の科学技術白書で不正に関する特集が組まれた。内容はSTAP細胞事件、そして薬剤の臨床試験に関する不正だ。

科学者による不正事件は定期的に起こる。しかし昨年のSTAP細胞事件は世間に対するインパクトを含め、今までの日本での科学不正事件をはるかにしのぐ衝撃があった。

STAP細胞事件もそうだが、数学などの理論系の研究に対して生命科学系の不正が圧倒的に多いことがわかる。数学や理論系学問では論理をたどれば白黒がはっきりするので不正の余地はほとんどないが、生命科学系の学問では実験がブラックボックス化されていてなかなか白黒をはっきりすることができないことが多い。STAP事件もそうだが、黒とはっきりしたわけではなく、黒にかなり近いグレーだから不正と断定した感がある。そして真相は闇へと消える。

科学不正が起きると大きくクローズアップされるが、多くの科学者は真剣に真面目に研究に取り組んでおり、不正とはかかわりない。もちろん真面目に出した結果が間違っていたということはよくある。しかしそれは不正ではなくミスである。そして多くの科学者はそのミスをできる限り取り省く努力をしている。

科学不正が起きると世間では科学に対する疑念の目を持ち、海外からの日本の科学界に対する信頼が揺らぐ。日本の科学界、そして科学者を守るためにも第三者機関を含め科学関連機関は常に不正に目を光らせていなければならない。