投稿者「木原 康明」のアーカイブ

一億総活躍を達成するためには。一億総活躍大臣設置について

先日の内閣改造で、一億総活躍担当大臣なるポストができた。「一億総活躍」なる言葉の響きは非常にいいが、具体的に一億人がどう活躍するのか、具体性に乏しい。一部では「女性の活躍推進さえまだ不十分なのに、一億総活躍なんて」という声も出ているが、それはそれでもっともな意見だろう。ちなみに一億総活躍担当相は女性活躍担当相も兼任している。安倍総理にしてみれば、女性活躍の発展版として一億総活躍を設置したのかもしれない。

一億総活躍を達成するためには具体的にどうすればいいか。もちろん人口の半分をせめる女性が活躍できる社会にしなければならないことはもっともであろう。そして今ひそかに深刻な問題となっているのが、40代・50台の社会戦力である。日本という国の労働事情は、人生の、具体的には職業の空白に非常に厳しい。履歴書に空白があれば人事はそこを徹底的に追及し、なかなか受け入れようとしない。20代・30代前半の若者に対しては積極的に就職支援をしようとする公共団体も、40代などの中年社会戦力に対してはほとんど手薄だ。実際にはそのような支援も存在するが、中年戦力に対する支援は形骸化している。一度履歴書の空白期間に入ればそこからなかなか脱出できない。国が一億総活躍を目指すならそこにも手を入れるべきであろう。

一億総活躍が言葉だけの形骸化したものにならないためにも、あらゆる構造的問題、そしてこれまで光が当たらなかった見落とされていた問題にも、安倍政権は積極的に能動的に問題を探す姿勢を取りながら社会の構造改革を進めなければいけない。

追いつめられても絶対に倒れない。最近の近況

ここ最近のブログでは、社会・時事問題、そしてここ数日はノーベル賞関連の記事を書いていたが、少し一服として僕の近況を書いてみたい。

今日の午後、友人と年末年始にあるお笑いのR-1ぐらんぷりの予選に向けてネタを練っていた。しかし夕方になって一つ気になることがあった。この年末年始、またR-1は開催されるのか?確か去年の今頃は大会要領は発表されていたはずだ。そこで気になって主催者の吉本に電話をかけて聞いてみた。すると現在プロジェクトはないということなのである。(汗)。どうやらスポンサーが集まらないらしい。このことは去年から気になっていた。前々回は「東洋水産」という冠スポンサーがついて、正式名称は「東洋水産R-1ぐらんぷり」だった。しかし僕が予選に初参戦した前回はこの「東洋水産」が抜けていたのである。なのでその時から少し嫌な気配がしていた。とはいえまだ未定ということなのでわずかな可能性に期待しよう。

実は本当は今年から復活するM-1グランプリに出場したいのであるが、相方が人前に立ちたくないということでOKが出ない(汗・汗・汗)。M-1に出るのは僕の悲願でもあり、前回のR-1は出場自体が目標だったが、次にお笑い賞レースに出場するときは本気で勝ちに行きたい。勝てる見込みがなければ出ないつもりだ。

数理物理の研究や仕事のことで崖っぷちに立たされているが、どんなに極限状態でも絶対に挫折しないのが僕の取り柄である。失敗はしても挫折はしない。はっきり言って精神的にはいろいろきつい状態ではある。僕自身いろいろ悩むたちではあるが、挫折は死ぬまでしないつもりである。

今年もあと三か月弱、人生何が起きるかわからない。転機は突然やってくる。その時にしっかりチャンスをつかむためにも、日々コツコツと継続して努力することが大切である。

欧米を追いかける研究と、追いかけない研究のバランス

ノーベル賞、化学賞も日本人、とはいかなかったが、連日の医学・生理学賞と物理学賞の受賞に日本がわいた。

ところで今回のお二方の研究は、研究結果の重要性はもとより、日本独自のオリジナリティが大きな評価の対象になったのではないかと感じた。物理学賞の梶田氏の研究は、岐阜県神岡鉱山跡にある「スーパーカミオカンデ」という実験施設が舞台になった。世界の物理界では巨大な加速器の建設競争が過熱し、加速器物理こそ欧米の研究の中心の一つともいえる。ところがスーパーカミオカンデは、地下に大量の純水を貯め、宇宙線粒子と反応した水が発生した微弱な光を検出するという非常に地味な実験施設だ。この様な施設は日本以外では(少なくとも僕は)聞いたことがなく、おそらくあまりにも地味すぎて外国では興味を持つ人がいなくて作られなかったのではないかと思われる。それに対して加速器物理は素粒子物理の華である。

とはいえこの地味に思えるスーパーカミオカンデは最先端の科学技術も取り入れられている。巨大な光電子倍増菅だ。純水貯蔵施設の壁にぎっしりと取り付けられている。この巨大光電子倍増菅は静岡にある浜松ホトニクスという企業の専売特許である。2002年の小柴氏の受賞時にも話題になった。

このカミオカンデのように外国が注目しない実験施設を作り、日本独自の研究を行ったことがオリジナリティの高さにつながり受賞に結び付いたのだろう。まさしく欧米を追いかけない研究の典型だ。

欧米中心の研究に取り組むことが悪いのではない。ただしそのような研究に取り組むならば後追いではなく先駆者にならなければ、単なるハイエナと呼ばれることになる。

連日のノーベル賞受賞、梶田隆章氏。昨日の大村氏とは思想の違う研究で。

前日の大村智氏のノーベル医学・生理学賞受賞に続き、10月6日、梶田隆章東京大学宇宙線研究所所長がノーベル物理学賞を受賞された。前日の大村氏に続き、梶田氏にも一国民としておめでとうという気持ちを送りたい。

ところで前日の僕のブログで、医学・生理学賞の大村氏の研究思想に対して、科学研究には大村氏とは異なった思想・視点も大事だと述べた。そして今日の梶田氏の物理学賞の受賞、そこで梶田氏は前日僕が述べたことをそのまま表現してくれた。現在の僕がいくら主張しても全然影響力はないが、ノーベル賞を受賞された梶田氏が発言すると非常に説得力があるだろう。

具体的には、科学は役に立つものだけではなく、役に立たないもの、実学ではないものに真の科学的価値があるということだ。そしてまさしく梶田氏の研究がそれにあたる。梶田氏の研究は、宇宙線の研究によりニュートリノ振動という現象を観測され、ニュートリノに質量が発見されたというものだ。分野としては素粒子物理学にあたるが、2008年の南部・小林・益川氏らの「素粒子論」に対し、今回の梶田氏は2002年の小柴氏の流れをくむ「素粒子実験」である。

今回の梶田氏の受賞に際しての発言は、僕自身も非常にうれしいものであった。梶田氏は

「すぐに役に立つ研究ではなく、知の地平線を広げるような研究だ」

ということを話されていた。僕が前日のブログで述べたことはまさしくこのことである。梶田氏の発言によって少しでもそのような科学思想の重要性が国民に浸透すれば非常にうれしい。

二日続けてのノーベル賞日本人受賞、気は早いが次の化学賞で「三日続けて」となるかどうかが楽しみである。そして文学賞では村上春樹氏が有力候補とされている。この時期は日本人にとって恒例の楽しみな季節となりつつある。

大村智氏、ノーベル賞受賞。大村氏の信念は素晴らしいが、科学には別の視点も必要だ

10月5日、ノーベル医学・生理学賞が発表され、北里大学の大村智特別栄誉教授が受賞された。何はともあれ、一国民としておめでとうという気持ちを送りたい。

大村氏の科学に対する信念は非常に素晴らしい。大村氏は、科学は人の役に立てなければいけない、実学でなければいけないということを非常に強調されていた。それはそれでもっともかもしれない。しかし変人である僕はその信念に反発を感じるのである。

僕は数理物理と言う分野を研究してきたが、なぜ数理物理を選んだのか?それは一番は興味があり面白さを感じたからであることは言うまでもないが、それとは別に「役に立たないから、そして実学からはほど遠いから」だ。しかしこのような思想はほとんどの人に理解されない。役に立つ素晴らしさを理解するのは簡単だが、役に立たないものの素晴らしさは説明をしないと理解してもらえない。説明をしても理解されないかもしれない。

400年ほど前のニュートンの時代、当時、万有引力の法則が役に立つなどと理解した人はどれだけいるであろうか。20世紀の初めの量子論、そして相対性理論が人の助けになると想像した人がどれだけいるだろうか。おそらく全くと言っていいほどいないだろう。しかし万有引力の法則も、量子論も、相対論も科学史に輝く金字塔だ。なぜ役に立たない(と当時思われていた)これらの理論がそんなにも偉大なのか?それは役に立たないからである。もう少し詳しく言えば、役に立たないのに取り組むべき価値のあるほど重要な理論なのである。分野にもよるだろうが、数学や物理では役に立てるために発明したものよりも、役に立つかどうかということを度外視して打ち立てた理論の方が圧倒的に重要なことが多い。

とはいえ、当時役立てることからはほど遠かった量子論は、現在の科学技術、人々の周りで最も中心的な役割を担っている。現在最も役立っている理論は量子論だといっても過言ではない。相対論も現在ではカーナビなどの技術に取り入れられている。

役立てるための短期的な科学技術ももちろん大事だが、役立つかどうかなどを度外視して真に重要な理論を研究している科学者たちに対しても、周りの人は見守ってほしいものである。それが結果的に科学立国として大国になるために必要な資質である。

津波の原因は地震だけではなかった。想定外災害時代に突入した日本

10月4日(日)、NHKで「巨大災害」という番組を観た。いま注目されている災害の一つに、「カルデラ噴火」がある。カルデラ噴火は普通の噴火とは規模も質も全く違い、桁違いの巨大災害をもたらす。鹿児島の桜島では、普通の噴火は桜島の火口から噴火するが、カルデラ噴火では桜島が浮かんでいる鹿児島湾全体が噴火口となる。

カルデラ噴火は鹿児島湾だけでない。阿蘇山などをはじめ、北海道から鹿児島まで日本にはカルデラが多数存在する。日本でカルデラ噴火が起きる頻度は平均すると6500年に一度だそうだ。

そしてこのブログのタイトルでもある津波についてだが、津波は地震の専売特許ではないという。驚くことに火山の噴火でも津波は起こることがわかっている。厳密に言うと、海底噴火が原因の津波である。鹿児島湾では地上にある桜島だけではなく、鹿児島湾内の海底でも噴火が起きるという。そうなれば鹿児島湾沿岸では10メートルにもなる巨大津波が襲ってくる。

日本に住んでいる限り、巨大自然災害からは縁が切れないといっても過言ではない。そして東日本大震災から学んだこと、「想定外」はもう許されない。想定外はいつ起こってもおかしくないのである。従来ならカルデラ噴火などは想定外だったかもしれない。海底噴火による津波が起これば想定外と言われたかもしれない。しかし想定外が当たり前になった現在、もう想定外は存在しない。

日本人には自然災害に対してもう想定外と口にすることはできなくなってしまった。頭の片隅に、そのような想定しえないことが起きる可能性というものについて気を留めておく必要がある。

ラグビー、サモアに快勝!スポーツに興味を持つためには。

先ほどまで行われていたラグビーワールドカップ・サモア戦に日本代表が圧勝!テレビを観ながら観戦するも、手に汗握るというよりかは安心して観ていた。後半戦には期待はいかに4つのトライを奪って勝ち点プラス1点を追加できるかに変わっていた。プラス1点は惜しくも逃したが、日本人として非常に気持ちのいいスポーツ観戦ができた。

ところで本当のところを告白すると、僕は南アフリカ戦に勝利するまではラグビーにはほとんど興味がなく、超にわかミーハーなラグビーファンである。僕がラグビーのことを書けば、以前からのラグビーファンに怒られるかもしれない。しかし今回のラグビーをテレビ観戦して(まだ2戦しか観戦していないが)思ったことは、興味がない一番の原因はその競技が面白くないというよりも、そもそもその競技のルールを知らないというのが一番の原因だと感じた。

僕は南ア戦の勝利で盛り上がった後のスコットランド戦で初めて真面目にラグビーを観戦したが、まず一番気にしたのはそもそもラグビーのルールとはどうなっているのかということだった。幸いテレビの右端に非常に丁寧にルール解説が随時なされており、反則があった場合はどういうプレーが反則の対象だったかということが表示されていた。そのおかげで必死にルールを理解しようと思えば一戦80分を観戦するだけでも大筋は理解することができた。そしてルールの理解が深まるにつれゲームが非常に面白く感じるようになった。正直言ってラグビーがこんなに面白いスポーツだったとは自分でもびっくりだ。

結局、スポーツに興味を持つ一番の近道はルールを覚えることだと感じた。そして日本人選手、日本代表が強くなれば、その競技に興味を持つきっかけになる。グループリーグはあと一戦(アメリカ戦)残っているが、その一戦が今から非常に楽しみである。人気者になった五郎丸選手、そして日本代表全ての選手の健闘を祈りたいと思います。

追悼イベントの前に、完全なる銃規制を

10月1日、またもやアメリカの学校で銃乱射事件が起き、多数の死者が出た。この銃乱射事件のにニュースを見ていると毎度のことながら集会を開き、アメイジンググレイスの合唱がなされていた。集会を開くこともアメイジンググレイスを歌うこともいいが、肝心な銃規制がほとんど進まない。

アメリカでは銃の所持の自由が主張され、全米ライフル協会が政治の世界でも力をふるい、完全なる銃規制法案が全く可決しない状態がずっと続いている。銃乱射事件が起こるたびに追悼集会が開かれるが、もうそのような映像を見るのに僕は辟易している。もちろん集会を開いている人たちは全く悪くないが、このような集会が恒例化され、イベントとなりつつあるように思えるのだ。

何百回追悼集会を開くより、一つの銃規制の法案を通す方が圧倒的に重要であるし、このような追悼集会を起こさなくていい社会にしなければならない。

アメリカ国民が、そして全米ライフル協会がいくら綺麗ごとを言っても、現在のアメリカの銃社会を見ると全てがしらけて見える。全米ライフル協会という圧力団体がロビー活動で政治家を、人々を半ば脅迫するような社会が本当に真の民主主義社会だといえるだろうか。奴隷解放、黒人と白人の平等化を進め、黒人のオバマ氏が大統領になった今、銃の完全規制は奴隷解放に匹敵するくらいの乗り越えなければいけない大問題ではないだろうか。

大統領選共和党予備選候補・トランプ氏

現在アメリカでは大統領選へ向けての予備選の候補者争いが熱を帯びている。その中でもとりわけ注目を浴びているのが、共和党のトランプ氏だ。トランプ氏といえば桁外れの巨大な資産と過激な発言で最近は何かと注目の的だ。

そのトランプ氏が「シリア難民は全て強制送還する」と発言したらしい。トランプ氏はとにかくアメリカ一国を繁栄させることに熱心みたいだ。それは大いにかまわない。アメリカが繁栄し力をつけると、同盟国の日本にとってもメリットは大きいだろう。とはいかないかもしれない。トランプ氏は日本に対しても厳しい態度を見せている。

ところでこのような強硬発言を言いたい放題のトランプ氏を見ていると、ロシア自民党のジリノフスキー氏を思い出す。ジリノフスキー氏も昔は強硬発言で注目を浴びていた。ジリノフスキーさんは今は元気であろうか。最近は音沙汰を聞かない。

日本にも変な意味で言いたい放題の政治家がいる。鳩山・菅の民主党ツートップである。彼らが何を言おうが自由かもしれないが、責任のない発言は止めてもらいたい。ましてや日本を貶めるような行為は甚だ迷惑だ。何を言おうが自由かもしれないと書いたが、元首相としての発言にはそれなりの責任は伴う。

アメリカ大統領選への道のりは大変だ。大統領選の候補になるためのは、共和党、あるいは民主党の公認候補にならなければいけない。そのために予備選が行われる。

トランプ氏がどんな政治をするのか未知数であるが、個人的には大統領になってもらいたくない人物である。

 

世界の経済力ランキングより・イギリスの不思議

欧州のシリア難民に関する記事を見ていると、難民は「欧州2位の経済力を持つフランス」を避けているという記事を見た。難民問題はここでは横に置いておくとして、果たしてフランスは欧州2位?1位はドイツだから、イギリスは第3位なのか?と思い調べてみた。それによると、

1位:ドイツ、2位:イギリス、3位:フランス

とあった。イギリスとフランスは僅差であったが、一応イギリスの方がフランスよりわずかに上だったのである。イギリ貨幣はポンドなので、除外されていたのかもしれない。ちなみにこのランキングはドル建てのGDPを比較している。

このランキングは、世界188か国のランキングが載っており、最下位はツバルというオセアニアの国になっていた。そこで気になる国が2か国、一つは北朝鮮、もう一つはジンバブエだ。

ところが北朝鮮がどこを見ても見当たらない。188か国もあるのだからどこかにあるだろうと探しても見当たらない。このランキングはいい加減で怪しいデータなのか?それとも北朝鮮のGDPは解読不能ということなのか?このようなランキング表なので、このブログを見ている方も高度な正確さは期待しない方がいいかもしれない。

そしてジンバブエ。ジンバブエと言えば「昨日のお金は今日の紙切れ」レベルの超インフレで注目されたが、少し意外や188か国中122位なのである。

話はイギリスに戻す。イギリスはそれなりの大きな経済力があるのはわかるが、イギリスは何の産業で成り立っているかよくわからない不思議な国である。もちろん昔はイギリスで産業革命が起こり、アメリカが台頭するまで世界一の大国であったわけであるが、いまでは金融大国のイメージしかない。産業と言えば個人的にはノーザンプトンの高級革靴などのファッション関係が真っ先に思い浮かぶ。とはいえこれらの産業規模はお世辞にも大きいとは言えない。イギリスで発祥した鉄道も、今では日本から逆に輸入しているくらいだ。

このように今では産業も特に大きいわけではないイギリスだが、世界での影響力は巨大だ。その理由に、過去世界を支配してきた歴史と、国連の常任理事国に名を連ねているからだということが言えるかもしれない。

知れば知るほど不思議な現在のイギリス。王室もあるが、それだけではなく現在も貴族が存在する。イギリスだけはこれからどのような道を進むか全く予想できない。