投稿者「木原 康明」のアーカイブ

サウジアラビアによるイラン大使館空爆。「目には目を」少し勘違いしてはいないか?

現在、サウジアラビアとイランの対立が激化している。6日夜、サウジアラビア軍はイエメンにあるイランの大使館を空爆した。この空爆は、イランのサウジアラビア大使館が焼き打ちにあったことによる報復だ。サウジアラビアはイラン大使館の空爆に対して、「目には目を」と主張しているらしい。この主張は完全に間違っているわけではないが、この言葉の意味を少し勘違いしているのではないかと思う。

もともと、「目には目を、歯には歯を」という言葉は、やられたらやり返すという積極的な報復の意味ではなく、目をやられたら相手の目を傷つける以上の刑をしてはいけないという自制の念という意味合いが強い。言わば戒めの言葉なのである。ところが現在は、この言葉の意味を積極的な報復の意味としてとらえている人が多い。

日本の裁判では、一人の人間を殺した犯罪者に死刑を言い渡されることはほとんどない。ほとんどの場合は犯した罪よりも軽い量刑を言い渡される。そのような判決に不満を持つ国民は多いと思うが、このような量刑も本来の「目には目を」の原則に則ったものではないかと思う。

時の権力者は、犯罪者に対して犯した犯罪の大きさを大きく超える刑罰を与えてきた事例が非常に多い。目には目をは、そのような権力者に対しての戒めでもある。犯罪者の犯罪を大きく超える刑罰を与えることは感情的であり、思想の後進性を明白に示すものである。目には目をという言葉と対照的な言葉に「右の頬を打たれたら、左の頬を出しなさい」というものがある。この言葉に対しての是非は僕自身は何とも言えないが、思想の豊かさを発展させていくにはこのような言葉の意味を受け入れることが必要なのかもしれない。

オバマ氏の銃規制策は甘すぎる

オバマ氏は銃規制策として、銃販売者への免許の厳格化と購入者への身元調査の徹底化を打ち出し、大統領令を発令するという。しかしこの策、外国人の目から見ると非常に甘すぎるように見えるのではないか。

どんな住民であれ、一般住民が銃を所持できること自体が完全に間違っている。銃はナイフや他の凶器とは違って、人を殺傷すること以外の目的がない。すなわち人間殺傷専用機器なのである。もちろん殺傷能力もナイフの比ではない。またパリのテロのように大量殺りくも可能である。アメリカ人は銃を所持する「自由」を主張する。しかし治安の悪化を避けるためにはこのような自由は制限されるべきものである。

日本人から見れば、街に拳銃ショップがあるという事実だけでも衝撃的である。購入者の身元調査を徹底させるというが、当たり前のことだが初犯を犯す犯罪者に前歴はない。すなわち初犯で殺人を犯しても、初犯だから仕方ないとでも言いたげである。アメリカ人の銃に関する感覚は完全にマヒしている。これが世界一の大国の現状であることに衝撃を受ける。

そして「大統領令」を発令するというが、この大統領令に強制力はない。法律ではないからである。一刻も早く銃規制法案、いや銃廃止法案を成立しなければならない。もちろん全米ライフル協会のような圧力団体からの圧力は強烈であろう。オバマ氏はその圧力に屈したのであろうか。このような圧力に屈しないような強い大統領の出現を熱望する。

iPS細胞のもととなる細胞の作製に成功。iRS細胞とは?

京都大学再生医科学研究所のグループが、「再プログラム化中間細胞・iRS細胞」というものの作成に成功したというニュースが入ってきた。iRS細胞とはiPS細胞になる前の、iPS細胞のもととなる細胞だ。

iPS細胞は、山中ファクターと呼ばれる4つの遺伝子を細胞に注入し作成される。今回のiRS細胞は、その4つの山中ファクターを注入した後、その細胞がiPS細胞になりきる前の細胞のようだ。iPS細胞になる前の中間状態だから、中間細胞と呼ばれる。

このiRS細胞は、非常に扱いやすい性質を持つということで注目を浴びている。具体的には遺伝子操作がしやすい、そして非常に効率よくiPS細胞を作ることができるというものだ。

iPSとiRS、一文字違いで言葉は非常に判別しづらいが、iRS細胞はiPS細胞の赤ちゃんというところであろうか。

そしてこのiRS細胞の解析で非常に期待されているのが、(僕も個人的にかなり注目している)普通の細胞に山中ファクターを注入してiPS細胞ができるメカニズムの解明だ。現在、山中ファクターを注入するとiPS細胞ができる事がわかっているが、なぜその方法でiPS細胞ができるのか、その詳しい過程は現在でもわかっておらず、ブラックボックスとなっている。すなわち実験では知られているが、理論はわからないのである。

実用的には効率よくiPS細胞が作成できるようになるということで、iRS細胞によってiPS細胞による創薬、臓器作成などの治療などの臨床が早まることも期待できるのではないかと思う。

山中伸弥教授によると、iPS細胞の研究は日本の1勝9敗だという。しかし今回のiRS細胞の成功などのように、中核となる基礎研究では日本の底力を見せることができていると言えるのではないかと僕個人的には思っている。

これからのiPS細胞・iRS細胞の研究の発展、特に日本の研究グループの活躍に期待したい。

サウジアラビアとイランが対立、ISに漁夫の利を与えるな

先日、サウジアラビアがイランの聖職者数十人を処刑し、サウジアラビアがイランに断交を通告した。サウジアラビアとイランの対立、これはイスラム教の派閥、スンニ派とシーア派の対立であるが、この二国(二派)の対立で利を得ているのがISなどの過激派だ。

今、世界でISの猛威が吹き荒れており、世界は一枚岩になってISに対処しなければならない。そのようなときにイスラム教の二派による対立でアラブの大国二国がバラバラになれば、ISに対処するどころかISに付け入る隙を与えるだけだ。

少し前にはトルコ軍機によるロシア機撃墜によって、ヨーロッパの中でもIS対処に対する足並みが乱れつつあった。そこに今度はISの拠点アラブ内での足並みの乱れとくれば、IS対処どころか、IS外部での紛争にもなりかねない。

周辺国が乱れている間に、ISは一人勢力を強めていく。ISに向けられていた矛先が違う方に向いてしまう。今回のサウジアラビアとイランの間でどのような経緯があったのか僕には詳しいことはわからないが、ISに漁夫の利を与える事だけはしてはならない。

「役に立つかどうか」ということ以外の物差しを持つことの大切さ

物事が重要であるかどうかを判断するとき、多くの場合「役に立つかどうか」という物差しで判断されることがほとんどだ。しかし、「役に立つか」ということと「重要か」ということは同じではない。

20世紀初め、科学の世界で最も重要だと言われる理論が出された。「相対性理論」と「量子力学」だ。しかしこの二つの理論の科学的重要性は言うまでもなく大きいが、その一方全く役に立たないものであった。一般相対性理論などは理論から出る結論は従来のニュートンの重力理論とほとんど変わらず(しかし後にはブラックホールの存在など独自の結果を出していったが)「大山鳴動鼠一匹型の理論」とバカにする人もいたようだ。もちろん後談として、20世紀終わりには両理論とも社会に役立つ技術となり、特に量子力学に関しては社会の根幹に位置すると言っても過言ではないくらいである。しかし後に役に立ったからという理由から重要であると判断するのではなく、理論の科学的価値を判断して重要性を判断できるようにならなければいけない。

去年ノーベル賞を取られた物理学の梶田隆章さん、梶田さんの研究は「ニュートリノ振動の存在を確認することによって、ニュートリノに質量があることを示した」というものだ。この研究などは100年後にも社会に全く役に立たないに違いない。しかし非常に重要な結果である。その理由は二つある。一つは梶田さんの結果が従来の理論(素粒子標準模型)に反する結果であり、従来の理論を超える理論の存在を示唆するものであるということ、もう一つは素粒子物理学という分野が全ての科学理論の一番根本的な所に位置することである。

純粋科学というものは純文学に似ているのかもしれない。どちらも役に立つとは限らない(もちろん役に立つ科学もたくさんある)。しかしそれらの価値は役に立つかどうかというところから超えたところにある。そのような価値の重要性を見極めるためには真理を見極める目、そして感受性が必要だ。そのような真理を見極めるためには「役に立つか」ということ以外の物差しが必要なのである。

 

デザイナー・ベビー(遺伝子編集赤ちゃん)

とある記事で、胚(受精卵)の遺伝子を編集して、天才を生み出すことができるかという記事を見た。現在の生命科学技術では、遺伝子を編集するということは可能であるらしい。そこで遺伝子を編集して望みの赤ちゃん(デザイナー・ベビー)が作れるのか、という問いが生まれる。胚の遺伝子操作により希望の能力を持った赤ちゃんを作ろうということは倫理的には大問題であり、許され事ではないが、ここでは倫理的な問題は横に置いておこう。

そもそも遺伝子操作によって望みどおりの赤ちゃんを作るには、その望んでいる能力が高い遺伝性を持つことが要求される。天才の遺伝性は完全に否定することはできないが、完全に肯定することもできない。確かに天才から天才が生まれるとは限らない。アインシュタインの息子が天才だとは聞いたことがない。しかし数学の世界で有名な話に、ベルヌーイ一族という人たちがいる。「一族」と言われているように、それぞれ親子・兄弟である数人の家族である。ベルヌーイ一族の数学者・物理学者たちは、いずれも世界トップレベルの著名な学者である。このように天才の遺伝が濃く見られるケースもほとんど稀であるが見られることがある。

結論から言うと、デザイナー・ベビーによって天才を作ることはほとんど不可能だという。天才の原因となる遺伝子というものはない(少なくとも現在はそのようなものはないと考えられている)。そしてそのような能力は、遺伝子の複合的な相互作用、そして育った環境によって形成されるものと思われる。そのようになると現在の技術・知識では完全に不可能だ。

このデザイナー・ベビーという問題、人間の欲とは時には非常に恐ろしいものだと考えさせられる。

選挙のために政治はあるのか?

生活の党の小沢一郎氏は、野党大同団結を主張し、「数合わせの選挙で何が悪い」と叫んでいるらしい。確かにいくら綺麗ごとを言っても、選挙で数を集めないと実行したい政策も実行できない。選挙で数を取ることは、民主主義国家では非常に大事なことだ。小沢一郎氏の言うことはもっともである。しかし数を稼ぐための戦略を前面に出すのはどうかと思う。もちろん有権者もそれぞれの政党がどれだけ数を取るのか、非常に気になるところである。しかしそれも賛同できる政策ありきの話である。まともな政策を立てないで数合わせのために団結しても、おそらく有権者は振り向かないであろう。

一方、最近の自民党の政策も酷い面はいくつかある。高齢者への3万円ばら撒きなどはその最たる例であろう。票をお金で買おうという魂胆が見え見えである。しかもそのお金の出所は税金である。結局最終的に痛みをこうむるのは国民である。

選挙で数を稼ぐのは大いにかまわない。数を稼げるのはそれだけ支持されている証拠なのだから。しかし、数を稼ぐことを第一に掲げている小沢一郎氏たちを支持する人はなかなかいないのではないかと思う。数は目標であって、目的ではない。

あけまして おめでとうございます

皆様、新年あけましておめでとうございます。気持ちのいい新年を迎えることができましたでしょうか?

年末には、サイエンスの世界では新しい元素の存在が認められ、新元素の発見者として日本の理研が認められたというニュースが入ってきました。新しい元素は113番元素、この元素の命名権は発見者の理研が保持しており、「ジャポニウム」という名前を命名されるといわれております。ジャポニウムとはすなわちジャパン(日本)の元素ということです。ジャポニウムの命名は数十年前から日本の悲願であり、やっとその念願をかなえることができそうです。

113番元素の発見者をめぐっては、日本の理研とアメリカ・ロシアのグループが争っており、新元素の生成数はアメリカ・ロシアのグループが圧倒的に多かったのですが、データの質の高さによって日本側の主張が認められたようです。

元素に国名がつけられた例では、キュリー夫人のポロニウム(ポーランド)が有名です。最近の新元素は不安定で瞬時に崩壊してしまうため、元素の存在の確認が非常に難しくなっており、元素の確かな存在を確認した研究者(グループ)に命名権を与えられることになっております。しばらくして発売される元素の周期律表を見るのが楽しみですね。

年末年始、日本人にとってこのような嬉しいニュースが飛び込んできましたが、今年も一年、嬉しいニュースやら悲しいニュースが数多く流れてくることと思われます。

皆様今年一年、良い年でありますように。

今年一年を振り返って

一年も残すところ数時間になりました。今年一年を振り返ると、まず年の初めには、ISによるジャーナリスト後藤健二さんの拉致・殺害事件がありました。最近はヨーロッパを中心とする各国、そして先日はイラク大統領がISに対してより強力に対処することを示し、来年はISをめぐる紛争はより激しさを増すことが予想されます。

11月にはパリで大規模なテロが起き、世界中でISが猛威をふるっていることを知らされました。しかしテロはパリだけではないことも認識しなければいけません。アラブ圏ではパリで起きたような規模のテロが頻繁に起きています。テロ絶滅はパリからではなく、アラブから根治することが大切です。

国内に目をやると、日中韓関係において一年中慰安婦問題が影を落としていました。先日ようやく日韓合意にたどり着きましたが、これが着実に実行されるかどうかは現在のところ疑問に残ります。

そして年の中頃には、安保法案が大きな問題になりました。この問題で国内世論は真っ二つに分かれた感がします。国際貢献のためには安保法案は必要不可欠だという賛成派と、戦争法案というレッテルを張った反対派、お互い大きくもめました。しかしそれから数か月、この問題もすっかり落ち着いてきた感がします。安保法案で支持率を大きく下げた安倍内閣も、今ではかなり回復してきています。

そしてスポーツでは何と言ってもラグビーワールドカップ・日本代表でしょう。日本ではあまりなじみのなかったラグビーというスポーツが、一時的なブームもあるでしょうが現在は身近に感じるようになりました。五郎丸ポーズもすっかりおなじみです。

そして野球では夏の甲子園、早稲田実業の1年生スラッガー・清宮幸太郎選手が話題をさらってきました。清宮選手、高校生活はまだ2年残っています。これからどのような伝説を作っていくのか楽しみです。

今日、12月31日の朝、天気は快晴です。この今日の天気のような明るい気持ちでまた来年目標に向かって頑張っていきたいです。個人的には来年は必ず結果を出さなければならない年です。今年、僕のブログを読んでくださった方、本当にありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

良いお年を。

 

コー中(コーヒー中毒)ですけど、何か?

先日、20代の男性がカフェイン中毒で死亡するという事故が起こった。カフェインのとりすぎによる危険を普段から考える人はほとんどいないと思うが、度を過ぎれば危険だということをあらためて知らされた。

とは言え、カフェインだけが特別に危ないわけではなく、ほぼすべての物に関して度を過ぎれば命を落とす可能性は大いにあり得る。砂糖のとりすぎで糖尿病で亡くなる人はカフェインの比ではないし、醤油だって一瓶飲めば確実に死ぬと言われている。驚くことに、水の飲みすぎで水中毒というものになることもあるらしい。アルコールに関してはここで言うまでもない。

ところでタイトルにも書いたように、僕はコーヒー中毒である。勝手にコー中と呼んでいる。気が付くとコーヒーを飲んでいる気がする。毎回自分でドリップして作っている。変なことに、寝付けない時にコーヒーを飲むと寝つける時もある。コーヒーチェーンではスターバックスの濃いコーヒーが大好きだ。

コー中と言いながら、心の底ではそんなものは実際にはないだろうと思っていた。ところがカフェイン依存症というのはあるらしい。最近はコーヒーの効用が広く知れ渡り、コーヒーは健康飲料のように言われることもある。要は度を過ぎない程度に飲むのがいいということだろう。アルコールだって、適度な量なら薬になるという。とは言え、それがお酒を毎日飲む言い訳にするのはどうかと思うが。

今日のブログは、日常のひと時、コーヒーについて軽く書いてみた。ひと時程度ならいいが、さすがにコー中は(少しは)問題かもしれない。