投稿者「木原 康明」のアーカイブ

伊藤忠商事が総合商社1位に。トップしか味わえないメリット

総合商社の伊藤忠商事が、2016年3月決算の純利益で王者・三菱商事を抜いて業界1位の座を射止めることになった。5年前の伊藤忠商事は業界4位。そこから住友商事・三井物産を抜き、今、三菱をも抜いてしまった。これがどういうことか、それぞれの会社の社名を見ればわかる。住友・三井・三菱、どれも旧財閥系だ。それに対して伊藤忠・丸紅などは大手だが社名からわかるように非財閥系だ。関西出身の非財閥が、巨大財閥を次々と抜き去った。

やはりトップ(社長)の手腕一つでこれほどまでに差が出るものか。伊藤忠商事は5年前、岡藤正広氏が社長になって一変した。社長の手腕一つで業界トップとなったと言っても過言ではない。三菱の社長が4月に交代するが、伊藤忠が三菱を抜いたことが原因だと言われている。

業界1位と2位は数字上では僅差でも、受けるメリットは大差ある。それはどの業界でも同じであり、1位のメリットは2位では味わえない。世の中には1位しかできないことがたくさんある。また1位であることによって得られる信頼もある。だからどの業界でも1位の企業は1位死守、2位・3位は何が何でも1位を目指す。伊藤忠に限っては5年前は4位だった。

業界順位でよく話題になるのは車業界ではないだろうか。去年まで世界シェアではトヨタとフォルックスワーゲン(VW)が僅差で首位の座を争っていた。しかしVWのディーゼル排ガス問題であっけなく決着がついた。もちろんVWの信頼の凋落は、2位になったからというものではない。そしてVWとしてはこのトヨタ1位、VWがその下という流れになるのが影響として大きいだろう。しかしVWはディーゼルでは失態を犯したものの、基盤となる力ははかり知れないものがあるので、これからどう挽回してくるか見ものである。

こちらも最近話題のアイドルグループのSMAP。以前大ヒットした曲で「世界で一つだけの花」という歌があった。その歌に影響されてか、多くの人が「オンリーワン」を大切にするようになった。歌の歌詞は「ナンバー1になれなくてもいい。もともと特別なオンリーワン」と言う歌詞だったと思う。オンリーワンはいいが、ナンバーワンを軽視する風潮ができたことは僕としては悲しい。もちろん人それぞれ生き方は違うが、「オンリーワンは前提、それでかつナンバーワンであることに価値がある」ということに、今一度気づいてほしいものである。

ベッキー・川谷氏のLINE流出事件について

最近何かとタレント・ベッキーさんと音楽家・川谷氏のスキャンダルが話題になっている。初めはベッキーさんと川谷氏の関係についての話題が多かったが、ここにきてそれよりもはるかに大きな問題が持ち上がった。二人の間のLINEのやり取りがそのままの形で流出したことだ。多くの人にとって二人の間のスキャンダルの方が興味があるのかもしれないが、社会的にはLINE流出の方が圧倒的に大きな大問題である。

二人のスキャンダルはスキャンダルに過ぎないが、LINE流出に関してはこれは明らかに犯罪である。プライバシー保護の観点でも問題だが、このLINE流出は「不正アクセス禁止法」に触れる、立派な犯罪だ。流出の経緯はまだはっきりとは明らかになっていないが、大方の目星はついており、現在警察が捜査に動いているという情報もある。

ベッキーさんの肩を持つわけではないが、明らかにおかしい風潮に関しては擁護しなければならない。LINE流出と、その内容だ。流出したLINEの内容であるが、一見不謹慎に思えるかもしれないが、世間に公表する前提で書かれたものではなく、プライバシー的に保護されるべきものであることを考慮すれば、流出したLINEの内容に関しては驚くことでもなんでもない。

ほとんどの人は人前では鼻くそをほじろうとはしない。しかしおそらく全ての人は一人の時には鼻くそをほじくっているはずだ。言わばベッキーさんのLINEの書き込みは鼻くそをほじくる行為と同じで、世間に公表されないという前提で書かれたものとしてはごく当然のことなのだ。

さらに言うと、安倍首相は海外首脳と会談を行ってニコニコと握手している。しかし本音は「あのクソジジイ」と思っているかもしれない。仮に自宅で「あのクソジジイ」と言っているとする。(もちろん安倍首相が本当に言っているという意味ではない。)しかしこんなことを自宅で言ったからと言って何の問題にもならない。しかしそれが盗聴されて公表されると国際問題になるだろう。ベッキーさんのLINEはこの「クソジジイ」発言と同じなのである。

時間とともにLINE流出問題の重要さは理解されてくるだろう。ある日突然逮捕者が出るかもしれない。問題の核心は二人のスキャンダルではなく、LINE流出の方であることに気付くだろう。

 

科学技術のブラックボックス化が、疑似科学・非科学を信じ込ませている

最近に始まったことではないかもしれないが、UFOや超常現象などの疑似科学・非科学を信じる人が多い。その原因は他でもなく、科学技術の発展ではないかと僕は思う。最近の科学技術はほぼ万能、そして過度にブラックボックス化している。スマホであらゆることができるが、スマホやコンピューターの仕組みを知っている人はほとんどいない。科学者でも自分の専門外のことはほとんどわからないという状態だ。

スマホやコンピューターで何でもできると思い込み、逆にスマホやコンピューターで何ができないかを認識している人は少ない。最近の科学技術は「あまりにも」できる事が多いために、「何でも」できると勘違いしてしまう。そして科学技術のブラックボックス化は科学の仕組みを理解する機会を奪い、一般市民は科学と疑似科学・非科学との区別がますますつかなくなる。

科学は何のためにあるのか?もちろん便利な社会にするため、役に立てるためという意味合いは強いが、それは科学の副産物である。また正確には役に立つのは「科学」ではなく「科学技術」である。科学の本来の目的は、自然の真のしくみを理解するためである。しかし科学技術があまりにも役に立ちすぎるようになったために、科学の本来の意義をほとんどの人が忘れてしまっている。

最先端の科学を理解せよとまでは言わないが、せめて科学の原点にある仕組みを理解することは現代市民には必要ではないか。それが物事の正しい真偽の判断の基盤にもなる。最近は英語教育ばかりが注目を浴びているが、科学は全ての人の教養であることを忘れてはならない。

正断信人

「正断信人」、僕が勝手に作った四字熟語です。

なぜ、こんな熟語を勝手に作ったのか?初めに言葉の意味を述べます。意味はそのまま、「正しい判断をして、人を信じる」

最近何かの記事で、お金は器の大きな人のところに集まる、という記事を見ました。その真偽はさておき、お金のこともさておき、最近の自分が非常に器の小さな人間に成り下がっていることを感じたのです。なぜこんなに器が小さくなったのか、その理由は自分ではわかっているのですが、もう一度自分の器というものを取り戻さなければと思いました。

自分の器を取り戻すためにはどうすればいいのか?今自分に一番足りないものは何か?その原因は何か?それを問い詰めたところ、「人を信じる」ということが最近の自分には欠けていることに気づきました。もともと人を信じる方だったのですが、最近は何かと疑ってばかりで。騙されないようにするにはどうすればいいかとか。しかしこんな事ばかり考えていれば、人間の器が小さくなるのも仕方ありません。

昔の自分は「だますくらいなら、だまされろ!」と思っています。もちろん騙されないにに越したことはないのですが、騙すことはそれ以上に落ちぶれたこと、卑劣な事と考えていました。騙されることはあっても、人を騙したくない、そう思っていました。

そして人を信じる事、信じぬくことの大切さを痛感し、心を入れ替えてこれからは昔のように人を信じようと決心しました。この思いが自分の心の中に定着するまでどれだけの時間がかかるかわからないけど、信じることを心がけるようにします。そう心がけると、不思議と心もおおらかになったような気がします。

信じる事、信じぬくことは非常に大事ですが、ただやみくもに信じるのではなくて、正しい判断の元、信じるべきことを信じることが大事です。そのためには自分の頭で判断することも心がけなければいけません。

「正断信人」勝手にこんな四字熟語を作って恐縮ですが、自分に心の中にはこの言葉を留めたいと思います。

負けて記事になる凄さ

1月29日、レスリングの伊調馨選手が試合に負けたという記事が出た。オリンピックで負けたのではない。通常の国際大会で負けたのである。普通なら記事にも何にもなるようなことではない。この負けは伊調馨選手だから記事になったのだ。伊調選手が試合で負けるのは、なんと13年ぶりだということだ。

今回の伊調馨選手の敗戦に記事を見て、改めて負けて記事になる選手の凄さを感じた。思えば2年前、プロ野球の田中将大選手が24勝0敗というとんでもない偉業を成し遂げた。こうなってしまえば、敗戦を伝える機会もない。マー君(田中選手)は伊調馨選手の上を行っている。しかしレスリングの日本人選手にはレジェンドがいる。吉田沙保里選手だ。女子選手に対してこのような表現は失礼かもしれないが、彼女は怪物だ(試合の時はね)。もちろん普段は人間の女性だが。最近の若手では、女子スキーの高梨沙羅選手も注目を浴びている。

しかし伊調選手も、吉田選手も、高梨選手も、皆女子プレイヤーだ。一部の競技を省き、男子競技と女子競技のレベルは数段以上違うのが普通だ。体力が影響するスポーツだけでなく、将棋なども同様だ。プロ棋士は今まで多数出ているが、女子棋士のプロ棋士(奨励会4段以上)はまだ一人も出ていない。そのため女子棋士には別枠で女流プロ棋士という女子だけのプロ組織がある。しかし現在、男子と同じ世界(奨励会)でプロになろうとしている女子棋士がいる。里見香奈棋士だ。彼女は奨励会3段。男子のプロ世界である奨励会4段まであと一息だ。彼女は現在23歳。奨励会には年齢制限があり、時間との勝負でもある。

ほとんどの競技に関して、男子と女子は別物だ。しかし里見香奈棋士のように、男子に混ざって堂々と渡り合っている選手がいる。女子選手が男子トッププロを撃破する。そのようなことが起こるのかどうか、これからが楽しみである。

別府市がパチンコ(ギャンブル)で生活保護を停止したことについて

別府市がパチンコや競輪場などに出入りし賭け事をする生活保護受給者に対し、数か月生活保護費の支給を停止することが明らかになった。この別府市の対応について、賛否両論がある。

まず、一般市民感情として、生活保護者が働かずに税金から出た約7万円という現金をもらっていることに対し、批判的な人は多い。確かに感情的にそう考えるのは仕方がない。しかし「生活保護なのに、~~~している」と非難を浴びるせることは、僕は的外れだと思う。生活保護者が図書館に行こうが、旅行に行こうが、それは生活の質を上げる行為であってむしろいいことだと思う。

しかし生活保護費でギャンブルをするとなると、話は全く別だ。生活保護費は基本的人権を尊重し、健康的な最低限の生活を保障するものだ。しかしギャンブルをすることなどは、生活の質を上げるどころか、むしろ下げること以外の何物でもない。さらにギャンブルにつぎ込むことは、それは自らまだ生活保護費を下げられても生活が成り立ちますよと宣言しているようなものである。一般市民が生活保護者のギャンブルのために税金を出していると思うと、憤慨するのも無理はない。

最近は何でも権利権利の時代である。生活保護者にもギャンブルをする権利があると言う声もある。しかしはっきり言って、生活保護者にギャンブルをする権利はない。そもそも基本的人権にパチンコは全く関係ない。と言っても生活保護者の権利を何もかも否定するつもりはない。先ほど言ったように温泉旅行に行きたいのなら温泉で思う存分リラックスしてくればいいと思う。しかしギャンブルなどは百害あって一利なし。生活保護者でなくても問題視されているのに、生活保護費でギャンブルに行くことを納得する国民がどこにいるのか?

知識人は、今回の生活保護費でギャンブルに行くことに、法的観点から意見を述べている。それによると、「生活保護費でお菓子を食べようが、酒を飲もうが、ギャンブルをしようが、一切それを制限されるような法的根拠がない」と述べている。しかし誰がお菓子を食べるなと言ったであろうか?誰が酒を飲むなと言ったであろうか?ほとんどの人はそんなことは何も言っていない。知識人が勝手にそういう文句をいう市民の存在を想定しているだけである。

しかしギャンブルとなると話は全く別である。知識人は法律を持ち出して生活保護者のギャンブルを正当化する。ではそもそもギャンブル自体合法的なものであろうか?パチンコも競輪の賭けも、法的に言えばほとんど黒に近いグレーである。そもそも法的に違法性が強いものに対して、そのことには全く触れずに生活保護者の権利だけに注目して合法だと主張するのは、あまりにも議論が片手落ちではないか。初めは生活保護者のギャンブルについて書き始めたが、このような全く単眼視的な議論しかできない知識人の存在に嘆いてしまう。知恵のない知識人だ。

甘利明・経済再生担当相の辞任に思う。

1月28日、違法献金疑惑が疑われている甘利明・経済再生担当相が自ら辞任を表明した。甘利氏は経済関係担当の閣僚として、アベノミクス、そしてTPPの推進を任された重要閣僚であった。安倍首相が「支持率が10%下がってもとどまってほしい」と言うほど、安倍内閣の重要人物で、安倍首相からの信頼も厚かった。

この甘利氏の違法献金疑惑、現時点では不明な所が多く、本人が関わっていたかどうかも定かではない。だから現時点では推測で書かざる負えなく、事実関係を書いたところでそれが合っているか間違っているか判断できない。

とは言えメディアとしては、違法献金疑惑があり、かつ甘利氏がそれを認識していたという論調が多く、またその方が世論としては盛り上がる。しかし真に大事なのはメディア・世論が盛り上がるかどうかではなく、疑惑の正確な真偽である。甘利氏の全く知らないところで違法献金が処理されていたという可能性も否定できない。

これから甘利氏に対して野党のきつい尋問が始まるであろう。野党は疑惑があったという前提で尋問する。それは野党として当然のことである。その尋問をすることに対して否定しようとは思わないが、一方野党にも国政に参加している役割から、国益が大きく損なわれるような動きは止めてほしい。以前の「言うだけ政権」だった民主党のような無責任政治だけはやめてほしい。

甘利氏の後任には石原伸晃・元自民党幹事長が就任することとなった。石原氏にはこの騒動で日本経済が停滞するようなことは避けるべくうまく立ち回って、経済再生に尽力してもらいたい。一国民として期待する。

ホーキング博士「100年以内に人類は滅びる」に同感

宇宙物理学者、スティーブン・ホーキング博士が、「100年以内に人類は滅びる」と予言している。これには僕もかなり同感している。もちろんこの予想が外れることを願うのは言うまでもないが。

ホーキング博士が予想する絶滅の原因は、「人工ウィルス、軍拡競争、核戦争、地球温暖化、加速器を使った素粒子の実験」だ。核戦争などはほとんどの人が容易に推測できるが、人口ウィルスとは僕も全く予想できなかった。

この原因予想で物理学者らしいのは「加速器実験」だ。これは数年前にも世界的に話題になった。その時の結論から言うと、加速器が原因で絶滅することはないというものだが、確信は持てない。

なぜ加速器なのか?加速器というのは電子などの素粒子同士を高速(ほぼ光の速さ)で衝突させ、その崩壊の過程を観測するものだ。この加速器のエネルギーは年々高くなり、将来は加速器でブラックホールが作れるとも言われている。数年前に問題になったのは、この瞬間的にできたブラックホールが地球もろとも飲み込んでしまうのではないかというものである。果たしてそうなるのか?

実は現在の理論ではこの問いに厳密に答えを出せない。ブラックホール理論の基礎になっているのは、アインシュタインの一般相対性理論だ。しかしこの一般相対性理論はマクロな世界の理論であり、これをミクロの世界に適用するためには「量子重力理論」すなわちミクロな一般相対性理論が必要なのである。しかし現在、量子重力理論は完成していない。ついでに言うと、現在多くの物理学者が目指しているような量子重力理論が存在するかどうかも確かではない。量子重力理論が完成していない限り、加速器でできるブラックホールがどのような振る舞いをするか、正確には結論は出せない。

話を戻すが、僕は現在の人類文明は絶滅への要素をあまりにも多く持ち合わせていると考えている。ホキング博士が挙げている原因以外にも、人工知能がかなり危ないのではないかと僕は考えている。これは簡単に言うと、映画「ターミネーター」の世界である。多くの人は所詮映画の中の世界ではないかと思っているかもしれないが、現在の人工知能の発展はまさしくターミネーターの世界へまっしぐらなのである。そのXデーはいつか?それは人工知能が自分自身で学習していき、人間の知能を超えた時である。その後のことはどうなるか予測不可能である。しかし、人類は絶滅するということは僕には確かに思えるのである。

プロに弱者はいらない

最近、何かと「プロ」に関することを書いている。昨日26日、「プロ」テニスの錦織選手と世界ランク一位のジョコビッチの試合があり、錦織選手はストレート負けした。昨日の錦織選手の試合前には、僕も応援のメッセージを込めて錦織選手に対するブログを書いたのだが、非常に残念だ。確かに残念だが、今回の試合で強者が弱者を食っていく、弱肉強食の醍醐味を見たようで、プロスポーツの世界の厳しさを感じた。

これからも錦織選手に応援していきたいが、その一方、僕としてタイトルにあるように「プロに弱者はいらない」という思いがある。

最近何かと弱者を助けるにはどうすればいいかということが問題になるが、別にそういうことを否定しようとするわけではない。社会の弱者を助ける事は大事だし、セーフィティネットを設けることは基本的人権を尊重するうえで必要だ。

しかし「プロ」の世界では話が別だ。何もスポーツに限ったことではない。全てのプロの世界では弱肉強食が大原則である。たまにプロでも弱者を助けるみたいなことを言う人もいるが、プロの世界でそのようなことを配慮すれば、その分野でプロの魅力は半減する。プロという世界では弱いものは消えていく運命なのである。

以前「ハルウララ」という競走馬が絶大な人気を集めた。勝って人気が出たのではなく、100連敗以上という負けっぷりにハルウララという陽気な名前がマッチして一般受けしたのだと思う。僕は、まぁそんなこともあるのだなというくらいにしか思わないが、ハルウララはプロという範疇の外にあるものだと思う。と言っても、馬にプロという概念が存在するかどうかも分からないが、競走馬は全て「プロ馬」と僕は思っている。

プロの世界を盛り上げるに必要なのは、弱くても応援することではなく、強者を応援することである。強者を応援することが、その世界をよりたくましく魅力的な世界にする。こんなことを言う僕は、90年代の阪神タイガース暗黒時代に阪神タイガースを懲りずに応援し続けていたので、偉そうなことは言えないが。

21世紀になって15年、今世紀中にイチローのようなナンバー1にたどり着く日本人はどれだけ出るだろうか。今日は負けたけれど、錦織選手のナンバー1への道のりをまた応援しよう。

錦織圭選手、世界一位ジョコビッチを倒して主役になれ!

今日、テニス全豪オープンで、世界ランク7位の錦織圭選手が世界ランク1位のジョコビッチと対戦する。錦織選手が世界のトップレベルで戦うようになってから、日本人として誇らしく思い、プロテニスが非常に面白くなってきた。二年前の全米オープンでは、世界ランク1位のジョコビッチを倒し、錦織選手が世界トップレベルの選手であることを証明した。

しかし錦織選手は「世界トップレベル」であり、「世界トップ」ではない。現在も日本ではジョコビッチ戦を前に大いに盛り上がっているが、世界的に見ればジョコビッチの脇役でしかない。錦織選手が主役になるためにはジョコビッチを倒すことが不可欠なのである。2年前の全米ではジョコビッチを倒したが、決勝戦で負けてしまい、4大大会初制覇を逃した。今回こそはジョコビッチを倒し、決勝で勝ち、優勝を勝ち取ってほしい。日本人としてのひいき目もあるだろうが、多くの日本人は錦織選手は世界のトップ、すなわち1位に立てる力を持っていると信じている。

錦織選手を信じて応援しているからこそ、「トップレベル」では喜べない。4大大会制覇、そして世界ランク1位が錦織選手の到達点であり、また新たな出発点となるであろう。

26日の夕方に(日本時間)に錦織選手とジョコビッチ選手の対戦がある。我々には応援して信じるくらいしかできないが、地球の南半球にいる錦織選手から力をもらって、我々も自分の取り組んでいる分野で活躍できるように頑張りたい。