投稿者「木原 康明」のアーカイブ

古舘伊知郎キャスターの報道ステーション降板について

テレビ朝日の報道ステーションのメインキャスターを務めていた古舘伊知郎氏が、報道ステーションを降板することが決まった。報道ステーションは日本を代表する報道番組というだけあって、古舘氏の発言はいつも注目され、賛否両論があった。特に古舘氏は政府・首相に対して批判的であり、安倍首相からもかなり嫌われていたようだが、報道番組が政府を批判できるという状況は、民主主義国家として非常に正常な状態であることを示している。

また古舘氏の発言は偏向的だとも言われているが、人間が務めている以上、偏向的であることは普通ではないかと思う。もし何にでも平等的な報道をしないといけないのなら、そんなことはロボットにでもやらしておけばよい話である。特に報道ステーションは、その前のニュースステーションの時代からメインキャスターの存在感が強く、久米宏の、そして古舘伊知郎氏の番組であると言っても過言ではないであろう。古舘氏が自分の色を前面に出していたからこそ、視聴者の高い支持を得られていたとも言える。

気になるのが次期メインキャスターだが、現在有力視されているのが宮根誠司氏である。宮根氏は昼の番組で非常に分かりやすい司会をしており、昼の顔として定着しているが、報道ステーションのメインキャスターをするとなるとイメージのギャップがある。しかしそんなことは古舘氏が就任するときにも言われていたことで、数か月もすれば慣れることだろう。

報道ステーションのメインキャスターは常に報道の最前線に位置する。圧力もプレッシャーも半端ないものであろう。その重責を12年間担ってきた古舘さんには、お疲れ様と声をかけてあげたい。

建築界で幅を利かす東大学閥、新国立競技場設計案で

再度、審査が行われた、新国立競技場の設計案、A案とB案のうち、A案が採用されることになった。

具体的にA案B案の提案者を見てみると、

A案:建築家・隈研吾氏、および大成建設。

B案:建築家・伊藤豊雄氏、および竹中工務店、清水建設、大林組。

これらの建築家及び建設会社の社長は全て木葉会という会の会員だ。木葉会とは東大建築学科出身者で構成されるグループだ。つまり今回の二案の関連者は全て東大出身者となる。

学問には学閥というものがつきものだが、建築界のようにここまで学閥が強い世界も珍しいだろう。

ところで、数学・理論物理分野では、学閥はほとんど関係ない。もちろん東大・京大はレベル自体が高いので自然と指導的研究者が多くなるが、東大よりもむしろ京大の方が強い感も感じる。理論物理では京大の湯川秀樹の伝統が根強く残り、京大に憧れる物理関係者は多い。最近ではノーベル賞を受賞した素粒子論の小林誠博士・益川敏英博士をはじめ青色発光ダイオードの赤崎勇博士・天野浩博士など、名古屋大学の名前もよく聞くようになった。数学・理論物理関係は基本的に個人プレーなので、大学名にあまりこだわりがないというのもあるかもしれない。

建築のように組織で動く業界はやはり東大閥が圧倒的に強い。ところで海外などはどうなのだろうか?やはりハーバード大学、カリフォルニア工科大学、MITなどが幅を利かせているのだろうか?海外の詳しい実態は僕にはわからないが、アメリカなどは実力社会とも言われ、才能一つで組織を動かせる立場になれるのかもしれない。

君が代を起立斉唱しなかった公立教員に対する処分に関する問題

21日、大阪府の公立学校教員が卒業式で国歌を起立斉唱しなかったことに対して処分が下った問題で、教員の訴えが棄却され、処分が正式に認められた。このことには賛否両論、様々な意見があるであろう。日本人として簡単に下せる判断ではない。なのでこれは僕個人の独断であることをはじめに言っておくことにする。

この問題は、日本国民としての国家への忠誠と思想・行動の自由、このどちらを重視するかによって判断が分かれる。初めに僕の意見を言うと、今回の処分は適正であったと思う。確かに思想・行動の自由は非常に重要であり、社会に害を与えるような過激思想でもない限りこの自由は認められる。

しかし今回の教員の問題は二つの点を考慮する必要がある。一つは子供を教育する「学校」であること。そしてその学校が「公立」であること。この二つに当てはまらなければ今回の処分は完全になかったであろう。しかし日本の教育機関(養護学校なので、義務教育かどうかは定かではないが)として、日本の国の何たるかを伝える必要がある。国歌は国の象徴でもあるわけで、その象徴を否定すれば日本の教育自体が正常に伝わらない。今回訴えを起こした教員はキリスト教信者であるから国家起立斉唱しなかったと言うが、日本は宗教の自由を認めている。もちろん日本国民がキリスト教を信心することに何の問題もない。国民がキリスト教を信心するかどうかということは、日本国の在り方に何の関係もない。全く別問題なのである。この教員はフランスにでも行けば、フランス国家を起立斉唱するとでもいうのであろうか。

それから「公立」であることだが、公立である以上、国家の(地域の)一機関である。公立教員は国家の(地域の)「運営」に関わる一員なのである。その国家の(地域の)運営者が自国を否定するようなことをすれば、運営側として全く統制が取れなくなる。ましてや子供を教育する機関であり、国家の根幹である「教育」を崩壊させるようなことにもなりかねない。

この教員が国家起立斉唱を絶対にしたくなければ、私立の、いや私立でも日本の教育機関である限り適切ではないので、インターナショナルスクールの教員にでもなるべきである。インターナショナルスクールで日本の国家を起立斉唱させられる可能性は低いであろう。

理想主義は大切だ

理想を掲げることに、現実的ではないと言う人は多い。確かに現実を直視して、現実に沿ったことを実行することは非常に大切だ。しかしそれと理想を掲げることはまた別の話だ。理想を掲げる事、それは100%を目指すことだ。確かに100%は無理な話かもしれない。しかし初めから80%を目指していれば、たいてい60%も達成できない。100%を目指して1%ずつ上乗せしていく姿勢が大切なのではないか。

平和主義の象徴、憲法第九条は理想主義の典型である。しかし世界の現状を考えると集団的自衛権の問題など憲法第九条の趣旨からそれることをしていかなければならないかもしれない。しかしそれは憲法第九条を無くすことを容認するものではない。憲法第九条は日本が世界へ発する平和の象徴であって、理念である。軍事行動は一地域の紛争しか変えれないが、憲法第九条の思想は世界を変えることができる。集団的自衛権も大事である。憲法第九条も大事である。どちらを取ってどちらを捨てなければならないというものではない。この二つは日本の平和への貢献の両輪なのである。

そういえば、下町ロケット最終回で、小泉孝太郎演ずる悪役・椎名社長がこんな事を言っていた。「60%を助けるために40%を犠牲にすることも必要だ」しかし初めから60%を助けて40%を犠牲にするというような思想では絶対に60%は助けられない。理想である100%、所詮理想と吐き捨てる人がいるかもしれないが、その100%を目指す理想が大切なのである。それでやっと60%を助けられるかもしれない。

理想主義をバカにするやつに理想はかなえられない。理想を目指す姿の中に、向上への道筋があるのである。

6000人のユダヤ人の命を救った杉原千畝をめぐって

現在映画で元日本の外交官「杉原千畝」の映画を上映している。僕はまだこの映画を見てはいないが、杉原千畝について、そして僕が杉原千畝のことを初めて知った時のことを書きたいと思う。

杉原千畝は第二次世界大戦中、リトアニアの外交官だった。そこにナチスドイツから逃れてきた多くのユダヤ人が助けを求め詰めかけ、杉原千畝は後に「命のビザ」と言われる渡航書を日本外務省に無断で発行する。この杉原の発行したビザによって、6000人のユダヤ人の命が助かったという。戦後、杉原は命に背いた罪で外務省から追放される。そして長らく杉原の名前は日本から忘れ去られることになる。

再び杉原千畝の名前が日本で流れたのは1991年、一つのテレビ番組がきっかけであった。その番組は日本テレビ系列で流された「知ってるつもり」という番組、関口宏が司会をしていた番組だ。僕はこの番組が大好きで、毎週欠かさず見ていた。余談だが、この番組のテーマソングで流れていた岡村孝子さんの歌が好きになって、今でも岡村孝子さんのファンである。そして「知ってるつもり」の中で一番衝撃的な放送が、杉原千畝を取り上げた回であった。

今でこそ杉原千畝のことを知る日本人は多いが、「知ってるつもり」で流れる以前は杉原千畝のことを知っている日本人はほぼ皆無であった。そのことはある意味日本の恥であったであろう。しかしユダヤ人は杉原のことを今でも忘れていないという。

「知ってるつもり」で杉原のことを伝えられてから多くの日本人が杉原のことを知るまでに、時間はかからなかった。それほど杉原のインパクトは強かった。日本人の中に、戦時中に、こんな立派な人間がいたこと、そしてテレビ番組放送当時まだ外務省では杉原の汚名がきせられたままであったことに衝撃を受けた。知ってるつもりの杉原の回は、日本のテレビ史上まれにみる伝説的な回であった。

知ってるつもりでは毎週多くの人物が取り上げられたが、僕の記憶に残っているのは(僕の記憶が悪いせいでもあるが)この杉原千畝だけだ。しかし杉原千畝の回のことは今でも記憶に残っている。

今では有名になっている杉原千畝の話を、日本人は今一度映画で確認すべきではないか。僕も機会があれば観に行こうと思う。

覚悟とプライドのない奴に未来はない

20日、TBSドラマ「下町ロケット」の最終回があった。佃航平(阿部寛)と椎名直之(小泉幸太郎)の白熱した演技、財前道生(吉川晃司)の覚悟を決めた決断は非常にしっかり描かれており、非常に面白いドラマであった。ドラマではいろいろな背景が描かれていたが、その中でも佃航平と財前部長の覚悟とプライドにはドラマとは言え非常に感銘を受けた。

ドラマ中にも出てきた「技術者としてのプライド」、本気で仕事に取り組んでいる人間、何かに人生をかけている人間にとっては非常に感銘を受けてのではないかと思う。プライドは人間を高めるものには必須なものだ。とはいえ、覚悟のないプライドなんかはいらない。「覚悟」のあるプライドが本当に重要なのだ。

プライドは何も仕事に関してだけではない。「人間としてのプライド」、これは全ての人間が持つべきだと思う。人間としてのプライドのない奴に未来はない。苦しい時にはプライドを捨ててでもという時もあるであろう。生きるためには時にはプライドを捨てなければならない時もあるかもしれない。しかし楽をするためにプライドを捨てるようなことがあってはならない。

また難しいことには、プライドに凝り固まってもいけない。とあるシンガーソングライターの歌に「握りこぶしの中にしまっておいた勇気と、わずかなプライド」というものがある。それを持ってこそ、人間として輝いていけるのだ。

僕も非常にプライドの高い人間だ。早くそのプライドに見合うだけの人間にならなければと常々思っている。

 

ランキングでいつも北欧が上位にくる不思議

発展途上国支援ランキングというのを見た。

1位デンマーク

2位スウェーデン

3位ノルウェー

4位フィンランド

4位オランダ

上位五か国が全て北欧なのである。べつに北欧のしていることを否定しようとは全く思わない。確かに北欧は素晴らしいことが多い国であろう。しかし明確に数値で現れない、あらゆるランキングで北欧は上位に評価される。そのことに僕はいつも違和感を感じる。もちろん北欧の国には何も罪もないのであるが。

例えば住民の住みやすさ。北欧は福祉大国だと言われている。確かにそれはそうだ。医療、学校などの料金は非常に低い。しかしその一方、非常に高税率であることが知られている。消費税などは日本の約三倍、20%以上だ。このことは、入り口で払うか、出口で払うかの違いに過ぎないとも考えられる。どちらがいいかとは判断できないことだ。

それから私感だが、ランキングに北欧が上位にきているというより、北欧が評価されるようなランキングシステムになっているように感じる。

繰り返し言うが、北欧を否定しようという気は全くない。北欧の素晴らしいところはどんどんと見習えばいい。しかし、日本にも世界で高く評価されるシステム文化はたくさんあるはずだ。

ちなみに冒頭のランキング、最下位は日本である。

8年間の橋下施政に幕

18日、大阪府・市における8年間に及ぶ橋下施政に幕が下りた。良くも悪くも何かと注目を浴び続け、これほど目立った政治家も珍しいのではないか。僕個人的には橋下氏の政治手腕は素晴らしいものであったと思う。もちろん細かい政策を見ていけば、欠点もあることだろう。しかし何もしないで良点も欠点もない無色透明の政治家よりも、常に前に進み続け、ばく進とも言える行動力に富んだ橋下氏の政治は魅力的であった。

橋下氏の政治は「橋下劇場」と言われ、小泉純一郎元首相の時にも話題になった劇場型政治の典型であるが、これだけ橋下氏が支持を集めた大きな理由は、個人の利益を無視したことではないかと思う。某号泣議員に代表されるような個人の私腹を肥やす政治家が話題になる中、橋下氏は自分の立場に安住することはなかった。

施政者を批判的に見ることは非常に大事な事であり、橋下氏や国家元首の安倍首相の施政を批判的に見ることは大切かもしれないが、僕はトップに立って施政する橋下氏や安倍氏を基本的に支持したいと思う。野党議員が批判するようなことを言うのは簡単だ。しかし実際に舵を取っているのは大阪では橋下氏であり、国家では安倍氏である。もちろん独裁者のような反国民的な元首ならば論外だが、橋下氏も安倍氏も地域・国家のために仕事をしている。もちろん最近政府が決定した高齢者・障がい者への3万円ばら撒きのような安直な政策には安倍首相に対してと言えども僕は怒り心頭である。しかし野党からこの政策に大きく反対する声はあまり聞こえてこない。野党にも自分の身分に安住せずに真っ向から向かっていくような政治家が出てきてほしいが、残念ながら現在そのようなリーダーシップのある野党政治家はいない。結局現時点では消去法で考えても安倍政権に期待せざる負えないのである。

話は橋下氏に戻るが、橋下氏は政界引退を表明しているが、これをまともにとらえる市民はいないだろう。現に橋下氏本人も、国政で5年以内に政権を取ると宣言している。もしそのようなことが現実味を帯びれば、強者自民党と橋下勢力の対決が非常に楽しみである。

産経新聞記者に対する韓国・朴大統領への名誉毀損、無罪判決が下る

17日、韓国・朴クネ大統領への名誉毀損で韓国検察に訴えられていた、産経新聞加藤達也前ソウル支局長に対する判決がソウル中央地裁で行われ、無罪判決が言い渡された。事前の予想では無罪は厳しいのではないかと思われていたが、大方の予想を覆す判決となった。

この判決は日韓関係にも大きな影響を与えると言われているが、今回の判決は日本の勝利という以上に韓国民主主義における言論の自由の勝利という意味合いが大きいだろう。この裁判の勝利者は、産経新聞、そして韓国国民だと言える。敗者はもちろん韓国検察、そして朴大統領である。

韓国検察がこの件を起訴したのは朴大統領の顔色をうかがってのことと言われているが、韓国の民主主義と言論の自由を考えると、朴氏自身がこの起訴を取り下げるべきであったであろう。起訴を取り下げなかった朴氏は、韓国民主主義の黒歴史を作ったと言える。

この判決は地裁での判決なので、上級裁判所へ上告される可能性があるが、もし韓国に、そして韓国検察に民主主義的良心があるのならば上告は絶対に避けてほしいものである。

この裁判のきっかけになったのは、セウォル号事故当時の朴氏の何時間にわたる行動不明であった。言うまでもなく朴氏は公人中の公人であり、朴氏が事故時に何をしていたかという情報は明らかに公的情報であり、韓国国民は知る権利があるというどころか、知らなければいけない情報であると言える。産経新聞が不確定な情報を出したということは確かだが、その原因は朴氏の不確定な行動情報にある。産経新聞を訴える前に朴氏側は事故当時の大統領の正確な行動情報を明らかにする義務がある。しかし一年以上たった今でも朴氏の当時の行動情報は明らかにされていない。

今回の裁判は、判決の内容以前に、このような事象が起訴されること自体が韓国の民主主義の後進性をさらすものであって、無罪判決によってかろうじて面目が保たれたと言える。

宇宙飛行士・油井亀美也さんの話から

16日、テレビを観ていたら宇宙飛行士の油井亀美也さんのインタビューが流れていた。油井亀美也さんは宇宙ステーション長期滞在から最近地上に帰ったばかりだが、インタビューは油井さんがまだ宇宙にいたころのものだ。その中で気になるコメントがあった。油井さんは宇宙飛行士になる前までは、航空自衛隊のパイロットであった。そこで最近何かと問題になっているロシアに関しての質問に、油井さんはこう答えていた。

「自衛隊時代はロシアについては悪い話ばかり聞かされていたので、宇宙飛行士の訓練でロシアに行ったときには本当に大丈夫かすごく不安だった。」

国際情勢に公平で敏感でなければならない自衛隊だが、現場の自衛隊員には共産陣営など日米に対立する陣営に対しては、敵対意識を持たすために悪いイメージを植え付けていたのであろうか。もちろん防衛相首脳陣にはそんな偏ったイメージを持った者は少ないとは思うが、最前線で活動する隊員にはある種の洗脳とも言えることが行われているみたいだ。

そして話は少し変わり、地上で国家が対立・紛争を起こしていることについて、(油井さんか若田さんのどちらが話していたのか忘れたが)「地上にいない人間は我々(宇宙飛行士)6人だけなんだ」と話していたのがなかなか面白かった。宇宙にいると国家や国籍・人種などは全く関係なく、みんな非常に友好的なのだそうだ。そうでないと狭い宇宙ステーションの中で共存などできないのかもしれない。

日本は宇宙でも非常に大きな貢献している。アメリカ・ロシアの大国にはできない、日本にしかできないこともたくさんあるという。現在、IS関連の紛争をはじめ、地上では紛争が多発している。宇宙に行った人には宇宙から見た者しか見えない視点があるのかもしれない。もしかしたら宇宙の人たちはそれらの紛争の解決に一役買ってくれるかもしれないと期待している。