AI(人工知能)への依存と危険性。人類はいつまで存在できるのであろうか。

最近、何かと話題になるAI(人工知能)。AIには大きな可能性を秘めており、ここ2、3年の間に、AIの利用、AI技術に対する投資が飛躍的に増えた感がする。具体的に挙げると、自動車の自動運転から医療における診断まで、様々な分野へAIは進出しようとしている。

確かにAIによる高度な技術に対する自動化は非常に魅力的である。しかし、AIの大きな可能性は破壊的な可能性も秘めている。このことは今でも多くの人が気付いているようだが、便利な可能性への成果が目に現れてきている現在、なかなか話題になることはない。

このAIの破壊的な可能性とはどういうことか。例えて言うと、映画「ターミネーター」のような世界と言うとわかりやすいだろうか。ターミネーターでは、人工知能をもつ殺人アンドロイドが人類を滅亡させようとしている。以前は所詮映画の中の世界に過ぎないと多くの人が思っていたが、今では非常に現実味のある話である。

もちろん、そのようなターミネーターを作ろうとしている研究者は(おそらく)いないだろう。しかし、AIの一番恐ろしいことは、コンピューターが「自我」を持つことである。自我をもったAIは人間の制御から解放され、暴走していくだろう。もちろん人類を敵にまわすAIが出てくるのも時間の問題だ。

なぜ研究者はAIを作ろうとするのか?それはもちろん人類の役に立てるためということもあるだろうが、一番の理由は単にAIの研究が面白いからというものであろう。

AIの研究が危険をはらんでいることは誰にでもわかるが、しかし誰もそれを制止することができない。まさに科学技術はパンドラの箱なのである。

はたして人類はいつまで存在することができるのであろうか。

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