AI一辺倒で良いのか?

最近、何かとAIが話題になっている。ニュースを見ていても、去年一年間の平均を取ればAIの話題はベスト3に入るのではないだろうか?小学校でも今年からプログラミング教育が始まる。ますます世の中がAI一辺倒になって来ている。学問においても、これからはコンピューターサイエンス、プログラミング技術が大きく発展していくだろう。しかし何事においても多様化が大切である。なので、ITばかり注目していれば何かを見逃してしまう。さらに言えば、理系学問だけでなく文系学問も大事である。僕のように語学を疎かにしては後で苦しんでしまう。数学の論文を読むのも書くのも英語が標準である。できればフランス語やドイツ語もできることが望ましい。僕にはかなりきついことではあるが。

ところで、世の中の多くの人が勘違いしていることが一つある。それは「AIで何でもできる」と思い込んでいることだ。メディアでも、これからAIが発展すると何でもできてしまうみたいな論調で語られることがある。しかし正しいのは「AIで何かができる」と言うことである。それは「AIにもできないことがある」と言うことの裏返しである。しかしコンピューター科学に疎い人ほどAIで何でもできると思い込んでいる。科学を理解すると言うのは、「科学には何ができないか」と言うことを理解することである。そしてそれはコンピューターやAIにも共通して言えることである。もし科学やAIで何でもできると思っているのならば、それは科学やコンピューターを何も理解していないと言うことである。

小学校でのプログラミング教育も始まり、これからは学校教育でのコンピューターの比重はますます大きくなることであろう。しかし、プログラミングと言うものは、ある意味総合分野と言える。プログラミングには数学も使うし、物理も使うし、論理学も英語も使う。もちろん、研究者レベルの数学をする必要はないかもしれないが、しかしプログラミングを極めるためには研究者レベルの数学も必要である。そこは数学の一分野と言う様相を呈している。コンピューター科学が重要だからと言って、数学や物理と言う学問が廃れるわけではない。それどころかある範囲では数学・物理とコンピューター科学は融合するであろうし、またコンピューターには絶対立ち入ることのできない数学・物理もあり、そこは独自の発展を遂げるであろう。だからこそ、古典的な数学や物理と言う学問はますます重要になる。

今の社会のAI一辺倒化の問題がどこにあるのかと言えば、AIにできないことを示せていないことである。しかしAIにできないと思われることは多々ある。それは数学や物理と言う学問をやっていれば誰もが感じることだ。しかし、今の社会の論調は、「AIで何でもできる」という様子である。しかし今、「AIに何ができないか」と言うことを示すことが非常に重要である。そしてそこに次世代へのブレークスルーがあると僕は考えている。AIに関わることはそれはそれで良いとは思うが、それではブレークスルーを起こせない。量子コンピューターも社会的にはブレークスルーのように思われているが、科学にとってのブレークスルーとは僕には思えない。ましてや学問のブレークスルーではない。仮に量子コンピューターや量子情報がブレークスルーだと考えるのならば、それは1980年代頃の研究ではないだろうか?

今、学問的にブレークスルーを起こせている人はほぼ皆無である。AIも量子コンピューターも大きな流れではあるが、僕にはそれがブレークスルーだとは思えない。しかし今、たった一人でもブレークスルーを起こせる人を生み出すことが必要なのではないだろうか?

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