日別アーカイブ: 2018年12月27日

文献の把握。

現在、取り組んでいるテーマに関しての文献を収集している。中には絶版になっている書物も多く、自然科学書専門古本書店に注文することも多い。先ほど、僕の研究において最も重要な書物を調べると、どうやら最近絶版になったようだが、ジュンク堂の在庫をネットで調べるとわずかに残っていたので、急きょ取り寄せの手続きをした。この書物は実は手元にあるのだが、かなり使い込んでボロボロになっており、さらに紛失すると大変な事になるので、予備として購入することにした。

学問をするにおいて、文献の把握は最も重要だ。実験系の科学だと言うまでもなく実験が最も重要だが、文献の把握はその次に重要だと言える。さらに理論系の学問においては言うまでもない。

論文や専門書を見る時、初めにリファレンス(引用文献や参考文献)をチェックすることが多い。リファレンスの一覧を見てその論文はどのような内容なのかをある程度把握できるし、リファレンスからリファレンスへとたどって行くこともよくある。特にその研究に関するオリジナルな文献に当たることは最も重要な作業である。

学問の研究をしていると、手元には膨大な文献が蓄積されていく。他の人が見たらどこに何の書物が置いているか全くわからないのではと思われるかもしれないが、研究者自身は数百冊ある専門書や論文などの文献の在り処は全て把握しており、瞬時に目当ての文献を手にすることが出来る。どの書物がどこに置いているかわからないというようでは全く話にならない。

研究者の中には書物をほとんど所有せずオリジナリティーの高い研究を行う人もいる。そのような人は相当独創的な人なのだろう。僕にはそのような真似は絶対にできないし、そのような研究者は非常に尊敬している。昔読んだ本に、大数学者である岩澤健吉博士に関する記事が載っていたが、その記事によると岩澤博士の本棚には数冊の書物しかなかったという。まさに驚異的である。

学問を研究するに当たって、研究スタイルは人それぞれだと思う。しかし岩澤博士のような驚異的な例外を除いては文献収集は必要不可欠な作業だ。目当ての文献を入手できるかどうかが結果に直結してくる。まさに「文献を制する者は、研究を制す」と言ってもいいだろう。文献を入手するための金銭と労力は絶対に惜しむべきではない。