5Gで完結する可能性と、5Gの危険性。

今、ネットの世界(移動通信システム)が4Gから5Gへ変わる過渡期にある。5Gに対しては非常に大きな期待が寄せられ、実際に具体的な応用に対するビジョンはかなり明確であり、それらのどれを見てもかなり大きな革新が成し遂げられるように思える。具体的には自動運転、遠隔操作による医療(手術)、さらにエンターテイメントの世界において内容が具体的に詰められている。それらのビジョンがいつどのくらい現実化されるかはまだ未定ではあるが、色々な話を聞いてみるとどれも近い将来(2、3年後?)にはそれなりの形になっているのではとも感じられる。

このような5Gに対するビジョンから感じられる威力を見て、一部の世界では早くも6Gに取り組もうと言う話が出てきている。しかし僕は今から6Gに取り組むことにほとんど意味はないのではと考えている。その理由は、6Gに取り組む事に対する動機である。5Gに関しては、自動運転を始め具体的な動機が数多くある。しかし6Gを考える動機に具体性がほとんどなく、ただ現在の5Gのインパクトに刺激されて、6Gを先取りすれば巨大な利益を得られるのではと言うそれのみのように感じられてならない。それは自己啓発本を読んで大きなビジネスに取り組もうと考えることと大して変わらないように思える。

そして僕が現在思うのは、5Gでほとんどの事が完結するのではと言うことである。少なくとも現在、5Gに対する欠点は聞こえてこない。例えば4G以前の時代では、通信量の制限に関してはずっと不満の声があった。それが5Gではリミットレスになる。ただ5Gに何も問題がないのかと言えば、一つだけあると僕は考えている。それはセキュリティ問題である。24時間ネットにつながっていることから、個人の行動などがダダ漏れする危険性がある。つまり事実上、24時間監視される危険性をはらんでいるのである。ただ現在、このようなセキュリティに関する危険性の声はあまり大きくは聞こえてこない。しかし5Gが普及すれば、いずれはこのような事は問題になると僕は考えている。

なので、もし6Gを本格的に考えるときが来れば、その中心はセキュリティ問題になると僕は考えている。それはプライバシーの問題、そして自動運転などの際一番の危険性になるハッキングなどの問題である。なので6Gではビジネス的な視点だけでは全く進められないのではと僕は思っている。しかし現在一部で進められている6G構想は、ほぼ全てビジネス的観点、そして支配的観点からの視点からである。しかしもし5Gの問題を克服しようと思えば、国と言う国境は無意味になるし、階級と言う視点も無意味になるかもしれない。このように考えるとますます現在の6G構想が無意味に思えてならない。

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