鹿児島・川内原発再稼働へ

鹿児島・川内原発が間もなく再稼働する。震災以降原発稼働ゼロ状態が続いていたが、川内原発再稼働で原発由来電力が世間に行きわたることになる。この原発再稼働に関して賛否両論、いや反対意見が多数を占めているような気がする。感情的に考えれば反対に傾くことは非常に理解できる。国民が感情的に反対を叫ぶのは自然の成り行きかもしれない。しかし政府としては感情だけでなく合理的・多角的に検討したうえで判断しなければならない。そして稼働決定の理由を多角的に国民に丁寧に説明する責任がある。

しかし政治家の中でも感情論だけで物事を叫んでいる議員も多い。民主党の菅直人元首相は川内原発前で「反対・福島を繰り返すな」と叫んでいたらしい。もちろん福島を繰り返してはならないことはもっともである。しかし福島第一原発事故当時の首相は菅直人氏であり、その時の不手際は国民の多くの知るところである。はたして菅氏は福島事故以降、有効な方針を示せたのであろうか。大きく疑問の残るところである。

原発立地地域の住民の胸中は複雑である。原発存在による巨額な交付金による利益と、原発の危険性。その間でさまよっている人も多いだろう。実際原発が停止して潰れた地元商店街は多い。しかし現実に事故が起こればその比ではないことを福島は示している。

原発反対者の意見として、現在原発ゼロの状態でうまく電力供給できているではないかという意見がある。現在の電力供給のマックスは限度に限りなく近づいているものと思われる。もし需要が供給をわずかでもオーバーすれば、大規模停電が起こることをどれだけの市民が知っているだろうか。停電で電化製品が使えなくなるくらいならまだいい。病院で停電が起きれば多数の命にかかわることは目に見えている。もちろん大規模な病院では自家発電などのバックアップは取っている。しかし停電が命に関わるところは少なくないはずだ。

結論から言うと、原発は必要悪だと言えるかもしれない。現時点では一定の原発稼働は認めざるを得ないかもしれない。しかし何十年スパンで考えれば原発は必ず全廃しなければいけないものである。その一番の理由はここでは述べなかったが放射性廃棄物の問題である。原発の問題はどうしても意見が偏りがちになってしまうが、多角的な広い視点から判断することが必要である。それから政府、そして電力会社はオープンな議論・情報公開・再開のための根拠となる判断を詳しく国民に知らせなければいけない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA