頭脳ゲーム。

先日の五輪カーリングの試合を観ていて、カーリングとは非常に頭脳を使うゲームであると知った。ストーンをどこに置きに行くかを読むことはもちろんだが、コーチは三投先まで読んでいるらしい。カーリングは頭脳スポーツであると言えよう。

頭脳ゲームと言って真っ先に思いつくのは、将棋であろう。先ほどのカーリングと同じで、次の手を読む「短期的展望」、そして試合全般を読む「長期的展望」が必要になる。この二つの展望は、人生についても同じである。“今どう生きるか”という短期的展望と、“どのような人生を歩むか”という長期的展望だ。人生と将棋とのこのような類似点は、人生が将棋と同じ頭脳ゲームであることを示唆しているのかもしれない。

頭脳ゲームと言って絶対に外せないのが数学である。数学は言うまでもなく学問であり、ゲームとは離れたところにあるように思う人もいるかもしれない。もちろん、数学者の数学に対する姿勢も様々かもしれないが、数学をゲーム、あるいは遊びと捉えている数学者も少なくない。そして意外と数学をゲームや遊びと捉えている数学者の方が大きな実績を挙げている。とある偉大な数学者は、数学に対して「この遊びはやめられない」と述べている。

身の周りには頭脳ゲームがあふれている。一時のお遊びのようなものもあれば、人生を懸けるに値する頭脳ゲームもある。人生を共に歩む頭脳ゲームを持つことは、あらゆる側面で人生に刺激を与えてくれるに違いない。

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