集団的自衛権に関する安保法制と政治

7月16日、集団的自衛権に関する安保法制が衆院を通過した。この法案をめぐっては多くの国民の間で是非に関する議論が沸き起こっている。賛成意見にも反対意見にもそれぞれ分はあるが、はたしてどうすべきであろうか。

僕自身、集団的自衛権に関しては賛成である。ただ安倍総理の手法には大いに問題があると感じている。ここはしっかりと改憲という手続きを取り、法治国家としての尊厳を見せなければいけない。

今、反対派の人たちは、この法案を認めてしまうと戦争に巻き込まれてしまうと訴えている。その根拠が戦後現在まで他の地域の争い・混乱に接触しなかったおかげで一度も戦争に巻き込まれなかったという主張だ。しかし武装した自衛隊が行かなかったことでどうなったか?日本としては丸腰の民間人、あるいは外交官が紛争の最前線に立たされてきた。そしてこれまでに外交官をはじめ、民間人などの武器を持たない人たちが犠牲になってきた。

国際ボランティアの中田厚仁さんを覚えているだろうか。カンボジアでボランティア中に銃弾の犠牲になった若者だ。武装して給料をもらっている自衛隊が国内で敵のいない訓練地で体を鍛えている間に、丸腰で給料のない日本人ボランティアが犠牲になる始末なのである。これが本当に平和国家と言えるのだろうか。もし平和国家を掲げるなら、国内だけではなく国外の荒れている地域も平和にしなければいけない。そしてそれをすることが一番可能なのが自衛隊なのである。

もう一国平和主義は通じない。戦後の日本人にとって戦争とは現実の世界の出来事ではなくテレビの中のフィクションだった。もし近くの自衛隊員などが海外へ赴くのを自分の目で確かめることができれば、戦争の悲惨さも少しは実感できるであろう。

日本は島国のせいか、国境線が見えない割には日本と外国を強く区別する。しかし平和に国境線があってはならない。国境線の内側は平和なら外側は爆弾が落ちてもいい、というような考えはもう通用しない。実際イスラム国と呼ばれている疑似国家には国境線はない。もう平和に対する見方を国境線で区別する時代は終わったのである。

日本の平和だけではなく、世界の平和を心から願おう。

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