過ちを犯した者は100%悪なのか?悪のあら探しをする社会とメディア。

犯罪報道などを見て毎回思うのだが、犯罪者と思われる人が明らかになった途端、その被疑者(つまりまだ犯罪者だとは確定していない)が悪の塊のような扱いをされ、犯罪とは全く関係のないことまで全て悪であるかのような報道がされることに、非常に違和感を覚える。犯罪者が明らかになったとたん、メディア・社会は犯罪者のあら探しを始めるのだ。

殺人罪で死刑判決を受け、後に冤罪であることが明らかになり解放された袴田巌さんも、逮捕された当初、犯罪とは全く関係のない個人の趣味にまで悪であるかのような好奇な目を向けられたという。

芸能人でも、一つの過ちを犯したタレントが、過ちが発覚した途端、周りの芸能人が一斉にその芸能人のあることないことを好き勝手に暴露し始める。過ちが発覚した途端、急に豹変する周りの人たちに、僕は卑劣な印象を抱く。

悪のあら探しを望む人たちも多いのかもしれないが、僕はそのようなことを見る度に、もういい加減にしてくれと思う。

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