誇示するための知識ではなく、中に秘めたる知識を。

なぜ知識を身に付けるのか?それは仕事で必要であったり、あるいは自分を高めるためであったりと様々であろう。知識はないよりもあったほうが良いし、知識を高めるのは自然な行動だ。

しかし、知識の使い道を誤ってはいけない。知識は決して誇示するためにあるのではない。誇示する程度の知識など、何の意味もない。知識は中に秘めてこそ価値があるのである。

最近、テレビで池上彰氏の解説番組をよく見るが、池上氏の中に秘めたる知識は相当なものだ。それは量的にも膨大であり、質的にも非常に高い。池上彰氏の有機的知識の活用と、それの伝え方には、舌を巻いてしまう。

では質の高い知識とは何か?それは単に用語や事柄を知っているだけではなく、あらゆることに有機的に結びつけることのできる知識だ。単独の暗記用語などは、単にアルファベットを覚えているのと変わりはない。歴史で言うと、単に年号と出来事を暗記しているだけではなく、歴史の流れの中でどのように位置づけられるか?あるいはそれをどう解釈できるか?ということである。

知識とは決して誇示する程度のものであってはならない。いかに知識を自分のものにし、自分を高め、あらゆることに活用できるかということにかかっている。

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