維新の党の政党としてのモラル、松野代表・柿沢幹事長をめぐって

今維新が混乱している。というより迷走していると言っていい。橋下大阪市長が政界引退を表明してから核となるものがなくなり、求心力がなくなったかのようだ。

山形市長選挙に対して民主党などの他党候補を維新の党員が独断で、言い方を変えれば好き嫌いで判断して応援に行ったというのだ。それがまだ一般党員ならわがままで通るかもしれない。しかしその人物は維新の党の幹事長である。もうわがままで通るレベルの問題ではない。幹事長は党員がわがままな行動を起こした時、規律を正す役割が求められている。しかしその規律を乱したのが幹事長その人である。そして党代表は、それは個人の自由だとかばっているのである。もう松井大阪府知事が言ったように、「病院に行った方がいい」というレベルだ。

政党とは理念を共有する政治家同士の結社だ。もちろん細かいことまで気にすれば考えの違いもあるだろう。しかし理念を共有する同士をバックアップする。さらにそれを取りまとめるのが党執行部だ。しかし今回のことは、党執行部が、「もうバラバラになろう、でも「維新の党」という肩書は使っていいよ」と言っているようなものである。この様な状態ではもうこの党の寿命は長くない。やはり維新の党は「橋下新党」であって、橋下氏が抜ければ存続しえないということか。

話はそれるが、今僕は、自民党が野党時代にあるとき、石破茂氏が書いた「国難」という文庫本を読んでいる。石破氏は僕が最も信頼のおいている政治家であり、ポスト安倍は石破氏しかいないと思っている。石破氏は現状を非常に透徹に見通している人であり、彼は民衆受けするような甘い言葉はささやかない。だからこそ逆に信頼がおけるのである。

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