空気を読みすぎない。

ある程度空気を読むことは物事を円滑に進める上で必要だが、過度に空気を読み過ぎるのはどうかと強く感じる。日本では空気を読むことはある程度素養として見られるところがあり、空気を読まない人は「空気を読めない奴」と言って非難の対象になる。空気を読み続けることによって大きなミスをなくすことはできるかもしれないが、その一方、それは大きな変革を起こさなければならない時には大きな妨げになる。

空気を読むことは、現状維持を目指すうえでは必要であるように思える。しかし、現状維持を目指して現状維持ができることはほとんどなく、現状維持の行きつく先はほとんどの場合没落である。そのような没落への道を避けるためにも、空気を破って現状打破をすることが必要である。

物事にはバランスが必要である。空気を読むことは一種のバランス構築技術と思うかもしれないが、空気を読み過ぎるというのもそれはそれで非常にバランスに欠ける事である。片方に偏り続けた一種の偏重バランスを崩すためには、空気を破ることが必要である。もし、現在何かに行き詰っているのならば、そこでこれまでの空気を読まずに破ることが必要である。

空気を読むことは一つのスキルと言える。しかし空気を読み過ぎないというのはさらに高度なスキルである。空気を破るべきところで破れるか?それは人間の度量に大きく関わってくることだと思う。没落への道を避けるためにも、時には空気を読まないという事が必要であり、覚悟を持って空気を破る必要がある。確かにこれまで空気を読み続けて切り抜けてきた人にとっては簡単な事ではない。しかしこれまで空気を読むスキルを身に付けて来て、そこにさらに空気を破る技術と覚悟を持つことが出来れば、人間としてもさらに一段上に上がれるはずだ。

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