科学と哲学を分けるもの。

現代学問において、哲学と科学は全くの別物と考えられることが多いが、この両者には通じるものも多い。とは言え、似て非なるものと言える。実際に科学は理系、哲学は文系と区別されることからもわかる。

しかしこれらの源流をたどれば、両者は共通の起源にたどり着く。「ギリシャ哲学」である。

古代ギリシャ時代、数学や科学(もどきと言うべきか)はまだ細分化されておらず、これらは哲学の一部とみなされていた。当時、哲学者とは学問における万能者であった。アリストテレスもアルキメデスも現代では数学における成果で有名だが、彼らは哲学者であった。さらに日本では三平方の定理と言われている数学で一番有名な定理である「ピタゴラスの定理」(こちらの名前の方が世界標準の名称である)のピタゴラスに至っては、新興宗教の教祖だったという。ピタゴラスは無理数を発見したが、これは神の過ちによってできたものだと考え、信徒達に口止めさせていたと伝えられている。

では、科学と哲学が分岐した時代、すなわち中世に話を飛ばす。厳密な科学は15世紀に芽生えた。一般には物理学を創始したニュートンが本格的科学の祖と言えるが、それまでの道筋はケプラーの精密な天体運動の観測に始まり、ガリレイの地動説、同じくガリレイの相対性原理を経て、ニュートン力学、そしてニュートンの万有引力の法則が生まれた。

そして18世紀の産業革命によって科学は急速な進歩を遂げる。化学(化け学)は当時の錬金術に対する試みによる知識の蓄積と言える。残念ながら錬金術は全て失敗したが、その副産物として化学(化け学)は大きな進歩を遂げた。

そして20世紀。この世紀は「物理学の世紀」とも言われるくらい物理学が驚異的な膨張を見せた。それは1900年のプランクの量子仮説に始まり、1905年のアインシュタインの特殊相対性理論、1916年の一般相対性理論、そして1925年頃のハイゼンベルグ・シュレーディンガーらによる量子力学の完成によって土台が整う。

この様に科学は哲学とは独立の道を突っ走り始める。しかし哲学も科学もその根本には思想と論理が横たわっている。哲学はこれだけでいいのかもしれない。しかし科学にはこれに加えて「数学的構成」を行わなければいけない。

約100年前、アインシュタインが相対性理論を発表し世の中の注目を浴び始めた頃、とある哲学者がこう言ったという。

「私は相対的主義者だ。だから私に数学的才能があれば私が相対性理論を発見したであろう」と。しかしこの数学的構成力こそが科学の核であるのだから、「数学的才能があれば」などと言うのは見当違いも甚だしい。しかも相対的な理論ならアインシュタインを持ち出すまでもなく1600年頃にガリレイが相対性原理を完成させている。

哲学と科学の関係を歴史的視点から書いてきたが、これらを見ると

「科学者は哲学者であるが、哲学者は科学者ではない」

と言えるのではないだろうか。

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