真理を見抜く、本質を見抜く。

僕にとって物事の表面的な事はどうでもいい。いや、時には表面的な美しさにも魅かれることがあるが、それ以上にそれらの奥に潜んでいる本質を見抜くことが重要である。そして本質を見抜くためには、真理を理解しなければならない。

しかし、意外と真理を見抜いている人は少ない。固定観念や常識にとらわれ、真の思考を放棄してしまうのだ。本質の理解は深い思考抜きにはあり得ない。そして一点だけを見ても何も見えないことが多い。複眼的にその周りから受ける相互作用を考慮しなければならない。

ではなぜ真理を、本質を、見抜かなければならないのか?もしかしたら問題を解決するためと答えるかもしれない。しかしそれ以上に重要なのは問題を見つけることだ。もし自分自身で問題を見つけることが出来れば、その問題の解決の70%は出来ていると見て良い。“自分”で問題を見つけることが大事なのである。

21世紀初め、数学者のペレルマン博士によってポアンカレ予想という未解決問題が解かれた。もちろん解いたのはペレルマン博士であるが、その100年前にこの予想を提示したポアンカレはこの問題の本質の70%を掴んでいたと言って良い。だからこそ、ペレルマン博士が解いた後もこの問題はペレルマンの定理とはあまり言われず、“ポアンカレ”予想と言われているのである。

世の中には陳腐な事象が溢れ返っている。その中から少数の本質的なものを選び出さなければならない。しかし、歴史や権威に基づいた“本物”と言われるものに騙されてはいけない。歴史や権威に基づくものを思考停止的に本物だと崇める風潮が見られることに僕は危惧している。本質とは自分自身の頭で徹底的に思考して見出されるものなのである。

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