歴史学。

学校では歴史を「日本史」と「世界史」に分けて学ぶことになっている。もちろん便利上、日本史と世界史に分けることは大きなメリットがあるだろう。しかし、学校を卒業し大人になった後になっても日本史と世界史の区別にこだわることは賢明ではない。日本という国も地理的には世界の一部であり、日本史も世界史の一部である。なので日本史と世界史を区別するのではなく、日本と世界の歴史の相互作用を考えることが非常に重要になる。

「歴史は何のために学ぶのか?」と問われた時、「歴史から現在に生きる人間の進むべき道を考える。」と答えることが既定路線になっている。あるいは個人としても「自分がどう生きるかということに対するヒントを得る」という答えも定番だ。しかし、歴史そのものが面白くなければ誰も学ばないであろう。それは自然科学と同じである。物理を研究している物理学者は、物理が面白くて仕方がないのだ。数学も然りである。そして、それらが人類の知のレベルを表しているということも無視してはいけない。さらに当然のことながら、それらは人間の役に立つ。学問の効用を一元的に述べることはできない。

そして学んだあとに来るのが「考える」ということである。学問をただ受動的に学ぶだけではなく、自分自身で「論」を考えてみよう。歴史を学べば、そこから新しい論が出て来る。自分自身の説を作るのもいい。それが学界の主流になる訳ではないかもしれないが、自分で出した論、自分で導いてできた説は、人から学んだ百の勉強よりもはるかに価値がある。そのように身に付けたスキルは、あらゆる所、あらゆる分野で役に立つであろう。

学校で習うスタンダードな歴史を修得することはもちろん良いが、そこから自分自身で解釈して、自分なりの歴史観というものを創造することは非常に重要である。よく歴史は暗記科目だと言われるが、そのように言う人は歴史の心の一片も修得できていないのである。

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