最先端の理論が一番チープだ!

科学理論や世の中の理論において、多くの場合最先端の理論が一番チープである。チープという言葉はネガティブな意味に捉えられるかもしれないが、言い方を変えれば「荒削り」だと言える。

理論というものは、提出された時が一番斬新で、それが故にバグも多い。しかし忘れてはならないことは、一番最初の原論文には多くの場合、重要なエッセンスの全てが含まれている。だから理論の本質を知るための最も有効な勉強法は、原論文を読むことである。

しかし、洗練されてはいるが、技術的な話に終始し本質的な発展が全くない論文も多い。そして現実はそのような論文の方が本質的な論文よりはるかに多い。それは執筆論文の数が最も大きな評価を受けるという現在の風潮の弊害であると言える。

ごく少数のトップレベルの学者を省いて、普通の学者が短期間に何本も本質的な論文を書けるわけではない。しかし評価は継続的に受けるわけだから、本質的でなくても論文を書くしかないのだろう。

最先端の論文の9割以上は数年後には消える運命にある。だから評価はそれに残った1割に対してなされるべきである。教科書のリファレンスに載るような論文は、多く見積もっても1%も無い。そして教科書のリファレンスに載っている論文は、多くの場合同一著者の複数の論文が引用されている。

研究者にとっても、最新の論文を読みあさるのではなく重要な論文をしっかりと読み込むことが求められる。一本の重要論文は百本の最新論文よりも得るところがある。このことは論文に限らず一般書についても言える。最新の書物を読むよりも、一冊の岩波文庫の短編を読む方が圧倒的に得るものがある。

最新を追いかけるだけではなく。原典・原論文を時間をかけてしっかりと読み込む精神的な余裕を身に付けることが重要である。

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