時代の変化。良いのか?悪いのか?

時代の認識は常に変化している。昔良かったことが現在では悪い事だと言われることは多々ある。その逆もあるだろう。悪い事が時代が進むにつれて正されることは良い事だろう。しかし「なぜそうあるべきなのか?」という考察を全くせずに流れや雰囲気だけで変化して行くことには危険な事も多い。時には改悪されることもよくある。

そして最近の風潮で僕が危険だと思うことは「拡大解釈」だ。数学や物理では拡大解釈、あるいは一般化ということはよくされる。しかし拡大解釈や一般化をするに当たっては、その根拠、すなわち裏付けが必要である。同様に社会の風潮でも根拠や裏付けに当たる深い考察は絶対的に必要だ。考察のない拡大解釈は、多くの場合改悪につながる。

社会の方向性は良い方を向いていると思いたいが、現代社会の中にある風潮や認識を見ると、多くの改悪がなされていると言わざるを得ない。また、良い方向へと向かっていたとしても、度が過ぎると非常に生きづらい世の中になる。

メリットとデメリットは多くの場合同時に表れる。重要なのは、メリットとデメリットを天秤に掛けて判断することである。メリットだけを視野に入れメリットが1増えるとしても、デメリットが10増えればそれは本末転倒だ。物事は大局的に見て判断しなければならない。

僕がなぜこのような記事を書いたのか?それは現在の世の中が非常に生きづらい社会になっているのではないかと感じているからだ。確かに現代社会は非常に“便利”な世の中になっている。しかし便利だからと言って“生きやすい”という訳ではない。例えば昔はスマホもなく不便であるが故に一期一会を大切にしていた。しかし現代社会では安っぽい出会いが増えている。もちろんネット上でも大切な一期一会は存在するが、そのありがたみをなかなか感じられないでいるのではないだろうか?

技術は常に発展し続けている。しかしその技術の利用の仕方を間違えたり過度に依存しすぎると、本来人々を便利にさせるための技術が人々を生きづらくさせてしまう。そしてそのような事は技術だけではなく、風潮や人々の認識、そして規則にも言えることだ。

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