時代が数学・科学研究に求めるもの。

僕は数理物理において微分幾何学的アプローチをとっているのだが、その微分幾何学においてもまだまだ分からないことだらけだ。

「岩波数学辞典」という書物がある。専門家向けの辞典であり、なかなか面白い書物だ。

岩波数学辞典の「大域リーマン幾何学」という項をじっくり読む機会があったのだが、あまりの自分の無知さに情けなくなった。それと同時に、現在の数学研究におけるテクニックの高度さを再確認させられた。また、日本人研究者の結果も多く、改めて日本人研究者の寄与の大きさを感じた。

はるか昔、ギリシャが繁栄していた時代、ギリシャの学問レベルの高さは桁違いだった。そのギリシャ時代、数学・科学に求められていたのは「モデル化」だ。今の常識から考えると変な話に聞こえるが、物質は「水・土・火など」の基本的な”粒子”からできているという考えが生み出された。現在の科学から考えると受け入れられない話かもしれないが、「原子論」というモデルが打ち出されたという点では、現在から振り返ってみても非常に画期的だ。数学ではナイル川の氾濫による測量学から「幾何学」が発展した。その中でも「ピタゴラスの定理」は非常に有名だ。

そして時は経て、16世紀。ケプラー、ガリレイ、ニュートンと連なる、「数学モデル的科学」すなわち「物理学」が誕生した。そこでもやはりモデルは重要だが、根幹となる部分が非常に簡潔に表現されている。その心は中学生でも理解できるくらいだ。むしろごちゃごちゃ複雑に表されて難しい理論の方が間違っていることが多かった(例えば天動説による天体の動き方など)。

そして時は経て20世紀。科学は直感だけでは簡単に理解できない時代に入った。その代表はもちろん「相対性理論」と「量子力学」。理論の数学的形式も、ニュートンの時代に比べて複雑になった。真理は大がかりな実験によって検証される時代だ。

そして数学もますます複雑になってきた。20世紀中ごろには、フランスで数学者集団「ブルバキ」なども結成され、「定義→定理→証明」の形式的構造主義が数学の世界を覆った。分野の細分化も進み、隣の分野のことでもなかなか理解できないという研究者も多い。

21世紀、数学・科学に何を求められるのか、まだまだ明らかにはなっていないように思うが、超絶技巧的な論理技術には舌を巻いてしまう。これから揺り戻しが来て「単純な根幹」が明らかにされるか、超絶技巧がさらに続いていくのか、僕には全く想像できない。

しかし、現在の展望は覆されるものだと僕は思っている。

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