日本国民、特に若者と自衛隊のかかわりはどうあるべきか。稲田防衛大臣の発言について考える。

少し前、稲田朋美防衛大臣の「若者全員、自衛隊に触れる制度を」という発言が取り上げられ、議論になった。この発言にはいろいろ反対意見もあると思うが、僕はこの稲田発言には非常に重要な意味があると思う。

この発言に反対する人は、

自衛隊 → 軍国主義 → 戦争

というステレオタイプな考えに陥る人が多いような気がする。もちろんもし本当にそんなことになるのならば何が何でも反対しなくてはならない。この思考に関しては、共産党議員が防衛費に関して「人殺し予算」と発言したことにもつながるだろう。このようなステレオタイプ議員の発言の方がはるかに恐ろしいと思うのは僕だけであろうか?

この問題に関しては、「静」と「動」の状態について考えるのがいいのではないか。自衛隊の存在を敵視する人は

自衛隊の存在 → 他国(中国など)といさかいを起こす → 「動」の状態になる。

と考えているのではないか。逆に言えば、自衛隊が無くなれば「静」の状態になり、平穏(平和?)な世の中になる、と。

しかし実際は、

自衛隊の存在 → 他国に対する抑止力 → 「静」の状態になる。

ではないだろうか。普段日本に住んでいると、日常生活を送るうえで軍事的紛争とは無縁であり、「静」の状態にあるように感じる。しかし実際は年間数百回という自衛隊機のスクランブル発進(緊急発進)により中国・ロシア軍の侵入の試みを防いでいるのである。即ち、自衛隊の「動」によって、我々の日常生活上の「静」の状態が保たれている。

改めて稲田防衛大臣の話に戻るが、自衛隊が陰に陽に日本国民の生活と関わっているのは明らかだ。日本国民はもっと自衛隊の存在に目を向けるべきである。自衛隊の存在から目をそらすのは、現状から目をそらすことである。そういう意味で、日本国民、特に若者が自衛隊と触れ合う場を作り、自衛隊の存在について熟考するきっかけを作ることは必要である。

このことを誤解している人は、

自衛隊と触れ合う → 自衛隊に加わる → 徴兵

という論理になっているように思える。確かに自衛隊への参加を強制することは避けなければならない。しかし現実として、自衛隊は日本国家という機構の一部、それもかなり大きな一部を担っている。

自由主義国家日本において、自衛隊の存在に関して反対するのは自由かもしれない。しかしイメージから反対するのではなくて、自分の頭でしっかり熟考したうえで判断を下してほしいものである。

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