日本人らしくない日本人

僕のことだ。日本人なんだけど、日本にいると何か息苦しい気がする。とは言っても海外にいたことはないので、海外にいても息苦しく感じるのかもしれないが。

でも日本という国は大好きだ。日本は綺麗だし、誠実さでも一番かもしれない。海も山もあり、街も田舎もある。ではどこが息苦しいのか。

大学に入学して、混声合唱団に入団した。歌が大好きで、音楽が大好きだったからだ。しかし合唱というものが僕の性に合わなかった。当たり前のことだが、合唱は集団で歌う。基本集団行動だし、周りに合わせなければいけない。僕にはその集団に合わせるということが苦痛なのだ。自然、合唱団の内部では僕は不良団員の烙印を押される。

練習が始まっても図書館で物理や数学の勉強を続け、わざと遅れて練習に参加する。始まりからきちっと練習に出るのが悔しかったのだ。歌うのは好きだ。しかし僕にとって合唱より物理・数学の方が何百倍も大切だったから、物理・数学の方が大事だということを合唱に遅れるという行為をもって表現したかったのかもしれない。

物理や数学、特に理論系は自分一人でもできるので、自分でペースが作れる。個人プレーというスタイルが僕にすごく合っていたのかもしれない。もちろん物理・数学そのものが大好きということが一番であるが。死ぬまで物理・数学にかかわっていたいと思っている。物理の研究でお金を稼ぐということはできてないので、そういう意味ではアマチュアかもしれないが、プロ意識を持って取り組んでいる。そしてのちには研究で稼いで正真正銘のプロになってやろうと思っている。

全体の空気を読んで集団に合わせるというのは日本の美徳だが、空気を読んでもそれに反抗してしまう僕は日本的ではないと思う。でも日本という国は大好きなのだ。

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