日本の研究風土について

1月7日の読売新聞のコラムに、昔ノーベル医学・生理学賞を受賞された利根川進博士の書かれた記事が書かれていた。利根川博士は京大を出た後、アメリカに渡られて研究されているので、日本とアメリカの研究風土の違いに詳しい。

利根川博士が言われるには、日本は枠組みを決められた中での研究(あるいは科学技術全般)には非常に優れた成果を出すが、枠組みを壊すような研究が出てこない、というようなことを言われていた。

それから日本では研究(特に税金が投入されている研究)に対して、すぐに結果を出すことを求められ、地道に進めていくような基礎研究がなかなかされないと言われていた。

ここからは私事にもなるが、私は海外に出たことがないので海外の研究風土については見聞きしたことでしか知らないが、日本の大学では型にはめられた、あるいはレールを敷かれた研究にしか取り組まないようなことを感じてきた。

今は大学院重点化などで院生に対する教育は至れり尽くせりになっているが、放置して好き勝手なことを自分の責任でやらせるということも必要ではないかと思う。もちろん後者の方はなかなか結果が出ないこともあろうが、ブレークスルーになるような枠組みを壊す研究結果はレールを敷かれた上を走っているだけでは決して出てこないと思う。

私はいま大学や研究機関には所属してないので、他の研究者から見るとアマチュアだと言われるかもしれないが、三つほどの研究テーマに取り組んでいる。どれも人から与えられたものではなくて、自分で考え出したテーマだ。その点は、超弦理論などの流行のテーマにしか飛びつかない研究者とは違うことを誇りに思う。研究内容も重要なものであると自分では認識している。

いま誇りであると書いたが、本当に皆に誇るのは、しっかりと結果を出してからにしよう。いま自分の置かれた研究環境ははっきり言って全然よくない。ただ好き勝手な研究テーマについてやっていることに救いを見いだせる。

兎にも角にも、結果を出さないことには実績にならないし、発言しても誰も聞いてはくれない。焦ることはないとはいってもそううかうかしてはいられない。

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