指揮法を知らない指揮者ではなく、指揮法を無視した指揮者になれ

僕は大学時代、混声合唱団に所属していたが、そのとき親しかった先輩の学生指揮者がこう言っていた。

「指揮法を知らない指揮者ではなく、指揮法を無視した指揮者にならなければならない」

指揮法とは違う指揮をするにしても、「知らない」と「無視する」では全く違う。指揮法に例えてこう言ったが、これはあらゆることに通じるのではないかと思う。

指揮法通り、つまりマニュアル通りこなすことは理想かもしれない。しかしそれではマニュアルの壁を打ち破れない。そこでマニュアルから逸脱したことを試みるが、その時にはマニュアルを熟知してマニュアルの限界を認識したうえで試みなければならない。マニュアルを理解しないで逸脱するのは単なる暴挙だ。

物事の入り方はいろいろあるかもしれないが、初めは型から入るのも一つの手であろう。そして型を追及するのも極めるうえで一つの手法だ。しかし型の限界を感じ、型を打ち破る、それが新たなる常識を規定する一撃になる。

型を追及するか、型を打ち破るか、どちらが優れているというわけではないかもしれないが、自分がどちらの手法を取るか、熟考して極めたいものである。

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