批判されてナンボ

最近、世の中全体が批判の恐怖におびえているように思う。有名人のネット炎上から、一般市民の周りからのバッシング。そんな僕も一時期批判されることに臆病になっていたことがあった。

しかし、ネットが発達したコミュニケーション社会では、むしろ、誰にも非難されないことの方が珍しいのかもしれない。もし誰にも何も批判されないのならば、それは自分が何もやっていない証拠、あるいは何も行動を起こしていない証拠。批判されないことはむしろ恥ずべきことなのかもしれな。

批判されることが普通であると考えれば、少しは気分が楽になるのかもしれない。しかし間違った批判・誤解には誠心誠意対応しなければならない。しかし低レベルな批判まで対応する必要はない。相手が対応すべき誠実な人か、論理が通じる人かを見分けなければならない。

いっその事、批判大歓迎・バッシング大歓迎くらいの割り切った気持ちを持つことができればいいが、自分を含めてそこまで心が広い人はなかなかいない。心が広くない自分が恥ずかしい。しかし、批判されることが普通で、誰からも批判されないことなどまずないと心に銘ずることは、生きていくうえで大事なことだ。

「批判されてナンボ」これくらいの気持ちで生きていけば、オリンピックに出ても動揺しないような?強い心を持てる(かもしれない)。

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