成功した後のことを想像して、発奮するのもいい。

失敗は悪いことではない。失敗を失敗で終わらさずに次に生かせば、失敗は経験値になる。失敗を繰り返し経験値を増やすことは、非常に大切なことだ。しかしやはり最終的な目標は成功することだ。

失敗を繰り返していると、時にはくじけそうになるかもしれない。そのような時に、成功した暁にはどのような生活が得られるか、どのような対価が得られるか、そのようなことを想像して、自分を発奮させる。ミッションを成し遂げることは夢だ。しかし夢は見るためにあるのではない。夢は成し遂げるためにあるのだ。

そのためには、社会が成功に見合った対価が与えられるかが重要だ。研究者だって対価は重要である。正確に成功の価値を評価される社会であることが重要だ。しかし今の日本がそのような社会になっているか、疑問である。

21世紀に入って以降、日本人のノーベル賞ラッシュが起こった。しかしよく言われていることであるが、それらの業績は20世紀後半になされたものが大半である。20世紀後半と言えば、日本全体がイケイケ、バブルもあった。ノーベル賞のいくらかはバブルの産物であったと感じている。

欧米では研究者のステータスが日本より高いと言われている。トップ研究者を非常に高い報酬で引き抜くということも日常茶飯事である。そのようなことは欧米だけでなく、最近はアジア、特にシンガポールなどではトップ研究者の引き抜きが激しいことで有名だ。

研究者には金は要らないなどという、くだらないたわごとを言っていると、日本の研究レベルは急降下することは目に見えている。研究者はボランティアで研究をしているのではない。プロとして仕事をしている以上、結果を出せば対価を受け取るのは当然であろう。

今の日本の状況だと、異能流出、第二・第三の中村修二が現れるのは時間の問題であろう。

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