憧れの人物は、・・・いない。

子供の頃の憧れの人物というのは重要である。憧れの人物がいるからこそその道に進もうと思い、憧れの人物に一歩でも近付こうとまい進していける。僕自身も小学生の頃は、長岡半太郎やアインシュタインといった物理学者に憧れていた。

しかし本格的にその道に取り組む大人には、僕は憧れの人物などはいらないと思っている。もちろんどのレベルを目指しているかによるが、最高を目指す人に憧れはいらない。

普通の結果をコンスタントに出していくか、大きなものを一発狙うか。もちろんコンスタントに結果を出せない者が大きな結果を出すことは非常に難しいと思うが、人それぞれスタイルがある。アインシュタインは重要な結果を非常にたくさん発表している。

偉大な先人のようになることはできないかもしれないが、それは必ずしも偉大な先人を越せないという意味ではない。方向性が違えば、同じような人物になるはずがないからだ。またそこが面白いところでもある。

誰になるのでもない。自分という一人の人間になることが重要なのである。

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