意志・見解をはっきりさせる。

最近、情報や報道について考えることが多くなった。報道とは新聞、テレビなどをはじめ、最近ではネットメディアなども報道の一翼を担っていると考えられる。

報道をするに当たって、情報をどのように発信すべきか?情報を公式発表だけに頼って垂れ流しするだけなら、メディアなどはいらないはずだ。情報は受け取るだけではなく、探して入手することが重要である。そして入手した情報を基に、どのような意思・見解を表明するか?そこにメディアの本質があるのだと思う。

意志・見解は、人によってそれぞれ異なる。しかしそのような多様性が非常に重要なのである。賛成の意見があれば、反対の意見がある。政府寄りの意見があれば、反政府寄りの意見がある。最も怖いのは、意志・見解の内容ではなく、一方の意見を抹殺してしまうことだ。

意志・見解を示すことは、メディアだけではなく、個人にとっても非常に重要である。意志・見解を示すことによって、自分が何者かということが示される。それを保証するために言論の自由があるのである。

ただし、ネットなどで誹謗・中傷する自由があると言っているわけではない。反対することは自由であるが、誹謗・中傷は小学生レベルのいじめと変わらない低レベルの行為である。

世の中の荒波の中で「個」を示すためには、ある程度の大きな声を発することが必要だ。しかしそのような意思・見解という声を発することによって「個」が確立され、社会の中での自分のポジションが明確になるのである。

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