性善説と性悪説、日本が世界に実行する積極的和平をどうとらえるか

日本国内、日本人は、物事を性善説でとらえようとする。世の中は皆良い人ばかりだという前提で物事・理論を進めようとする。それは日本が世界に非常に誇るべきことであり、日本の心の美である。しかし残念ながら、世界は性悪説で物事は進められ、決定される。

典型的な例が、憲法第九条かもしれない。現行憲法はもとはと言えば、戦後、マッカーサー率いる進駐軍(GHQ)によって考案されたという。すなわち現行日本国憲法は日本人が作ったものではない。そういう意味で現行憲法は日本人自身によって日本自身の手で作り直さなければいけないのかもしれない。

しかし憲法第九条を軸とする平和憲法は、性善説を前提とする日本人に非常に融和的な要素を持ち得る。しかし悲しいかな、世界は性悪説で動いている。日本人はこちらが手を出さなければ、誰も攻めてこないと思っている。しかし現実は中国をはじめとする他国は隙あらば攻めようと虎視眈々と日本を狙っている。

中国による尖閣諸島、そして日本領空・領域侵犯、そして韓国の竹島問題、ロシアによる北方領土問題など、上げればきりがない。そして自衛隊は年間数百回ものスクランブル発進によってそれらを瀬戸際で防いでいるのである。何もしないで自国の平和は守れない。積極的防衛が行われているからこそ平和は維持されるのである。

日本人にとって、水と安全はタダだと昔は言われていた。確かに水道水の安全性は世界で断トツトップであろう。しかし現在の日本では安全はタダではなくなった。自分で警戒して守るか、セキュリティ会社にお金を払って守ってもらうしかない。現にALSOKやセコムなどの有料で安全を守る会社が活躍している。

そして国家も同じである。現在の日本の防衛費は約5兆円である。それだけの大金をつぎ込んで我々日本人の平穏な生活が確保できているのである。

少し前の安全保障法案(安保法案)は多くの国民から「戦争法案」と揶揄された。そう言いたい気持ちは大いにわかる。そんなものなしで平和が維持できるものなら、絶対にその方がいいに決まっている。しかし世界は性悪説で動いている。日本も積極的和平に取り込まないと、自国が取り込まれてしまうのである。

とは言え、憲法改正に賛成の僕も、心の中では憲法第九条は日本の平和主義の象徴として残してもらいたいと思っている。世界は必ず日本の憲法第九条をどこかで意識しているはずだ。憲法第九条が世界の潮流を左右するときが来るかもしれない。甘い考えだと思いつつも僕はそう願っている。

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