必要なのは、アイデアと実践だ

あらゆることに言えることだが、その分野でトップになるためには「アイデア」と「実践」だ。少なくとも「プロ」と言える人たちには、この二つは不可欠だ。どちらが欠けてもプロとは言えない。

昔、相対性理論を発明したアインシュタインに対して、「私は相対主義者だ。だから私に数学的才能があれば相対性理論は私が発見していた」と言った哲学者がいたという。相対性理論のアイデアは相対的主義者などというもので済ませるような単純なものではないが、仮にそれがアイデアだとしてもその哲学者には「実践」ができない。なぜなら数学的才能がないからだ。数学的才能があれば発見できたと言うが、その数学的才能がないことが致命的であり、物理のプロにはなれない決定的な点なのである。

アイデアは先天的才能と経験的才能の両者が必要だ。実践力ももちろん両者が必要かもしれない。先天的才能はどうしようもないが、努力がそれを補うことはしばしばあることだ。もちろん努力で補えないものもたくさんある。したがって、努力をすれば必ず成功すると言うのは嘘だ。しかし努力によって高めることはできる。努力は高めるためにするのだ。その結果として「成功」の二文字がついてくる。

専門にこだわりすぎて、近視眼的になることも危険だ。そのために必要なのが広い知識、すなわち「教養」だ。最近、大学の教養は役に立たないという記事を見たが、それは大嘘だ。教養は生きていくのに最も役に立つものだ。そして教養と専門のバランスも必要だ。人間は仕事をこなすだけの機械ではない。当たり前であるが、人間らしく生きることは人間にしかできない。教養はより豊かな人間らしさを生み出してくれる。そして専門に特化した知識もその人の人間的特徴として豊かさの源になる。

ただ、手軽に、簡単に教養や技術を身に付けようとしてはいけない。自己啓発本に対する警告はこのことへの忠告である。努力という行為自体が教養や技術を身に付けるのである。

いかにして生きるべきか?この問いに対する答えは人それぞれ違うであろうが、一つの答えとして、汗を流して生きることではないかと思う。

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