実用と教養を使い分ける。

日々物事に取り組んでいると、どうしても役に立つこと、つまり”実用”に偏りがちになる。役に立つとは、非常に分かりやすい。役に立つと言えば、何でもうなずいてくれそうに思う。もちろん役に立つことは素晴らしいことだ。しかし何だか技術的な事に偏りがちのような気がする。

その対極にあるのが”教養”だ。しかし、教養はすぐに役に立つとは限らない。もちろん教養が役に立つことは多々あるのだが、大概の教養は、徐々に熟成されるのもだ。とは言え、教養だけで納得してしまうのは、半分は自己満足であるような気もする。

結局、実用も教養も両方大切なのだと気付かされる。すなわち、これらは車の両輪なのだ。

実用も教養も、現場での実戦があってのものである。実践無き教養など、何の意味もない。ここで実践とは、「人間としていかにして生きるか」という意味もあるし、「社会でどう行動を起こすか」という意味もある。

実用と教養の相互作用によって、新たなる広がりが生まれる。人生を、そして社会をどう切り開いていくか、そのための武器として、実用と教養を使い分けながら進んでいかなければならない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA