完璧ではなく95%を求める

ついついあらゆることで100%完璧な対策を求めがちだが、100%を求めるのは莫大な労力や精神力が必要で、100%を求めた途端、極端にコストパフォーマンスが悪くなる。もちろん100%を求めなければならないことはある。例えば車、そして飛行機の安全性などはその最たる例だろう。飛行機では1%のミスが何百人という命に直結してしまう。わずかなミスも許されないのだ。

100%を求めるのはコストパフォーマンスが悪くなると書いたが、正確にはその労力は99%から1%上げるのにほとんどを費やされる。車・飛行機にはそれが必要だが、僕らが普段生きている中では100%を求めることはメリットよりもデメリットの方が圧倒的に高い。普段生活している分では、常に95%ぐらいの出来を求めるくらいが精神的にも最も良い効果が表れるのではないかと思う。

この5%を捨てる余裕、これが人生の余裕につながってくる。もし対策していない5%の方に入ってしまったら仕様がない。その時はあきらめればいいのである。

命に関わることは100%求めなければいけないと思うが、それでも外出して道端を歩いていれば、事故に巻き込まれる可能性も十分考えられる。だからと言って外出しなければ自由がなくなる。昔のCMではないが、家にいても隕石が落ちてこないとは限らない。100%というのは非常に割に合わないのである。

なぜこんなことを書いたのか。それは僕が非常に心配性なところがあるからである。つい99%からの残りの1%に気がとらわれてしまう。数学の証明は100%でなければならない。しかし生きていくうえで100%を求めることは全くないのである。95%ぐらいでリラックスして生きていければちょうどいい。

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