安っぽい個性はいらない!

近年、日本でも徐々に集団主義から個人主義に変わって来ており、それに伴って「個性」と言う言葉が氾濫しつつある。それぞれが一人の人間として個性を出すことは非常に大事である。しかし世の中の多くの人は個性というものを履き違えているように思えてならない。

個性を出すと言えば、真っ先に服装の話が出てくる。確かに服装は一番目に映る所であり、ちょっとした変化でもわかりやすい。なので個性を出そうと思うと、服装で個性を出そうという人が多く出て来る。そこで奇抜な服装をしたり、派手なアクセサリーを付けたがるが、僕はそれが果たして個性なのか?と非常に疑問に思う。僕自身はこのような見かけだけの変化は個性でも何でもなく、例え個性だとしても非常に安っぽい個性に思えてならない。

僕が個性とはこうあるべきだと思うものを一文で表現するとこうだ。男なら「ビシッとジャストサイズのスーツを着て、人間の中身から深い個性を出す」、これぞ男の個性だと思う。女性なら、それは女性に考えてもらおう。個性とは外見から出すものではなく、人間の中身からにじみ出るものなのである。もちろん、身なりはきちんとしていた方が良い。そういう意味でビシッとジャストサイズのスーツを着るべきだ。もちろんスーツでなくても良い。仕事着ならそれでもいいし、ソフトカジュアルな服でもいいと思う。服装によってマイナスイメージが付くのは良くないが、服装は引き算で考えた方が良い。

そのようにビシッとスーツを着れば、後は自分の人間性の勝負である。それはただ単に性格的なものだけではない。仕事や人生において打ち込むべきにものに真剣に打ち込む姿、大きな飛躍を得るためにリスクを取る覚悟、楽な方に逃げないで厳しい選択肢を選択する判断、そのような人間性における総合力が個性となって表れるのである。

もちろん、外見で個性を出すことを否定するつもりはない。ただ外見で個性を出す場合、それなりのセンスが必要である。ただこれが簡単なものではない。方向性を間違ってしまうと安っぽい個性になってしまうのだ。

安っぽい個性しか出せない人は、安っぽい人間だと思われてしまう。個性の「個」は個人という意味である。すなわち個性とは人間に由来するものであって、物に由来するものではない。人間としての総合力を上げて強烈な個性を出すべきである。しかしこのような個性は一朝一夕では出来上がらない。これまで自分がどのように人生を歩んで来たかが魅力的な個性を身に付けられるかどうかに大きく関わってくる。

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