子供が生き生きできる社会へ

最近、一つの最高裁判決が出た。校庭で小学生が蹴ったサッカーボールがバイクに乗った老人に当たって骨折し、一年半後に死んだという話だ。一審・二審では約1000万円の賠償金命令が出された。そして今回の最高裁審判では判決が覆され賠償金命令が取り消された。

学校でボールを蹴って1000万の賠償金判決が出る国は(最高裁で覆されたとはいえ)異常ではないかと思う。最近は保育園にはうるさいから迷惑だと近隣住民の数百名の署名が集まり、公園では「サッカーをすると警察へ通報する」という看板が設置されているという。

日本はいつからこんなにも子供が肩身を狭くしないといけない世の中になったのだろうか?

今の大人も昔は子供だったはずだ。子供の頃公園でサッカーをした、キャッチボールをしたという大人は多いはずである。その大人が現在の子供に対して因縁をつけているのである。はっきり言ってそういう大人の方が大人ではない。

子供は未来の宝だ。社会で一番大切にされなければいけないのは、金持ちではなく子供だ。絶対的に子供は大事にされなければいけない。最近は老人問題、高齢化社会ばかりが話題になるが、本当に話題にしなければいけないのは、いかにして子供が過ごしやすい街にするか、いかにして子育てのしやすい街にするかということである。

誤解を恐れずに言うと、今の日本は老人が大切にされすぎだ。老人が優遇されすぎだ。なにも老人を大切にするなとは言わない。しかしその老人優遇の対価として子供が犠牲になっているのである。これには二つ理由がある。一つは昔からある儒教思想。中国の儒教の風潮が残る日本では老人こそが一番大切にされる存在なのである。もう一つは選挙。老人の数が多く、高齢者の投票率が高いようでは、政治家は高齢者優遇の政策をとってしまう。

子供を排除しようとする大人、そのような大人の方がはるかに目障りだ。子供が元気に走り回り、ボールを蹴ることは日常の一部としてとらえなければいけない。しかしそれが今、非日常になろうとしている。子供を目の敵にするモンスター大人、モンスター老人の問題は、人々の意識から変えていくしかない。

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