好きな事の中にも苦行はある。

何に人生を懸けるか?多くの人は好きな事に人生を懸けるであろう。好きな事をやるのは楽しいが、人生を懸けるとなると必ずしも楽しいことばかりではない。趣味であれば楽しいことだけをして苦しいことは避けるということもできるが、人生を懸けていることに打ち込み目標を達成するためには、避けては通れない苦行も多く存在する。

しかし、そのような苦行が嫌なわけではない。苦しい事ではあるが大きなやりがいを感じ、快感でもあるのである。そして何よりもその原動力となるのは、目標を成し遂げた後の自分を想像することである。それを成し遂げた後に自分はどう変わるか?実際は自分の身の周りの事は特に変わることもないのかもしれないが、自分の中の世界観は大きく変わる可能性はある。

好きな事に打ち込むに当たって苦しいことに突き当たるのは、それは大きく深い目標を持っているからである。もし陳腐な目標であれば、苦しい事にも遭うことなくすぐにやり切ってしまうであろう。とは言え、もちろん大きな目標に向かい、楽しみながら達成してしまう人は素晴らしい。世界でトップレベルのスポーツ選手は総じて「プレーを楽しむことができた」と発言している。しかしその言葉は苦しいことはなかったということとは全く違う。苦しさもやりがいに感じる力が必要だということだ。ただこのような事は自分を高めるために必要なステップであって、他人に強要することではないことに注意しなければならない。

楽しんでプレーしているはずの錦織圭選手も、時にはイライラしてラケットを投げつけるのを見ると、最高のスポーツ選手も人間なのだと安心してしまう。人間というものは、100%よりも90%くらいがちょうど良い。

しばらくは苦行を楽しみつつ、それ以上の喜びを味わうために精進していこうと思う。

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