大問題に取り組んで見えること。

学問においては、問題に取り組み解決することが一つの目標になる。問題には大きなものから小さなものまで様々あるが、大問題に取り組むことは大きな覚悟がいる。大きな問題であるほど難しい問題であることが多く、したがって簡単には解決できない。もし解決できたとしても、それまでの道のりは長く時間もかかる。問題によっては人生を懸けるというくらいの覚悟がないと立ち向かえないものも少なくないであろう。

しかし当たり前の事であるが、大きな問題であるほど、解決した時の評価や実績は大きくなる。もちろん、大問題に立ち向かいながら小さな問題に取り組むことも出来るし、また大問題を解くに当たってもその過程は小さな問題の解決の積み重ねである事も多い。フェルマーの大定理を証明したワイルズも、それに取り掛かるに当たっては相当な覚悟があったと何かで見たことがある。大問題に取り組めるかどうかは、才能云々というよりも、覚悟だとか楽観性だとかいう人間性に大きく関わってくるものだと強く感じる。

大問題に取り組んでみると、それまでとは全く違った世界が見えてくる。それは学問的な事であったり、日常において見える景色、そして人生観の変革といったものだ。問題が解決した時、景色がどれだけ変わるかは解決してみないとわからないが、取り組むだけでもあらゆるものの見方が変わってくる。それに伴って人生も変わる。自分がどのように生きて行くべきか?そのような人生目標も明確に見えてくる。大問題なんて難しくて解けるわけがないと取り組む前からあきらめるのではなく、まずは問題に取り組まないと何もわからないし何も見えてこない。問題に真剣に向き合えば、解決への道筋が見えてくることもある。取り組むかどうか考える前に、まずは実行してみることが大事である。

もし何に取り組むか迷っているのならば、そこは迷わず難しい方を選ぶのも手だ。なぜなら難しい問題であればあるほど、見えてくる景色や世界観が広くなるからだ。もちろん、難しいか?という以前に、重要な問題である必要はある。難しく重要である問題に秘められている世界は、底なしに深いものである。どこまで深く迫れるか?それは非常にエキサイティングな挑戦であり、人生を懸けるに値する問題である。

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